カテゴリー「社会」の29件の記事

■OG訪問を受けました。 ■「フリーターからキャリアを積み上げたい」

A学院大学のKくん。
ブログを見てくれた出版・アパレル志望の大学生から、
OG訪問の依頼をいただきました。

わたしはA学の卒業生でもなんでもないのですが(そんなに優秀ではない笑)、
熱意ある学生さんの「会ってみたい! 話を聞かせてほしい!」という思いに応えようと、
お受けすることにしました。

本質的な質問も多く、
わたし自身、とてもいい刺激になりました。ありがとう。

で、A学といえば、わたしのT社時代の上司Kさんだなと思い、
紹介して、いっしょに話を聞かせてもらいに行きました。

久々にお目にかかりましたが、
お元気そうで&変わらずあたたかくて、うれしかったです!


また最近では、「フリーターからキャリアを積み上げたい」というかたから
ご相談メールをいただくことも増えています。

このご時勢ですからね、
雇用形態へのこだわりよりも、やりたいことを優先する
その選択は賢いと思います。


後進を育てるというほどたいそうなことはできませんが、
やはりこういった声に応えていくのも
自分の大切なミッションだと思っています。

大川内 麻里のサイト OkawauhiMari.net
http://okawauchimari.net/

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■フリーターの品格→フリーターからのキャリアのつくりかた

品格ブームもとっくに去っているし、
ブログタイトルも変えなきゃなぁと、ずっと思っていました。

今回、タイトルを「フリーターからのキャリアのつくりかた
としました。

フリーター支援事業に力を入れる目的でもあります。
(最近、めっきりお仕事ブログになってしまっていましたね)

時期柄、むかしに書いていた
「元フリーター編集者が語る! 採用の突破術」シリーズへのアクセスが
爆発的に増えています。

何年もまえに書いたものですから、
世情もわたしの考えも変わってきている部分、
あのとき書き足りなかった部分もたくさんあるので、

改訂版をまた書きたいと思っています。

【関連記事】
元フリーター編集者が語る! 履歴書・職務経歴書・面接――採用の突破術(1)基本編
元フリーター編集者が語る! 人事はココを見ている!――採用の突破術(2)WEB応募・書類選考編
元フリーター編集者が語る! 筆記試験はこうして乗り切ろう――採用の突破術(3)筆記試験編
履歴書、職務経歴書の志望動機や自己PRなどの例文を探して、このブログにいらしてくださる方へ
元フリーター編集者が語る! 圧迫面接は、相手の目的を見失うな!――採用の突破術(4)最終編

大川内 麻里のサイト OkawauhiMari.net
http://okawauchimari.net/

| | コメント (0) | トラックバック (0)

★テレビ出演します! 「DV加害女性の心理」について★

テレビtvの取材を受けました。
「DV加害女性の心理」について
みっちりお話させていただきました(3時間ロケsweat01)。

0805b180

どんなふうに編集してくださるか、
どれくらい使われるかはわかりませんが、
語れることは語らせていただいたかな。

0805b183

今回、大川内はDVの加害経験被害経験もあり、
DVについて研究を重ねている女性として出ています。

加害経験があることはすでにカミングアウト済みですが、
あらためてテレビという媒体で語ることで
ご批判を受ける部分もあるであろうことは覚悟の上です。

それでも伝えなければならない
――そんな社会的使命感がこの胸にあるから。

0805b181

0805b182

放送日時は以下のとおりです。お見逃しなく!(笑)
 6月6日(金)24:40~ TBS「R30」
 オーバー30のための“人生情報バラエティ=LIFEエンターテイメント”番組です

0805b174

【関連記事】わたしの基本的なDV観はこちらをご参照ください。
「逆DV」
ドメスティック・バイオレンス(DV)の被害者は女性だけではない。
新婚夫婦に潜むDV ~携帯わいせつ画像で口論、新婚の妻絞殺容疑の夫逮捕
「デートDV」とは &DV被害者・加害者に経験者のわたしが勧める解決のヒント
セックスレスというDV(1)――セックスレスの心理学(2)
セックスレスというDV(2)――セックスレスの心理学(3)

大川内 麻里のサイト OkawauhiMari.net
http://okawauchimari.net/

| | コメント (0) | トラックバック (0)

はじめての講演を終えて~(2)出版人が話す、ということ

やはりわたしはどこまでも「編集者」なのだ――
先日の講演を終えての第一の感想がこれでした。

030

今回、はじめて講演をさせていただいたのですが
(これまでは病気の都合上、講演・テレビ出演などは、せっかくご依頼いただいてもお断りせざるをえなかったんですね、長らく)
「はじめて」であることは、
わたしは一切、事前にアナウンスしていませんでした。


なぜかというと、
そこに対価を払ってきてくださっているかたにとっては、
わたしがたとえ100回1000回の講演をこなしている講師だろうと
まったくはじめての演壇に立つ講師だろうと
そんなものは関係ないから。


講師として壇上に立つ以上、
わたしはプロフェッショナルとして話さなければならない。

そう思っていましたし、
終えたいまでもその姿勢に間違いはなかったと思っています。

「はじめてだからこれくらいでいいでしょ」といった
甘えや言い訳の介入する余地を自分に与えませんでした。
(いい意味の妥協はあったけれどね)

058

で、もちろん「はじめてでヤバい」というか
まがりなりにもプロフェッショナルとしてお話をさせていただくのだから、
準備を相当入念にやらないと、っていう危機感はありました。


なわけで、準備なんですが、

まず意識したのは
書き言葉」と「話し言葉」の違い


わたしは日頃文筆屋として編集者として、
主に「書き言葉」を相手にしておるわけですが、

すべて「話し言葉」にしていくことを意識しました。

表現・用いる語句を「読んでわかる」ものから
「聞いてわかる」ものに変えていく。


具体的に言うと、
たとえば、「御社」と「貴社」の使い分けのようなものです。

聞いて意味をとりづらい「貴社」は書き言葉、
話し言葉は「御社」で。

あれといっしょです。
(って、このマナー?というか使い分け、意外と知らない人もいたりして??)


だから、
わたしの著作物、原稿、ブログを読み慣れてくださっているかたは、
大川内の用いる語彙が普段と大幅に違うことに気付かれたかもしれません。


あと、リフレイン(繰り返し)、抑揚、強調、声の高低、スピードの緩急などなど……
も、話し言葉として意識しましたね。


それから、全体の構成や話の展開。
これはまさに編集者としてのスキルが活かされたと自負しています。

もちろん、そこも話し言葉として、の構成や展開を
自分なりに考えました。

053

あとね、ひとつタネあかし(笑)ですが、
あのね、今回はじめての講演にあたって、
わたしがイチバン参考にしたもの。
なんだと思います?

それはね、、、



週3~4のペースで行っているcoldsweats01
お笑いライブ


あぁぶっちゃけちゃった。。(笑)←週3~4ってペースのほうの話ねw


でも、真剣にね、そうなんです。
ものすごーくお勉強させていただいて、参考にさせていただきました。


なんというか、どこをどう、と具体的に言うのは難しいのですが、
たとえば尺(持ち時間)の使い方ひとつにしろ、
展開、構成にしろ、
聞き手の注意を引くポイントとその方法とかね、


普段ヘヴィロテでいろんな芸人さん方の舞台に
おじゃまさせていただいていますが、

その普段見ていることを、
それとなく取り込んでいる自分がいましたね、うん。


なので、
いつもお付き合いさせていただいたり拝見させていただいている芸人さん方にも感謝だし、
わたしがこんなにお笑いライブにハマって通いつめるようになったきっかけをくださった、
芸人・南野やじさんには格別の感謝をしたいと思います。

やじさんに関しては、
彼もわたしが初講演の日に、移籍先の事務所・プライムさんでの事務所ライブの初舞台を踏まれていて、
「やじさんもがんばってるんだから」と励みにもなりました。

やじさんをはじめ芸人のみなさん、ありがとう!!!!


ありがとうは、やはり聞きにきてくださったみなさま、
おひとりおひとりに、心をこめて。ありがとうございました。

そして、主催の超ブレイク塾Nさん、
Nさんとの出会いのきっかけをくださったN社長、
感謝感謝です! ありがとうございます。

061

そんなわけで、
反省点を挙げればキリがなく、
まだまだこれからがんばって修練を積んでいこう、というところではございますが、

わたくし、大川内麻里、
プロフェッショナルの仕事人として、お話させていただいたつもりです。

未熟者ではございますが、
ぜひまたこういう機会を頂戴することができたらなって思っています。

今回やらせていただいて、本当によかったです!
次回は、さらなるパワーアップを誓います!(もちろん♪wink

084

ブログに書いてくださったかた発見!flairshineshine
 たらちゃんありがとう~notehappy02
15日の超ブレイク塾~大川内麻里さん講演~
http://ameblo.jp/yumeno-takinobori/entry-10089134177.html
(ブログ「フーテンの鱈さん~自転車放浪の旅~」より)

主催してくださった超ブレイク塾さんのサイトでも
レポアップされる……はず、だよねーぇNさぁんgawk(←軽くプレッシャーをwsmilebleah
→アップされてますnotehappy02 感謝!
★開催報告★08年4月15日★大川内麻里「ポジネガシンキング」のすすめ★
http://www.school-superbreak.com/archives/184


【関連記事】
はじめての講演を終えて~(1)半生を語るということ

大川内 麻里のサイト OkawauhiMari.net
http://okawauchimari.net/

| | コメント (0) | トラックバック (0)

オートトレーディング・ルフト・ジャパン新事業発表パーティー

一昨日書いた
オートトレーディング・ルフト・ジャパン株式会社さまの新事業発表パーティー。
(→「ミシュランなお店でParty!」)
0711bimgp1981
本当にとっても素敵な時間をすごさせていただきました!

南原社長のご人脈だけあって、
やはり魅力的な方がたくさんいらしていて、
素晴らしいご縁をたくさんいただきました!^^

またミシュランガイド東京が発売されたその日に、
見事、星を獲得されたフレンチレストランキャーヴ・ド・ひらまつでの
パーティーに参加させていただけるなんて、
とっても素敵な記念になりました。

すこしだけ写真を撮ってきたので、ご紹介しますね♪0711bimgp1979

0711bimgp1982

鴨のテリーヌ。
スモークサーモンのオレンジソース。
サーモンは、なんとスモークしたてのものを
目のまえで開けて
薫りを楽しませてくださったんですよー!

0711bimgp1983

そして、デザートがまた絶品!
つくられている様子、その手さばきの鮮やさは、もはや芸術。0711bimgp1987

0711bimgp1990

フランベする瞬間。

0711bimgp1995

まるでアートのよう。

0711bimgp1992

大好きな漫画家の倉田真由美先生(「だめんず・うぉーかー」でみなさんおなじみ☆くらたまセンセイ。お目にかかれて光栄すぎました!!目がハートハート)も
このデザートには「ちょーおいしそーっ」と大興奮のご様子でした♪

お招きくださいました南原社長、出会ってくださったみなさま、
ほんっとう~にありがとうございました!

【関連記事】
ミシュランなお店でParty!
パーティーヘア&ファッション
これまでわたしはずっと感謝で生きてきたし、これからもずっと感謝で生きていく

大川内 麻里のサイト OkawauhiMari.net
http://okawauchimari.net/

| | コメント (2) | トラックバック (0)

IT格差の時代

Gairon
先日、「大川内のもうひとつの顔、“大学生”(心理学)」でバラしました、
通信制の大学の勉強ですが、順調に進めています!

宣言どおり、1日1課題ずつ進め、
(教科書の1章分ずつ、WEBでのテストを受けていくorレポートを提出する仕組みになっています)
勉強開始1週間で、まず「心理学概論」の単位取得試験に合格しました。

いまは「心理測定法」を1日2課題ずつ進めています。
それと平行して「学習心理学」を2日に1課題ペースで。
順調に行けば、また2週間後に単位取得できます。

そんなかんじで、いちおーまじめにやっとります!(笑)


しかし、いまは通信のテスト・レポートも、
ぜんぶネット経由でできちゃうんだから便利ですよねー♪

逆にいうと、ネットが使えないと、、、っていうことでもありますけれど。。


地元・福岡の古い友人に失業中のダンシがいてね、
「最近はなんやパソコン使う仕事が増えとるのぉ~」
って言ってきたのが切なかったです……。

その友人は、同級生なのでもうサンジュウなんですが、
ずっとガソリンスタンドでアルバイトをしていたんです。

あぶないな~ちょっと将来的なこと真剣に考えた方がいいぞ~
って、ずっと傍で見ていて思っていたのですが、

とうとうこの原油高・ガソリン高騰→セルフ給油式スタンドへの転換の波に、見事に飲まれましたよ。

勤めていたスタンドが、
「セルフになるから、人いらんってさ!」

 →失業。あっけなく。


時代を読むこと、時流に敏感でいること、
時代を読んで、常に半歩先を予測しながら歩くよう心がけること。

10年東京で暮らしたわたしには当然の習慣なのだけれど、
そうではないひとたちっていうのはかならずいる。

東京にもいるだろうけれど、
地方には、やはり特に多いのではないだろうか。


地方都市である福岡ですら、
もう「時間の流れが違う」って肌身に染みてかんじちゃうもんね。

簡単に流行りの言葉を使っちゃうと、
「地域格差」
ってやつ。


わたしの旧友の身に起きていることは、
決して特殊なことではないのかもしれない。


故郷は大好き。
本当に誇れる街だし、住み心地サイコーだし、
あたたかいし、やっぱりここが落ち着く。
療養中のいま、
この土地だからこそ、ここまで治癒できたのだと、
本当にそう思う。


でも、やっぱりだめだ。

わたしはまだここでは暮らせない。


【関連記事】
大川内のもうひとつの顔、“大学生”(心理学)

大川内 麻里のサイト OkawauhiMari.net
http://okawauchimari.net/

| | コメント (4) | トラックバック (0)

港健二郎監督(映画「ひだるか」「荒木栄の歌が聞こえる」)~三井三池争議から現代の労働問題を考える

映画「ひだるか」で知られる港健二郎監督が
次回作のロケハンで、
わたしが療養のために滞在している福岡へいらっしゃいまして、
お茶をごいっしょさせていただきました!

わたしはこの福岡の地に生まれ育ちながら、
そして現代の労働問題に高い関心と問題意識を抱いていながら、
その源流ともいえる「三井三池争議」の歴史について
恥ずかしながら不勉強で、、、

監督からお話をお聞かせいただくにつけ、
これはぜひ自分の足で、自分の目で耳で
学びたい、否、学ばなければと強くかんじました。

またわたしの文筆活動への拙い思いをお聞きいただき、
「社会的弱者と呼ばれる、生きづらさをかんじている人たちが
よりよく生きられる世のなかを」「心豊かな生き方を」
という自分の原点を再確認し、決意を新たにすることができました。

監督のお話から、
わたし自身のライフワーク、追求しているテーマへ
新たな視点、角度をご提示いただき、
「わたしに足りなかったものはこれだ!」と気付かされました。

多面的で立体的な理解こそが
物事の本質に近づく最良の方法だ、とわたしは思っています。

素晴らしく、実りあるお時間をいただきました。
港健二郎監督、本当にありがとうございました!
0710bimgp1935
港健二郎、待望の次回監督作品
荒木栄の歌が聞こえる
いまから46年前の1960年、三井三池争議の中で、彗星のように現れ数々の歌を残した労働者・作曲家、荒木栄。
争議終結2年後の68年秋。栄は38歳の若さで夭折。しかし、彼の残した「がんばろう」の歌は、いまもさまざまな闘いのなかで歌われている。
この映画は、荒木栄の生き方を探る若きシンガー・如月洋子によりそいながら、いまだに歌い継がれる「がんばろう」にこめられたわが国の闘う労働者の想いを浮き彫りにしていきます。
それは同時に60年代から70年代にかけて一世を風靡したプロテストソングと時代のかかわりを立体的にとらえていくことにもなり、
ひいては「ワーキング・プア」といわれる年収250万円以下の世帯が650万の「現代」という「美しくない」時代を撃ち、明日を切り開く遠雷ともなるに違いありません。
(公式解説より)

港健二郎

1947年福岡県大牟田生まれ。早稲田大学卒業後、鹿児島映画社を経て独立。現在フリーの映像作家として脚本・演出作品多数。
テレビ界最高の栄誉賞であるギャラクシー賞を受賞した「燃えるマニラの女たち~フィリピン革命を支えたキャスター」(テレビ東京)、産業遺産ビデオ「黒ダイヤと呼ばれて~三井三池と筑豊」。
シナリオでは大牟田を舞台にした「よみがえれ・歌」(城戸賞受賞)、長編映画「ひだるか」全国上映中。


#それにしても、わたしは大牟田の方になにかとご縁があります。
 わたしが人間として、出版人として、もっとも尊敬し、「出版の父」と仰ぐ、かんき出版の境健一郎社長も大牟田のご出身。
 そういえば、かつて恋をした男性も大牟田の方でした。

大川内 麻里のサイト OkawauhiMari.net
http://okawauchimari.net/

| | コメント (0) | トラックバック (0)

こんな生き方・働き方、素敵じゃない?

 

郷里の福岡で入院中
こんな生き方、素敵だなって思う女性に出会いました。

カラオケスナック「出逢」のSママです。


出逢」のお客さまはお年寄りが中心。

1000円でコーヒー付き歌い放題のカラオケ店ですが、
ママはご主人とともに
なんとお客さまであるおじいちゃん・おばあちゃんの
送り迎え(!)までなさっているそう。


ママいわく、

「嫁舅姑、ひとつ屋根の下にいたら、
そりゃ息が詰まるときがあるもの。

そんなとき、ここにきて、
みんなで歌を歌って笑って楽しめばいいじゃない。

遠くてなかなかひとりではこられない方がいたら
それはウチが迎えに行けばいいじゃない」


ママがお客さまを迎えるときの挨拶は
「いらっしゃいませ」ではありません。

「○○ちゃん、おかえり~!」

かならず一度でもきたことのあるひとは
名前を呼んで、
そして「おかえり」と笑顔で出迎える。


たった1000円でコーヒー付き歌い放題で
送迎までしちゃうんだから

「そりゃ赤字よ(笑)。

でもね、ウチはみんなが
いい野菜が採れたからとか
ママに似合いそうな服があったからとか

みーんなが
そんなふうにいろいろしてくれるのよ」


定期的にホールを借りてカラオケ大会を開いたり、
旅行に行ったり、
舞妓さんなどのコスチュームを
貸衣装でレンタルして、
おばあちゃんたちをキレイにお化粧してあげて
それをおじいちゃんたちに見せてあげたり
……なんてこともしているそう。

写真を見せていただいたのだけれど、
そのおじいちゃん、おばあちゃん方の笑顔ったら
これ以上ないってくらい
ほんっと~に輝いているんです。

この笑顔のためならなんでもできる。
きっとママはそうなんだろうなって思いました。


お客さまのお誕生日の話も聞いたけれど、
あたたかい心のこもった、
芯からそのひとの存在を肯定して、
ありがとう、大好きだよって伝える
そのお祝いには感動しきりでした。

「70年80年生きてきて、
こんなふうにしてもらったことなんて
はじめてだ」
って、みなさん、涙を流して喜ばれるそう。


そんなママ、
入院中、せっせせっせとレース編みをされていて
0708bdvc00033

退院のとき、わたしもいただいちゃいました!

4人部屋で3人それぞれに色違いで

0708bdvc00031

3人でそれぞれどの色がいいか言ったら、
ちょーどうまいこと3人わかれてよかったー♪^^

わたしはライラックのようなパープル♪ 素敵でしょー?


で、ママがずーーーーっとせっせせっせと
ひたすらなにかを編み続けているので聞いてみたら、

なんとお客さまひとりひとりに名前の入ったコースターを
ひとつひとつ手編みしてらしたの!

それもいつもくるお客さまぶんで1000枚!
顧客が1000人いるってすごいよね。


いまごろ、きっとママは
「○○ちゃん、おかえり~!」って
お名前入りのそのコースターで
コーヒーを出していらっしゃることでしょう。


Sママには、そのほかにもたくさんの心に響くお話を
聞かせていただきました。

幼いころからのコンプレックス、
それでも「とにかく笑顔でいなさい」と
抱きしめ説いてくれたおばあさまのこと、
アルコール依存症で亡くなったまえのご主人のこと、
「おまえの髪だけはほかのもんには渡さんでくれ」
というご主人のお言葉に、
葬儀の場で、腰まであった長い美しい髪を
根元からさらっと切って、お棺に入れたこと、
それ以来、
ずっとベリーショートで絶対に髪を伸ばさないってこと、
いまのご主人との不思議な出会い、
お年寄りに対する考え方……

こんな生き方もあるんだなぁ素晴らしいなって
深く感銘を受けたものです。

Sママ、ありがとうございました!

出逢
福岡県福岡市西区大字桑原2413-1-2
電話:092-802-0388

【関連記事】入院中のいただきものシリーズ
スイーツ!スイーツ★お菓子の工房 OPERA
ユニーク アイマスク

大川内 麻里のサイト OkawauhiMari.net
http://okawauchimari.net/

| | コメント (1) | トラックバック (0)

終末期医療 ~緩和ケアを断念せざるをえない人々

 ごくごく近しい近親者が、緩和ケアを受けています。
(先日「尊厳」に書いた家族とはまた別です)

 当人のことは詳しくは書きません。
 ただ先日、終末期医療のショッキングな現実を知りました。

 治療は一切やめていて、緩和ケアだけでの入院費が、月30万くらいかかっているのですが(これは公立の病院だから安い方です)、周囲の他の患者さんたちのなかには、「入院費が支払えないから」という理由で退院を余儀なくされる方々もおられる、ということ。

 地獄、ですよね。
 ご本人にとっても、ご家族にとっても。

 病状はもう手の施しようがない。
 せめて、苦しまずに逝かせてやりたい――ご家族は、そう願われて緩和ケアを選ばれたことでしょう。
 ご本人も、それを望まれていたでしょう。もう痛みから開放されたい、と。

 それを経済的な理由で、最期の最期で断念せざるをえないなんて……。


※参考
 非常に痛ましい事件です。国内、海外、2件。

末期がんの母絞殺、容疑で長女を逮捕 栃木
http://www.asahi.com/national/update/0531/TKY200705310123.html

2007年05月31日12時06分

 末期がんの母親の首を絞めて殺害したとして、栃木県警足利署は31日、足利市大沼田町、無職真田初美容疑者(42)を殺人の疑いで逮捕した。真田容疑者は調べに対し「看病に疲れた」と供述しているという。

 調べでは、真田容疑者は30日午後3時半ごろ、自宅の寝室で横になっていた母親の京子さん(68)の首を電気コードで絞めて殺害した疑い。

 同署によると、京子さんは昨年12月1日に胃がんの手術を受け、同月中旬に退院。長女の真田容疑者が自宅で世話をし、4月からは仕事をやめて看病に専念していた。京子さんは今月13日に再入院し、余命1カ月と宣告された。真田容疑者は病院側に「自宅で引き取りたい」と申し出て、24日から自宅療養に切り替え、ほぼ寝たきりの京子さんに食事を食べさせるなどの看病をしていたという。

 真田容疑者は、京子さんと父親の鉄雄さん(75)の3人暮らしで、事件当時、鉄雄さんは不在だったという。

電気代が支払えず、人工呼吸器をつけ自宅療養中の女性死亡

 ニュージーランドで、電気代を払えないことを理由に電気を止められ、人工呼吸器をつけていた44歳の女性が死亡した。
 死亡したのは、人工呼吸器をつけて自宅療養していたフォロレ・ムリアガさん。電力会社の技術者が29日にムリアガさんの家を訪れ、電気の供給を止めたところ、約2時間後に死亡した。
 ムリアガさんは今年2月から、病気のため仕事を休んでいて、滞納していた電気代は、約1万5000円だった。
 その場にいた家族は「ムリアガさんが人工呼吸器を使っている様子を見せたにもかかわらず、電気を止められた」と話しており、警察は捜査を行っている。

大川内 麻里のサイト OkawauhiMari.net
http://okawauchimari.net/

大川内 麻里が取締役を務める 創藝舎
http://sougeisha.com/

| | コメント (1) | トラックバック (0)

「報道」とはなにか? ~長野・練炭自殺 自殺サイトで知り合った16歳少年と40代男性の2遺体発見

 

 テレビ朝日・報道ステーションさま、その取り上げ方はおかしいのではないでしょうか。

 と思う事件がありました。

2007/05/25-22:49 1人は千葉県の16歳=練炭自殺か、山中2遺体-長野    長野県飯島町の山中の穴の中で25日午前に見つかった男性2人の遺体のうち、1人は14日から行方不明となっていた千葉県の無職の少年(16)であることが長野県警駒ケ根署の調べで分かった。同署はもう一人の40代とみられる男性の身元確認を急いでいる。
 調べによると、穴の中には練炭が入ったしちりんが置かれていた。2人は自殺サイトで知り合ったとみられ、同署は一緒に自殺したとみている。穴は人工的に掘られていた。
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2007052501215

 報道ステーションさんの取り上げ方はこうでした。

 まず、第一報は「16歳の少年が行方不明になり、自殺サイトで知り合ったと見られる40代男性とのメールのやりとりが残されていました。両親が少年が向かったと思われる長野に行き、少年の行方を探しています」というもの。

 他社はまだつかんでいない、テレビ朝日さん独占スクープであったことは明らかでした。


 しかし、どうもこの報道がおかしい。

 流されるのは、男性が少年に自殺の決行について、事前に細かく指示をしていたことを示すメールの履歴。

 モザイクのない、40代男性の住居の映像。もしかすると、窓の外から室内まで映されていたかもしれない。2回目の報道のときは映されていました)

 近所の人々のインタビュー。男性の印象についてうんぬん。

 取材スタッフ(番組スタッフ)とともに、山中を捜索する少年のご両親。
 そして、不自然に物が散らばっている場所を発見。→「警察に通報した」

 数日まえに取り上げられた1度目の報道はここで終わり。


 すでにおかしいと思っていました。

 もちろん、警察は動いていたのだろうけれど、警察とは別に、番組スタッフが独自でご両親を連れて山中を捜索なんかして、それをカメラでずっと撮ったりして。
 しかも、警察が動いていることには微塵も触れずに、まるで自分たちだけが良心を持って捜索をしているかのような見せ方で。

 なんですか? これ。
 ドキュメンタリー? ワイドショー?
 あ、あれか、「テレビのチカラ」だ?
 あぁ違った違った、見間違っちゃった。
 テレビ朝日さんの人気番組だけにね。

 しかも、これ「どうか生きていてほしい」みたいなナレーションをつけながらも、二人とも亡くなっていることを前提にしていますよね?

 じゃなかったら、あんな自殺サイトでのメールのやりとりだなんだを流されて、彼らが生きていた場合、その社会復帰ってどうなります?


 で、すでに1回目の報道でナレーションやインタビューの編集の仕方などで、「40代男性=16歳の少年をそそのかした悪人」という論調ができあがっていたわけですよ。


 そして、昨日流れた続報。「両親の願いは届かず、遺体で発見されました」

 流される映像は、ご両親が遺体が見つかったと泣き崩れる姿、本人確認に向かう姿。
 ナレーションは相変わらず、「止める立場でなければならない大人の男性が、少年を巻き添えに」……

 そして、出た。出たわ。きわめつけ。


 CMインのまえのテロップ。


「少年を巻き込んだ男性の卑劣」


 最後にご両親が、捜索に携わってくれた人たちへお礼をおっしゃっていた。


 ご両親の口から、男性を責めるようなコメントは、ひとつも出ていない。
(出ていれば流すはず)


 この男性にだって親もいれば家族もいるでしょう、命を自ら絶ってしまったというのはおなじです。

 まだ若い少年の尊い命が失われてしまったのは、非常に悲しいことだし、ご両親のご心情はいかばかりかと思うとやりきれません。


 かといって、男性を責めるのはおででかしいのではないでしょうか。


 たしかに、男性が少年と接触することがなければ、少年は自殺の機会なく、死にいたることはなかったかもしれません。
 少年の判断力は未成熟であったかもしれません。


 でも、だからといって。


 繰り返しますが、少年のご両親からは、男性を責めるコメントは出されているご様子はありません。


 であるにもかかわらず、一方的に男性を悪とし、男性が少年を殺したも同然だと、大衆に思わせるような番組作り。

 大きな疑問をかんじざをえませんでした。


大川内 麻里のサイト OkawauhiMari.net
http://okawauchimari.net/

大川内 麻里が取締役を務める 創藝舎
http://sougeisha.com/

続きを読む "「報道」とはなにか? ~長野・練炭自殺 自殺サイトで知り合った16歳少年と40代男性の2遺体発見"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

尊厳

 

 家族の見舞いに行ってきました。
 一週間前に入院。いまもICUに入っています。


「本人の尊厳」というものを考えさせられています。ずっと。


 手元に手を添えると、しっかりと握り返してくれ、その手を伝って会話をしてきました。


 なにか言葉を出して訴えようとしているが、聞き取れない。
 話しているつもりなのにわかってもらえない、というのは、どんなにもどかしいだろうと思うから、わかっているふりをしてしまう――わたし。


 呼吸器(酸素投与マスク)を自ら外そうとするため、両手に拘束帯をつけられていました。
 おむつも不本意だという思いからでしょう、とりたがる。


 看護師さんが、家族がきているから、ということで、すこしのあいだだけ拘束帯をとってくださいました。

 手が自由になるや否や、もがいて、懸命に、呼吸器を外そうとする。

 いっしょに行っていた家人は、「ごめんね、これはだめよ」って制止する。


 が、わたしは制止せずに、やりたいようにやらせてはどうか、といった。


 いやなものはいや、外したいものは外したい、それが本人の意思。
 それを表明すること、自らの意思に従って行動しようとすること。


 それができるうちは、したいようにさせたい。そう思ったんです。


 いざ本当に機械が外れそうになったら、そっと本人が気付かないように戻す――。


 こういうやり方、もしかしたら、わたしが一番残酷な人間なのかもしれないけれど。


 もうほとんど聞き取れなくなってしまっている言葉を聞き返さずに、わかったふりをしてうなずくことも。

 握った手を伝ってくる本人の思い、なんていうのも、こちらの勝手な解釈かもしれないわけですし。


 縁起でもない話を持ち出すようだけれど、人が「尊厳死」を選択するとき。
 わたしの家族は、まだ本人の意志表示らしきものがあるけれど、そういった当事者の方たち・ご家族は、本人の意思が確認できなかったり、確認らしきができたとしても、本当にその解釈は正しいのかとか、その狭間で苦悩するのだろう。


 わたしにしがみついて、必死に起きあがろうとする。

「自分はこんなふうにしてひとさまの世話にはなりたくないんだ」と言わんばかりに。

 ついこのあいだまで、まだ話せたときに本人が言っていたことだけれど。
 そういう人だからなぁ。


 そんなことを思い出しながら、抱きしめた。


 たんの吸引をしていただいて、相当苦しがっていたので、それを終えて、ほどなくして帰ることにした。


 あまり「苦しいこと」と「家族」が、本人のなかで結びつかない方がいいと思ったから。
「家族」=「苦しい」
 そんな思い出、いまからつくることないでしょ。


大川内 麻里のサイト OkawauhiMari.net
http://okawauchimari.net/

大川内 麻里が取締役を務める 創藝舎
http://sougeisha.com/

| | コメント (0) | トラックバック (1)

GW進行

 

 わたしが福岡に療養帰省して、はじめて知り(東京では放映されておらず)、以来「こりゃおもしろい♪」と毎週楽しみにしている番組。

0704bimgp1641

たかじんのそこまで言って委員会
(勢いあまってDVDマデ入手しちゃった、、、^^;)

 今日の放送で、宮崎哲弥先生が、

「今日、(出演者に)出版界の人が多いから言うけどね、
 出版界ってところにはGW進行っていうものがあって、
 GWまえには、2週間分3週間分の仕事をしなくちゃいけない。
 それはね、印刷所と編集者がGW休みを取るからなんですよ」

 とおっしゃっていて、「ウンウンそうそう(笑)」なーんて笑っちゃいました^^;
(出版関係者のみなさん、今年もおつかれさまです! m(_ _)m)


 ここでいう「編集者」は「版元編集者(出版社勤務の編集者)」ってことだけれど、
「版元編集者が休みのうちに、フリーランスのライターや編集者たち、編集プロダクションが動く」
 というのが、出版界の常……でして。


 わたしは、もともとは版元編集者で、フリーになったあと、いまは編集プロダクションを経営しているわけだけれど、
 でもさ、GW進行でキツイ思いをするのは、外注(フリー、編プロ)だけではなく、版元編集者も印刷所もですよね。


 わたしも版元編集者のころだって、休日出勤もやったし、印刷会社の営業さんをつかまえて無茶をお願い(ゴメンナサイ……)させていただいたことだってあるし。

 また、自分が独立した後のことを言うと、(フリーの先輩諸氏から聞いていたことでもあるけれど)
「休日は、電話応対など、作業を中断させるものがないから、仕事に集中できる」
「平日に遊びに出かけられるってなんて素敵なのー♪ 混雑を避けられるし~」

 っていうメリット(?)もあるんですよね。


……とまぁ話のついでに触れておくけれど、
残業代をカットする以前に、残業をカットするよう努めるべきだ」
 と、わたしは考えています。

 吉越浩一郎前社長による、トリンプ・インターナショナル・ジャパン株式会社の「残業禁止」の実施例を強く支持します。


 ところで、番組を見ていて思った。
花田編集長、おやせになったなぁ……」
 毎回思う。
 わたしがはじめてお目にかかったころが、すこしお太りになられていたんだよ、戻っただけだよって言われるから、そうなんだろうけど。

| | コメント (13) | トラックバック (1)

<パート労働法改正案>衆院委で可決 今月末にも成立見通し

<パート労働法改正案>衆院委で可決 今月末にも成立見通し
4月18日11時23分配信 毎日新聞
 パート労働者の処遇改善を図る、短時間労働者雇用管理改善法(パート労働法)改正案が18日午前、衆院厚生労働委員会で与党の賛成多数で可決された。19日にも衆院本会議で可決し、参院に送られた後、今月末にも成立する見通し。
 同法改正案は「正社員との均衡ある待遇の確保」をうたい、企業には賃金などの待遇面でパートと正社員に差をつけることを禁じた。「再チャレンジ」を掲げる安倍政権の目玉法案の一つ。ただ、対象者を仕事内容や責任の度合い、転勤見込みなどが正社員と同じパートに限定しており、厚労省は「パート全体の4~5%」と説明している。それ以外のパートへの均衡待遇は、企業の努力義務にとどめている。【吉田啓志】
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070418-00000029-mai-pol
http://www.mainichi-msn.co.jp/seiji/kokkai/news/20070418k0000e010022000c.html

パート労働法案を可決
賃金などの面での正社員とパート労働者の「均衡待遇」を目指すパートタイム労働法改正案は19日午後の衆院本会議で可決された。職務や責任が正社員と同 程度のパートには正社員と同じ賃金、教育訓練、福利厚生の適用を義務付ける内容。参院審議を経て今国会で成立の見込みだ。(NIKKEI NET 2007/04/195:01)

http://www.nikkei.co.jp/news/seiji/20070419AT3S1900G19042007.html

 対象者は“仕事内容や責任の度合い、転勤見込みなどが正社員と同じパートに限定”し、その条件で、いったいどれくらいのパートタイマーが対象となるのかというと“パート全体の4~5%とのこと。

 このような優秀なパートタイマーは、待遇を正社員と同等にする、のではなく、正社員に登用するべきでしょう。
(家庭の事情など、本人の意志によって、それだけの責務を果たしながら、あえてパートタイマーという雇用形態を自主的に選んでいる、という場合を除いて)

 ユニクロこと株式会社ファーストリテイリング柳井正 会長兼社長)は、向こう2年程度で5000人を目標に、パートタイマー・契約社員の正社員登用をはじめています。(2007年4月より)

 それに際して、転居を伴う転勤のない社員制度を新設しました。
 おそらく、正社員と同等の働きをしながら、あえてパートタイマーでいる層には、転勤がネックとなっている人たちも、すくなからずいることでしょう。
 ユニクロのこの制度は、画期的で賞賛に値します。

 同社は、この正社員登用の取り組みにより、十数億円の人件費増となるわけですが、企業がもっとも力を入れて投資すべきは、ほかでもない「人材」です。
 これはつまり人材への先行投資であるわけです。

 企業は人なり。


大川内 麻里のサイト OkawauhiMari.net
http://www.okawauchimari.net/

大川内 麻里が取締役を務める 創藝舎
http://www.sougeisha.com/

※参考

続きを読む "<パート労働法改正案>衆院委で可決 今月末にも成立見通し"

| | コメント (0) | トラックバック (2)

#100 幸せをシェアすれば、もっと幸せに、もっと豊かになれる

 

 カンボジアの子どもたちは教えてくれました。モノは奪い合えば足りず、分け合えば足りるのです。自分だけの幸せなんてないんだ。幸せは、人のそれと重ねるものなんだ、と教わりました。

出典:
 『きみはなぜ働くか。―渡邉美樹が贈る88の言葉』 渡邉美樹 著 (日本経済新聞社
 4/1-5頁「はじめに」より
 初版:2006年9月19日
*ワタミ創業者・渡邉美樹社長のサイトWatanabeMiki.net
[本の情報を見る][Amazonで購入][渡邉美樹社長の他の本]



 ワタミの渡邉美樹社長は、ご自身が理事長を務めておられるNPO法人SAJ(スクール・エイド・ジャパン)で建てた学校で、WEP(国際連合世界食糧計画)の協力を得て、給食をはじめられたそうです。

 その給食風景について、このように述懐しておられます。

 三日に一食しか食べられない子どもがいる、カンボジアの田舎の貧しい村です。早朝から給食を待ちきれずに、食器を持って子どもたちが集まってきます。
 朝七時、豆入りごはんが炊き上がりました。おかずは魚の缶詰のスープです。
「いただきます」
 元気よく給食が始まりました。その中で、ひとりだけ食べようとしない子がいました。ビニール袋に自分の給食を入れています。給食が終わろうとした時、何事もないように周りの友だちが自分の分の三分の一ほど残し、そのこのビニール袋に給食を分けました。
 聞くと、その子は家に食事をしていない小さな弟と妹がいて、自分の給食を持って帰るのだそうです。その子は給食が終わると、一生懸命、走って学校を後にしました。

 そして、冒頭に引用させていただいたお言葉がでてくるのです。


 人間の心は、互いに共鳴しあうもの。
 わたしたちは、日々、だれかの影響を受け、だれかに影響を与えながら生きています。たとえ、自覚がなくとも。

 だから、幸せな気持ち、豊かな心は伝染するし、また逆に、不幸せな気持ち、貧しい心も伝染するのです。

 幸せには相乗効果があります。

 幸せをわかちあえば、もっと大きな幸せとなって、あなたのもとに返ってきます。
 そして、あなた自身はもちろん、そればかりか、あなたのまわりの人々をも豊かにし、その心を満たしてくれることでしょう。

 また、不幸せな気持ち、貧しい心は、受容や共感、癒しにより変わることだっておおいにあります。

 幸せは、だれかとシェアすれば、もっと幸せに、もっと豊かになれるのです。

#この記事は、FPN-新規事業とイノベーションを考えるニュースコミュニティにも寄稿しています。
(⇒http://www.future-planning.net/x/modules/news/article.php?storyid=2279


大川内 麻里のサイト OkawauhiMari.net
http://www.okawauchimari.net/

大川内 麻里が取締役を務める 創藝舎
http://www.sougeisha.com/

#000 タイトルに「#番号」のついている記事についてはこちらをお読みください。

| | コメント (4) | トラックバック (1)

#数字 の 記事について【お知らせ】

 タイトルのあたまに「#数字」のついた記事についてお知らせします。

 このたび、わたしの別のところで書いていたブログ「大川内 麻里の“人生がより心豊かになる”コトバ 1日1文」と、
いまご覧いただいている、このブログ「フリーターから起業した女性経営者の“心豊かに生きる”ブログ by OkawauchiMari.net(旧タイトル:元フリーター編集者の出版日記、フリーターから起業した女性経営者が考える「働く・人・社会」)」とを統合することにしました。


#数字の記事の趣旨
大川内 麻里の“人生がより心豊かになる”コトバ 1日1文」とは、
わたし(大川内麻里)が、日々膨大に読む読み物や、人から見聞きする言葉、出会ってきた素敵な言葉たちのなかから

“あなたの人生が、より心豊かなものになる”コトバ
 をご紹介し、
+わたしのちょっとしたコラムを綴っていく

 というブログでした。

あなたの毎日に、“ちょっとした豊かさ”をプラスできるようなコトバたちを、お届けしたい」というのがコンセプト。
 わたし自身、心の豊かさを追求しながら綴ってきたもので、いただいたコメントから、たくさんの学びや喜び、幸せをいただいてきました。
 わたしのモノの見方、考え方がもっとも顕著に現れるブログでもありました。
 おかげさまでご好評もいただいてまいりました。

 そんな1日1文を、これからはこちらのブログで配信していこうと考えています。
 もちろん、これまでこのブログで書いてきたようなテーマの記事も続けていきます

 ただ、1日1文については、タイトルのはじめに「#数字」をつけることで区別することにしました。


#001~099はバックナンバー
 この統合にあたって、2006年4月~1年間に書いてきた過去記事を、すこしずつこちらに移行していきます。

 タイトルに#数字のついた記事のうち、#001~099は、その移行した過去記事、つまりバックナンバーです。

 もともとのこのブログで書いてきたテーマと共通するテーマも多いので、楽しんでいただけるとうれしいです。


#100~は新しい記事(新しい1日1文)
 バックナンバーを移行していくだけではなく、これから新しい1日1文もお届けしていきます。

 今後、書いていく新しい1日1文は、#100からはじめます。

 つまり、タイトルのはじめの番号が、#100以降のものは新記事となります。


1日1文だけをご覧になりたい場合
 1日1文だけをご覧になりたい場合には、サイドバーのカテゴリから「■心豊かに生きるための1日1文」をクリックしてください。(でも、たぶんすごい見づらい……(~~;)



 わたし自身、まだまだ発展途上で、日々修練の身でありながら、こういったコンセプトの記事(1日1文)を書かせていただくのは恐縮なのですが、未熟であるからこそ、アンテナに引っかかる言葉、お伝えできる言葉があるのでは、という気持ちで綴っております。

 先にも述べたように、わたし自身学びながら、と申しますか、わたし自身の学びの場として、このブログがあります。

 その研鑽の場を、だれかと共有することができたらあなたと共有することができたら――チョット素敵だなって思いませんか?^^

 1日1文は、わたしからあなたへの「毎日の暮らしのなかにある、ほんのちょっとの幸せ、シェアしませんか?^^」というご提案でもあるのです。

 プチバラシをしちゃいますと、わたしのブログのなかでも、特に1日1文において、断定形の文体を使っているのは、ある意図あってのことです。^^ゝ


 この統合によって、単純にこのブログの更新頻度は、以前よりも増えることとなると思います^^
(……って、企業合併の記者会見みたい^^;)
 そんなわけで、みなみなさま、今後とも当ブログ・大川内麻里をよろしくお願いします!


なお、著作権法を遵守し、引用は、著作権法の規定するところを逸脱することはございません。
引用について、著作者さまの不利益となるような悪意あるご紹介の仕方は一切いたしません。



大川内 麻里のサイト OkawauhiMari.net
http://www.okawauchimari.net/

大川内 麻里が取締役を務める 創藝舎
http://www.sougeisha.com/

| | コメント (8) | トラックバック (0)

世論はこうして作られてゆく―「赤ちゃんポスト」という“通称”の罪。ないがしろにされる「こうのとりのゆりかご」の本質論

「赤ちゃんポスト」というのは、あくまでも報道機関が呼称しているだけであって、正式名称は「こうのとりのゆりかご」です。

 この「赤ちゃんポスト」という通称が与えるイメージだけが先行してしまい、「赤ちゃんを物として扱うなんて」と、事の本質には遠く及ばないところで、論議や国民感情が沸騰してしまっているようですが、本質はそこにはありません。

 各報道機関は、いまからでも「こうのとりのゆりかご、いわゆる赤ちゃんポスト」とでも呼称を正すべきです。

「なまえ」の与えるイメージは非常に大きいです。
 ネーミングがウケて爆発的にヒットした商品などが多数あることからも、その影響力の大きさをはかることができるでしょう。

 報道機関が、今回の件のような大事な事柄について、ふさわしくない呼称を使ってしまったら。
 その影響は甚大です。

 物事の本質をも隠蔽し、本来あるべきところとはかけ離れたところで、不用意に世論をあおってしまうことすらあるのです。

 議論されるべきところで議論が展開されず、違うところで世論に火がつき燃え上がってしまう。
 そんなふうにして「つくられた」世論というのは、非常に危険です。

 なお、「こうのとりのゆりかご」に関するわたしの見解は、別のブログの記事「「赤ちゃんポスト」という“通称”に踊らされないでください。事の本質が見えなくなってしまう危険性があります。」に述べました。

【関連記事】
「赤ちゃんポスト」という“通称”に踊らされないでください。事の本質が見えなくなってしまう危険性があります。
「こうのとりのゆりかご(俗称:赤ちゃんポスト)」に預けられた子のその後を考える(1)~養子縁組と里親制度

* 大川内 麻里のサイト OkawauhiMari.net
http://www.okawauchimari.net/

続きを読む "世論はこうして作られてゆく―「赤ちゃんポスト」という“通称”の罪。ないがしろにされる「こうのとりのゆりかご」の本質論"

| | コメント (5) | トラックバック (8)

企業買収ビジネスをめぐる経済エンターテイメント・土曜ドラマ「ハゲタカ」がすごい!―企業とは? 人間とは? 正義とは?

 人生の悲劇はふたつしかない。
 ひとつは金のない悲劇。

 そして、もうひとつは金のある悲劇。

 そんなセンセーショナルな一言からはじまった、ドラマ「ハゲタカ」
 オープニングから吸い込まれるようで、1時間、画面にくぎづけになってしまいました。


 バブル崩壊後の日本。
 外資ファンドで辣腕をふるうファンド・マネージャー鷲津(大森南朋さん)が帰国する。
 この外資ファンドのビジネスモデルは、破綻に瀕した企業を買収したり、不良債権をまとめ買いしたりという手法で、ファンドを運用していくというもの。冷徹な合理主義で莫大な利益を手中に収める彼らはこう呼ばれる――「ハゲタカ」。

 さながら、バブル崩壊後、光の見えない日本にふわりと降り立ったかのような「ハゲタカ」鷲津は、まずある銀行の抱える膨大な不良債権をまとめ買いする。

 その銀行とは、実は鷲津が5年まえまで勤めていた銀行だった。そう、鷲津はかつて自分が勤めていた銀行の債権を買い叩いたのである。

 いま企業再生を目指す銀行マンとして、鷲津と対峙する芝野(柴田恭兵さん)は、遠い記憶をたぐりよせる。

 5年まえに、支店の上司であった芝野から命ぜられたとおり、町工場への融資を断り、自責の念にひとり涙する青年、鷲津。
 そして、その貸し渋りが原因で自殺した経営者。
 葬儀で「人殺し!」と遺族になじられ、土下座する鷲津。

 しかし、鷲津はもうあのころの鷲津ではなかった。
 老舗旅館の債権を手に入れた鷲津は、経営者の懇願をはねつけて売り飛ばす。
 「二代目経営者として、じいちゃんほどの手腕はおまえにはねぇんだよ!」と息子(松田龍平さん)にもなじられた経営者。失意のまま、息子宛に「おまえの言うとおりだったのかもな」と一言留守電を残し、ふらふらとした足取りでトラックに突っ込み、命を絶つ。

 「おまえは変わったな」とつぶやく芝野に、鷲津はこう言い放った。
「私を変えたのは、あなたです」

 そんな鷲津を執拗に取材する経済記者、由香(栗山千明さん)。
 彼女はほかでもない、5年まえに銀行の貸し渋りによって自殺した町工場の経営者の娘。
 そう、彼に「人殺し!」と叫んだ娘だった。


 栗山千明さん、松田龍平さん、柴田恭兵さん、大森南朋さん、中尾彬さん、みなさんの迫真の演技に圧倒され、現実(リアル)よりリアルなのではないかとすらかんじさせられました。

 ぐさりと胸に刺さる印象的な台詞もあって、経済ドラマとしてはもちろん、人間の本質を問う、「人間ドラマ」としても、非常に完成度の高いものだと感服です。

 経営者のかた、企業人のかた、さまざまなビジネスパーソンの方々にぜひ見ていただきたいです。おすすめです。
 人間とはなにか、ということを見る者に鋭く訴えかけてくる秀作だと思います。


 原作は“緻密な取材をもとに虚実の隙間を抉る、経済小説の新鋭”と名高い、真山仁先生「ハゲタカ」「バイアウト」(ダイヤモンド社)。
「救命病棟24時」「ビッグマネー」「離婚弁護士」「医龍」など、数々のヒット作を生んだ林宏司さんが脚本に。
 音楽は「GOOD LUCK!!」「海猿」、そして先日日本アカデミー賞最優秀音楽賞を受賞した「ALWAYS 三丁目の夕日」の佐藤直紀さん。

 出演者、制作者ともに豪華な顔ぶれ!!

 ドラマ「ハゲタカ」毎週土曜21:00~(全6回)NHK
 次回も楽しみです!!
 ドラマとはまた一味違う、原作もチェキ!!


※参考
・ドラマ「ハゲタカ」公式サイト
http://www.nhk.or.jp/hagetaka/
・「ハゲタカ」ディレクターの「渋谷で働くドラマディレクターの日記」
http://www.nhk.or.jp/hagetaka-blog/
・原作の真山仁先生の公式サイト
http://www.mayamajin.jp/
・原作の書籍「ハゲタカ」の情報は
http://www.diamond.co.jp/


* 大川内 麻里のサイト OkawauhiMari.net
http://www.okawauchimari.net/

▼このブログの執筆者である私、創藝舎の大川内 麻里はこんな本を書いています。

* 大川内 麻里のサイト OkawauhiMari.net
http://www.okawauchimari.net/

* 大川内 麻里が取締役を務める 創藝舎
http://www.sougeisha.com/

| | コメント (1) | トラックバック (0)

WEB2.0考(1)ネット上で表出する攻撃性―自殺しようとした女性を救助した警察官死亡

 なんとか命だけはと切に祈っていました。本当に残念なことです。

 もうひとつ、残念なことがあります。

 この事件で、宮本巡査部長を巻き込んだかたちとなってしまった、自殺をしようとした女性。
 彼女への批判が、非常に多いこと。
 実際、この事件を取り上げたブログや日記などで、辛らつな言葉を多く目にしました。

 たしかに、尊いひとりの警察官の命が奪われる原因となる行動をとった女性を批判し、厳しい言葉を投げかけたくなるのも人の情でしょう。

 しかし、それは宮本巡査部長の遺志に添うものでしょうか?
 彼は、そんな人々の声を聞いて喜ぶでしょうか?

 宮本巡査部長は、わたしたちに、命の貴さ、生きる尊厳、職務とは、など、大切なことを教えてくれました。
 彼の遺してくれたものを、彼にとって不本意なかたちとはならないように、大事に受け継いでいきたい。そう思います。

 宮本邦彦巡査部長。心よりご冥福をお祈り申し上げます。


救助の巡査部長死亡=東京都板橋区の東武線事故
2月12日16時0分配信 時事通信
 東京都板橋区の東武東上線ときわ台駅で、線路に侵入した女性を助けようとした警視庁板橋署の宮本邦彦巡査部長(53)が電車にはねられた事故で、重体だった宮本さんが12日午後2時25分、治療を受けていた同区内の病院で死亡した。 
最終更新:2月12日17時30分
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070212-00000044-jij-soci

| | コメント (6) | トラックバック (2)

求人の年齢制限を禁止。フリーターの雇用促進目指す

求人の年齢制限を禁止へ=フリーター対策で与党協議会が合意

 自民、公明両党は24日、雇用問題についての実務者協議会を開き、企業が労働者を募集・採用する際の年齢制限を禁止することで合意した。安倍政権が掲げる再チャレンジ支援策の一環として、就職氷河期に就職できなかった年長フリーターや団塊世代など中高年の就労を促進するのが狙い。

 現在の雇用対策法は企業に対し、労働者の年齢にかかわりなく均等な機会を与えることを努力義務として課しているだけ。この緩やかな規定が新卒者以外の就職の障害になっているとして、協議会の結果を受けて両党は、年齢制限撤廃の義務付けを通常国会に提出予定の同法改正案に盛り込むよう政府に調整を要請した。ただ、違反に対する罰則は設けない方向だ。

(時事通信社 - 2007年01月24日 21:10)


 就職氷河期に就職できなかった20代後半~30代のフリーターや、中高年の雇用を促進することを目的として、求人の年齢制限を禁止する方向へと向かっています。

 もちろん喜ばしいことなのですが、ただ、この問題点は、女性の雇用とおなじで、表面上の応募資格と実質的な応募資格との溝です。
 本当は男性を対象とした求人であるにもかかわらず、それが明示されないために、無駄足を踏むことになってしまった女性というのが多くいたし、いまも確実にいます。

 わたしはリクルートグループにいたのでわかるけれど、「求人と言えばココ!」の同社が扱う広告の表現などの基準は非常にシビア。
 今回の雇用対策法の改正が施行されれば、同社の求人広告から、年齢の記載は徹底的になくされるでしょう。


 男女雇用機会均等法については、女性を雇用するメリット、あるいはメリットとまでは言わずとも、すくなくともデメリットではないな、という点に、企業が気付きはじめたことで、徐々に表面上の応募資格と実質的な応募資格の溝は埋まっていったように思えます。

 たとえば、女性の雇用に積極的な企業、女性管理職率の高い企業は、企業イメージの向上に成功しています。株価にもいい影響を及ぼしているでしょう。


 20代後半~30代のフリーターや、中高年の場合、彼らを雇うメリットが企業側になくてはならない。
 低賃金の労働力。これだけでは不十分。


 わたしは常々「元フリーターの経営者」として、フリーターの意識向上を!、と声高に叫んできたし、それが企業側の意識を変えることにもつながり、ひいては企業とフリーターのあいだに好循環を生むと論じてきました。

 このあたり、これまで以上に本気で取り組みたい

| | コメント (0) | トラックバック (1)

歯科医兄妹・遺体切断事件に見る「後継者」問題と、夢を追うことのできる「自由」

 東京都渋谷区の歯科医宅で長女の短大生の切断遺体が見つかった事件で、次兄の予備校生、武藤勇貴容疑者=死体損壊容疑で逮捕=が「歯科医になるのは人のまねだ、と言われ怒りが爆発した」と供述していることが新たにわかりました。すでに公表されてはいますが、被害者の実名を伏せるのはわたしの信念です)

 被害者と加害者のあいだになにがあったのか、事実を知るのは加害者しかいないわけで、ここでは供述の真偽は置いておくとして……。


 この供述を聞いて、ふと思い起こしたことがあります。

 USEN代表取締役社長、宇野康秀さんが、以前にインタビューでおっしゃっていたことです。
 宇野社長は、ご経歴を見ればわかるとおり、USEN創業者の次男。
 といっても、大学卒業後にそのままストレートにあとを継いだのではなく、リクルートコスモス(現コスモスイニシア)に1年在籍したのち、25歳でインテリジェンス(人材派遣業)を興し、代表取締役に就任、といった経歴をたどっています。

 そんな宇野社長。自らの子ども時代を振り返ってこう語っていらっしゃいます。
*****************************
 大阪有線がどんな仕事なのかをはっきり認識したのは、たぶん小学校1年生か2年生くらいですかね。母親と一緒に“有線放送大賞”に行って、それで「あぁ、有線ってこういうことやってるんだぁ」って思ったのを覚えています。

* * *

 まぁ、例え中学生でも子供ながらに親の後を継ぐのか継がないのかとか、そんなことは意識しはじめますよね。
 親が会社をやっていて、自分は次男で、自分はどうするんだろうということは考えていました。
 ただ自分は二代目の経営者として後を継ぐとか、そういう選択をしたくないっていうのが強かったものですから。じゃあ自分で独立して自分で事業家にならなきゃいけないな、と思ったんでしょうね。

* * *

 親はどうなれとかそういうのは一切言いませんでしたね。
 ただ周りが子供に対して言うじゃないですか。「大きくなったら、お父さんの会社に入って一緒に頑張んなきゃね」とか「いずれは社長よね」みたいな(笑)。
 そんなことを言われるのがすごい嫌で。それに対する反骨心みたいなものが強かったのかもしれないです。
*****************************

 これを聞いたときに、「あ、わかる」と思ったんです(おこがましくも、、、)

 なにがわかるのかというと、わたしの父も経営者なんです。父の兄弟で会社を興していて。
 で、ウチは二人姉弟で、わたしが長女、5歳下の弟が長男なんですね。

 わたしは、まえ別のブログでも書いているけれど、
「この父の娘として生まれていなかったら、わたしはいまの生き方を選んでいなかっただろう」と思っています。
 いまの生き方というのは、フリーランスとして独立したのち、会社を興こす、経営するという生き方
 世でいうところの「雇われない生き方」というやつだろうけれど、これに対してはわたしは「独立も起業も単なる手段であって目的ではない」という考え方なので、抵抗があるというか一言二言あるわけですが、まぁそれは別の機会に……ということで。

 ただ、その目的を果たすための手段として、「独立・起業」という選択肢が、おそらくまわりのひとたちよりも、すんなりと、割と自然なこととして自分のなかにあったようには思っているんですね。

 わたしも子どものころ、父の仕事場に連れて行ってもらうことがあったし、建設業という仕事柄、父の手がけた仕事、その結果を「建設物」という目に見えるかたちで見ることもできて。
 親にそんな意識はなかっただろうけれど、こうして幼いころに父の働く姿、仕事を見せてもらえたのは、わたしという人間の職業意識を成長させるのに、大きく貢献(笑)してくれたと思います。


 ウチも宇野社長のところとおなじく、親はあとを継げとか継ぐなとか、そういったことを云々言うひとではありませんでした。
 ただ、これまた宇野社長とおなじく、まわりの大人たちは「大きくなったらお父さんの会社で云々」「次期○長云々」みたいなことを言ってくるわけですよね、わたしにも弟にも。友だちにも言われてたし、子どもだからね(笑)

 それがいやで宇野社長は「反骨の精神があった」「そのまま親のあとを継ぐという選択をしたくなかった」と語っています。
 また「次男の自分はどうするんだろう」という思いが漠然とあったとも。

 このあたりがキーなんだけれども、わたしも「親の七光り呼ばわりはされたくない!」って中学生ごろに漠然と思っていたし、「父には絶対に勝てない」という偉大な父への畏怖にも似た念があったから、「父とは違う土俵で勝負する」って思いが強くなっていったんですね。
(結果、その土俵が、本を書くこと、出版することになるわけだけれども)


 あとね、正直な話、「自分は女の子だからな」ってあきらめにも似た思いがあったんです。
 建設業だし、父の会社に仮に入らせてもらうことがあったとしても、女性である自分にやれることには限界があるのでは? と。
 だから、もしあとをつぐということがあるのならば、候補者はわたしではなく、男の子である弟だと。自分のなかで、勝手に結論づけた。

 そのあきらめの気持ちが、実は、とってもラッキーなことだったんですよ。

「あきらめ」という“仮面”を借りて、わたしは「自由」を手にした。


 後継者候補から自分を勝手にはずす「自由」。
 自分の好きなことを見つけて。
 自分のやりたいことを見つけて。
 夢に向かってまい進する「自由」。


 ここで、冒頭の歯科医師宅の兄妹の殺害・遺体損壊事件に戻って考えてみましょう。

(女の子である)妹=被害者には、その自由があった自由を手にした(おそらく「自分の力で手にしたのだ」という自負が強くあったのでは?)。
 家業の後継者候補から自分をはずす自由。自分の好きなことを見つける自由。やりたいことを見つける自由。夢に向かってまい進する自由。

 一方、加害者となった次男。宇野社長も「次男の自分はどうするんだろう」と漠然と中学生のころに思ったというけれど、次男という立場は、やはり後継云々という問題においては「自分はどうなるんだろう、どうすればいいのだろう」といった迷いや葛藤に、すくなからず駆られざるをえない立場にあると思うのです。
 実際にこの加害者の兄である長男は、順調に歯科医=あとを継ぐ方向に向かっていたのだし、なおさらでしょう。(次男は母方の歯科を継ごうとしていたとか)


 親が口にしなくても、子どもって、「後継ぎ」ということについて、自ら幼いころから、なんとなくではあるけれど、子どもなりに考えているものなんですよね。

 被害者は、たまたまそこから自由になれただけ。女の子に生まれたという、偶発的なラッキーもあったけれど、彼女自身の力でもある。彼女自身が好きなことを見つけて、それにまい進した。ラッキー・彼女の力、いずれもそれだけではない。

 一方、加害者は、迷いのなかからも、そこを目指すことに決めた。拘束されていたとまではいわないが、自分で見えない拘束縄で縛っていた・縛られていたのではないかなとは思う。

「歯科医になることが人まねだ」と被害者である妹に言われたのが事実か否かは定かではありませんが、すくなくとも供述で加害者がそう述べたということは、仮に言われていなかったとしても、そう思われているようにかんじていたなど、とにかく、その言葉が、彼にとっての触れられたくない「NGワード」であったということはうかがえるでしょう。

「NGワード」はコンプレックスを示唆するものです。
「人まね」=親の七光り、兄のフォロアー、というようなところは、次男である加害者の一番触れられたくない部分でしょう。


 とはいえ、わたしは加害者を擁護するわけでもありません。
 この事件はさまざまな観点から考察でき、社会的な意味があるものです。
 そのひとつの観点として、後継者とそこから自由になることという点から考えてみました。
 経営者の娘として。また、子をもつ経営者として。


この文は、一般的に女の子よりも男の子のほう、こと長男が家を継いでいく、という現代日本の風潮に倣って書いただけです。わたし個人は、男系後継をよしとは決して思っているわけではありません)

| | コメント (3) | トラックバック (2)

働く幸せ(1) 菊地成孔さんインタビュー「好きなことを仕事にするということ」

 

 最近よく反芻する言葉があります。
 かつて仕事でインタビューをさせていただいた、ジャズミュージシャン・菊地成孔さんのお言葉です。ニート問題などにも積極的に発言されてきた方です。

 若手ビジネスパーソンへ向けて「好きなことを仕事にするということとは?」をテーマにお話いただきました。

 以下、その原稿を掲載します。
・雑誌『COBS』――いい仕事といい人生を楽しみたいと願う20代のアッパークラスビジネスマンのための情報誌(毎日コミュニケーションズ)に寄稿させていただきました
※原稿は2005年10月時点のものです


**********************<以下、原稿>***

 音楽家、著述家、音楽講師という三つの顔をもつ菊地成孔。

 ジャズサックス奏者としての活動を中心に、DATE COURSE PENTAGON ROYAL GARDENなど複数のプロジェクトでの活動に加えて、UA、カヒミ・カリィなどさまざまなアーティストの作品にも参加。自身のソロアルバムとしては「南米のエリザベステイラー」が最新作。
 また「ペンギン音楽大学」を主宰するほか、アテネ・フランセ経営の「映画美学校・音楽美学講座」の理論科主任講師を務める。
 また文筆家としても活動。近著に「CDは株券ではない」(ぴあ刊)。

 その一方で、現代社会に内包されているニート問題についてなどにも、メディアを通して、積極的に発言。

 音楽家、著述家、音楽講師――三つの顔に共通するのは、すべて菊地が「好きでやっている仕事」であるということ。そんな菊地に好きなことを仕事にするとはどういうことなのか、若手ビジネスパーソンへ向けて語ってもらった。

07kikuchi2

はじめて音楽に触れ
そして仕事にするまで

 菊地の音楽の原点は、当初からジャズに……と思いきや、実はクラシックにあったという。小学校6年生から高校生までファゴットを演奏。
 しかし、高校生のときにジャズに傾倒していく。
 そして手にした楽器がサックス。いまの菊地を語る上で、大きなファクターとなる楽器との出合いだ。

 やがて音楽学校在籍中に「フィフツ・ディメンション」というプロミュージシャングループのサックスパートの欠員募集に応募。
 そして、1984年に横須賀米軍ベースの「フィフツ・ディメンション」公演で、遂にサックス奏者としてプロ・デビュー。菊地、21歳のときのことだった。

 そのときの菊地の日当は1万5000円。時は80年代、バブル期の最中にあった当時にして、それは決して高い収入源とは言いにくいものだった。

 しかし、それでも「はじめて、音楽という好きなことで、お金をもらえた」という事実は、菊地にとって、何ものにも代えがたいものだった。「音楽=自分の仕事」という自覚は、自然、菊地に音楽のプロフェッショナルとしての意識を芽生えさせる。

 当時はアイドルが1枚シングルを出せば、全国ツアーをやっていた時代。そのバックバンドなどの仕事が舞い込む。やがてソングライトやプロデュースなどに携わる一方、山下洋輔グループやグラウンド・ゼロ、ティポグラフィカなどに参加。89年以降、多数のヨーロッパ公演を経験。現在はDATE COURSE PENTAGON ROYAL GARDENとSPANK HAPPYなどのバンドを主宰する傍ら、UA、カヒミ・カリィなどの作品にも参加している。



いまの仕事を好きになる
逆転の発想術!

「仕事中毒」と称されるほど、精力的な活動を展開する菊地。しかし、彼自身は「自分=仕事中毒」という図式にいまいちピンとこないという。

 なぜなら、客観的事実をもって「仕事」と呼ばれることでも、彼のなかでは、それは好きでやっていること、好きですごしている時間であるため、主観的には「仕事」という感覚ではないのだという。

 そればかりか、なかには
「“仕事”であっても、自分にとっては“休息”“安らぎ”であることすらあるんだよね」

 誰もが一度は憧れを抱きながらも、多くの人々が現実に打ちのめされてあきらめていく「好きなことを仕事にすること」。菊地は、それを手にした最たる例。だからこそ「仕事」という感覚が希薄で、そこに安らぎすら見出すことができる。だが、それと同時に――
「地獄でもありますよね、好きなことを仕事にするというのは……」とこぼす。

 実は菊地自身、成功しすぎるあまり、不安神経症になってしまったことがあるという。次々と目標をクリアしていくばかりに、ついには目指すべき目標がなくなってしまい、心が病に侵されてしまったというのだ。
「地獄のような苦しみだった。死にたいんじゃなくて、自殺してしまうかもしれないという恐怖で眠れなかった。楽をして成功したら、それなりのツケは、必ずまわってくるってことだね。これが好きなことをして成功した人が背負わざるをえない大きなリスクだよね」

 好きなことを仕事にすることに成功したひとつのモデルとして、菊地の成功までの道程を掲げるとすれば、一億人のなかから選ばれた天分に恵まれた人間だと言っても過言ではないだろう。そういった一握りの人しか手にすることができない可能性に恵まれ、才能を発揮した結果ゆえの成功だと言える。しかし、そこには菊地が自身の不安神経症の経験を例示するように、その恵まれた天分ゆえの苦しみやリスクがあるのも事実。

 また成功のもうひとつのモデルとして、努力や我慢をしながら、必死に頑張りに頑張って、その末に、やっと好きな仕事を手に入れたという人もいるだろう。実はこちらの方がより現実的な成功法であるにもかかわらず、ライブドアの堀江貴文氏や楽天の三木谷浩史氏など、日本社会のビジネスにおける成功者たちが世のなかに躍り出るにつけ、そういった成功の背景にある、コツコツと積み重ねてきた努力や我慢、失敗しては這い上がってきたなどといった苦労などに焦点が当てられず、一般のビジネスパーソンからは見えにくくなってきているのも事実だ。

 いま、あなたは好きなことを仕事にしているだろうか?
 答えはおそらく「NO」、もしくは自分でも曖昧模糊としている人が大多数だろう。

 そんなあなたたちへ菊地は、こう提言する――
「“好きなことを仕事にしよう”とするから、苦しみや地獄がそこに存在するわけで、そうではなく、“仕事にしたことを好きになる”という方法もあるのではないか?」

 仕事をしていく上で、どんな局面であれ、必ず達成感や喜びを感じられるところはあるはずだ。
「そういった発想の転換をした方が、どんな人にとっても、仕事への充足感や幸福感へと繋がりやすいのではないかと思いますね」


社会人としての可能性や
使命感を活かそう!

 菊地が仕事をする上で社会に対して譲れないものとは?
「何かを発信していかなければという、ある種の使命感ですよね」
 COBS読者のように、意識の高いビジネスパーソンならば、仕事にこういった強い使命感を抱いている人も多いだろう。

 また菊地は自らのこれまでを振り返り、こう話す。
「やりたい仕事で稼ぎはじめたころとバブルが崩壊したのがちょうどおなじ時期で。バブルのときは、本当にいい加減で好き放題やって、それでも仕事が入ってくる。そんなときが一生続くわけなんかないよね。気付いたら、収入は半分以上に激減していたけど、やりがいは10倍くらいになっていたんだ」

 これは、お金がかならずしも仕事のやりがいと直結するわけではないという菊地の仕事観を表していると言えるだろう。そして不景気下での仕事にやりがいを強く感じていたという姿は、現代のビジネスパーソンの姿そのものとリンクし、そこにある可能性を示唆する。

 ひところの日本社会では「リセット願望」が流行った。「リセットすれば、自分が変わる。すべてがうまくいく」という幻想に基づいた願望だ。転職願望なども、そのひとつと言えよう。そういった若い層の姿をもって、菊地はこう語る。

「彼らにとっては、人生=博打なんでしょうね。もちろん、そういった側面も必要なんだけれど、コツコツ積み重ねていくことも絶対に必要」 そして、菊地の目に映るそんな若年層の姿に警鐘を鳴らす。
「最近は博打的な成功を望む若い連中が多すぎる。それってかなりリスキーなことだよ。だって博打だけで人生うまくいくわけなんかないじゃない」
 と強調する。

 菊地の仕事観と生き様は、われわれに「好きなことを仕事にすること」の本質――成功と表裏一体をなすものとして苦しみや痛みが存在することを明示。そして、いまの仕事を好きになることの大切さや、より現実的な07bimgp1179成功法、若手ビジネスパーソンに秘められた可能性を見せてくれる。

Interview&Words:(C)Mari Okawauchi,Sougeisha,
**********************

写真は菊地さんに「いいですね♪」と褒められたリング&チョーカー。いつもお世話いただいているブランド、MICATEさんのDesign&Create。ありがとうです~!*^^*07bimgp1181_1(撮影環境がよろしくなく、写真では魅力を存分に表現しきれていませんね、、涙)







07kikuchi

◆菊地成孔official web site PELISSE
◇菊地成孔プロフィール
新作
CD & DVD
著書
作品(著書・CD・DVD)

| | コメント (1) | トラックバック (0)

自殺対策(1)◆報道が助長する事件連鎖

 いじめ自殺の連鎖。
 連日の報道が引き金になっているのではないかという批判も多くあります。

 いま、なにが危険かというと「いじめ+自殺」がセットになっていることです。
 これはいじめに遭っている子どもたちに「自分の置かれている状況は、自ら命を絶っても仕方のない状況なのだ」というメッセージ性をもって受け止められてしまうのです。

 1980年代のオーストリアでは、自殺が相次いでいたそうです。開通したばかりの地下鉄へ飛び込むという方法で。
 連日、自殺の話題は報道され、それによって拡大していることが明らかでした。

 それに対し、精神科医らがメディアに向けて、報道の仕方のガイドラインを提案。主に以下のような内容でした。
・自殺手段を報道しない
・遺書、自殺の動機を報道しない
・自殺者を英雄視するような表現を避ける など
 いまでは、オーストリアの自殺者数は当時の約60%にまで減っているそうです。(もちろん、そのことだけが影響しているわけではなく、ほかにも要因はあるでしょうが)

 なにか事件が起きたときに、それが連鎖していくという現象はよく見られることです。犯罪だってそう。模倣犯、愉快犯というのもいますが、今回のいじめ自殺の連鎖と似たメカニズムで連鎖しているものもあると、わたしは考えています。

 たとえば、下関駅、池袋サンシャイン通りなどの通り魔殺人事件。
 犯罪者の生い立ちや事件背景が語られるにつれ、「自分のような人間は、こんなことをしでかしても仕方のない人間なんだ」と。

 また犯罪者や自殺者は、その予備軍にとって、「事を成し遂げたヒーロー」のような存在となってしまいうるのです。

 とはいえ、もちろん、報道することの意味は、こういった負の側面だけではありません。そのことは忘れないでほしいと思います。

ちなみにちなむと……
※いじめを防ぐことと、自殺を防ぐこととは別問題。
 対策も異なります。これらを混同してはいけない。

※いじめによる殺人があったことも知ってください!
山形県明倫中学校マット死事件

【関連記事】
教室内の力関係に迎合する教師――福岡のいじめ自殺事件に思う
いじめたこと、ありますか?
いじめにまつわる体験を話して!
報道が助長する事件連鎖
嫌われ役・悪役・憎まれ役こそを愛しみたい
「いじめをなくそう」というスローガンが“強すぎる”状況下は「危険」である
自殺対策(2)◆日本人は“安易な”引責辞任という風潮をなくすべきだ

| | コメント (6) | トラックバック (1)

いじめにまつわる体験を話して!

「いじめをなくすには子どもたちにどのように教えていけばよいのか」
 いまそんなふうに悩んでいる親や教師は多いことだろう。

 わたしは思う。
「いじめを“なくそう”と“教える”」姿勢では良策は出てこないのではないかと。

 まず大人たちにはよく思い出してほしい。
 自分自身、いじめにまつわる実体験はなかったか。
 子どものころ(否、大人になってからですら)、ひとをいじめたことはなかったか。いじめられたことはなかったか。周囲にいじめが起きていたことはなかったか。
 そのときの自分の心境。行動。
 そして、そのことを振り返って、いまどう思うか。

 それを子どもたちに語ってほしい。“教える”のではない。
 リアルな実体験から出た言葉、話というのは、どんな道徳思想や抽象論にも勝って、子どもたちの心に響くはずである。

 どんな立場にせよ、いじめに一切関わらずに生きてきたひとというのは皆無といっても過言ではないのではないか。であれば、その体験を語ってあげること、そこから自らが学んだことを子どもたちに伝えることのできる大人はとても多いはずだ。

 またそれほどにいじめは子ども社会はもとより、大人社会にも存在するもの。
 だから「いじめを“なくそう”」と考えるというよりも、「いじめは厳然としてあるものだ」という前提に立ち、かといって「なくすことはできない」という無力感を抱くのではなく、防止策を考えていく。そのほうが、より現実的だろう。

【関連記事】
教室内の力関係に迎合する教師――福岡のいじめ自殺事件に思う
いじめたこと、ありますか?
いじめにまつわる体験を話して!
報道が助長する事件連鎖
嫌われ役・悪役・憎まれ役こそを愛しみたい
自殺対策(1)◆報道が助長する事件連鎖
「いじめをなくそう」というスローガンが“強すぎる”状況下は「危険」である
自殺対策(2)◆日本人は“安易な”引責辞任という風潮をなくすべきだ 

| | コメント (9) | トラックバック (0)

いじめたこと、ありますか?

 いじめ問題について、筆を執るまえに、まずこのことを述べておかなければならない。

 わたしにはいじめた経験といじめられた経験、その両方がある。
 ここでは、あえて「いじめた経験」、つまりは加害者としての体験を告白したい。

 自分がいじめの対象となったとき。
 自分がいじめられていると認めるのが悔しくて、自分が嫌われていると認めるのが苦痛で、わたしは「いじめをいじめと思わず」抗った。

 一方、自分がひとをいじめたとき。
 いじめの手法の参考とされるのを防ぐため、具体的な内容は書くことを避けるが、わたしは自分の犯してしまっている過ちに対して、まったくもって無自覚だった。「これはいじめだ」ということに気付いていなかったのである。

 では、いつ「いじめている自分」に気付くことができたのか。

 その子が、いよいよ学校に来られなくなってしまってから、だった。その状況にまで追い詰めてしまい、わたしたちの行っていたいじめが、被害者の子のご両親と担任の先生の知るところとなって、先生に呼び出されてはじめて、だったのだ。
 否、先生に呼び出されたときでさえも信じられなかった。自分で自分のしたことが。いや、自分のした行為はわかっている。けれども、それによって、その子を学校に来られなくなるまで追い詰めてしまったということが信じられずにいた。「いじめ」という感覚がまるで欠落していたのである。
 小学校の中学年であったが、未熟さゆえに、いじめという自覚がなかった。自覚がないがゆえの悪質さがあったと、いま思う。

 そして、自分がいじめてしまった、という事実に大きなショックを受けていた。
 もちろん、いじめられていた子の受けた苦痛の比ではない。比べようもない。
 しかし、わたしにとって「自分が(その意識はなかったとはいえ、結果として)いじめてしまっていた」という事実は精神的なダメージとなっていた。

 これまで、自分がいじめられたこと(「いじめと思っていないいじめ」)についてであったり、なにをされてどう反撃したかとか、弟がいじめに遭ったときに割って入ったこととかは、割とひとに話してきたように思う。

 だけど、いじめたことについては、話したことはあるが、そう積極的には口にしてこなかったように思う。

 なぜか。それは、とても恥ずべきことだからだ。恥ずかしい自分、ふたをしてしまいたい自分、許せない自分。汚い自分。ひとさまに晒したくない自分。

 そんな自分をいまここに告白しました。意味なく行ったことではありません。

【関連記事】
教室内の力関係に迎合する教師――福岡のいじめ自殺事件に思う
いじめたこと、ありますか?
いじめにまつわる体験を話して!
報道が助長する事件連鎖
嫌われ役・悪役・憎まれ役こそを愛しみたい
自殺対策(1)◆報道が助長する事件連鎖
「いじめをなくそう」というスローガンが“強すぎる”状況下は「危険」である
自殺対策(2)◆日本人は“安易な”引責辞任という風潮をなくすべきだ

こちらのブログもよろしくね♪的な、ね(笑)。テーマ別に4ブログ運営中です。

大川内 麻里の“人生がより心豊かになる”コトバ 1日1文
SEX-Therapy【セックスセラピー】 by 大川内 麻里
フリーターから起業した女性経営者、パニック障害になる。+鬱病・PTSD by 大川内 麻里

各ブログの概要はコチラをクリック! ←更新情報(最新記事)は左側バーにあります
もし、ご興味をお持ちいただける記事がございましたら、どーぞどぞです♪^^

| | コメント (8) | トラックバック (0)

教室内の力関係に迎合する教師――福岡のいじめ自殺事件に思う

 教室内には力関係があります。児童・生徒同士のあいだの力関係です。

 わたしが小中学生だったころ、この教室内の力関係に迎合する先生というのがいたことを思い出します。こと、小学校高学年~中学生くらいのころ。数人の先生の顔がはっきりとよみがえります――いじめに加担する姿とともに。

 おそらく、彼らは「いじめに加担していた」自覚はなかったでしょう。「ちょっと“ノリ”でからかった“だけ”つもりだった」のではないでしょうか。そう、福岡のいじめ自殺事件の教師が言ったのと同様に。

 教師という職業には、子どもたちからの人気が必要。特に教室内の力関係において強者に属する子どもたちからの人気。
 でないと、「先生」としての位置づけが危うくなってしまう。

 こんな弱さからくる恐れがあったのではないかと推察します。

 受験戦争→学校より塾。
 体罰が問題視され、タブーとなった。
 少子化→親が過保護に。
 学級崩壊。
 「教師」という職業が聖職として見られなくなった。

 簡単に挙げましたが、これらのことと、教師が教室内の力関係に迎合することとのあいだに、まったく関わりがないとは、わたしには思えないのです。

 もちろん、教師をかばうわけではありません。ただ、教師が教室内の力関係に迎合せざるをえない状況というのもありうるのではないかと思うのです。
 教室内の力関係に迎合せざるをえない状況がなくても、そういうことをやる教師もいます。また、迎合せざるをえない状況があったからといって、それが許されるわけでもありません。

 根本から議論しようとするならば、「いじめ」という一点にだけ焦点を当てていては、まだまだ不足なのではないかと考えるのです。

こちらのブログもよろしくね♪的な、ね(笑)。テーマ別に4ブログ運営中です。

大川内 麻里の“人生がより心豊かになる”コトバ 1日1文
SEX-Therapy【セックスセラピー】 by 大川内 麻里
フリーターから起業した女性経営者、パニック障害になる。+鬱病・PTSD by 大川内 麻里

各ブログの概要はコチラをクリック! ←更新情報(最新記事)は左側バーにあります
もし、ご興味をお持ちいただける記事がございましたら、どーぞどぞです♪^^

| | コメント (2) | トラックバック (0)

「転職」「独立」「昇進」どーすんの?!

 世相というか、現代の20~30代の若手ビジネスパーソンの仕事人生を表す、象徴的なCMを目にしました。

 ライフカードコチラのCM。ごらんになられた方も多いのではないでしょうか?^^
オダギリジョー扮するビジネスパーソン
「平凡な毎日に青天の霹靂!」
ヘッドハンターに『転職』をもちかけられる
旧友からベンチャービジネスで『独立』しないかという誘い
でもいまいる会社でも上司から『昇進』の話
「人生最大の転機の予感!」
3択に迷う迷う。どーすんのおれ!?

……というもの。

 まず「転職」「独立」「昇進」、この3つの並び。
 この順番は、それぞれの魅力の度合い実現性の高さとをかけあわせた結果を表しているのでしょう。

 ここでいう“魅力”というのは
ビジネスパーソンとしての飛躍
自己実現
(給与も含め)社会的ステイタスの向上

などといったものに主眼を置いています。

 一言で言うと「自分が変わる」んです。「違う自分」に、もっと上(とあえて表現しますが)の自分になれる」んですね。

 昨今、これを望んでいるビジネスパーソンが非常に多い。
 自分のいまいる場所に違和感をかんじている、もっといえばいまの自分に違和感をかんじているひとが多いんですね。
 そして「もっと○○な場所がある“はず”だ」「もっと○○な自分になれる“はず”だ」と。

 それがいいとかわるいとかではありません。

 不安をひた隠しにしているひと、自分が不安に駆られていることに気付いていないひともいっぱいいるだろうなって思うんです。

 それから、このCMでは、「転職」「独立」「昇進」、この3つのチャンスが、ヘッドハンティングなど、すべて第三者によってもたらされるんですね。これっておもしろい画だと思いませんか?^^

こちらのブログもよろしくね♪的な、ね(笑)。テーマ別に4ブログ運営中です。

大川内 麻里の“人生がより心豊かになる”コトバ 1日1文
SEX-Therapy【セックスセラピー】 by 大川内 麻里
フリーターから起業した女性経営者、パニック障害になる。+鬱病・PTSD by 大川内 麻里

各ブログの概要はコチラをクリック! ←更新情報(最新記事)は左側バーにあります
もし、ご興味をお持ちいただける記事がございましたら、どーぞどぞです♪^^

| | コメント (0) | トラックバック (2)

新聞やテレビでは報道されない真実<社会復帰NPO施設で男性死亡 「しごかないと治らぬ」/アイ・メンタルスクール事件>

 全国に衝撃を与えた事件なので、ほとんどの方が、すでにご存知でしょう。
 名古屋市の社会復帰施設と自称していたNPO法人「アイ・メンタルスクール」に入寮していた男性の逮捕監禁致死事件。(わたしも、即、このブログで取り上げようとしていたのですが、健康上の理由により、なかなか手付かずの状況でした)

 実は、本事件の取材を、弊社の者(わたしのパートナー)の友人である新聞社社会部の報道記者が担当しています。
 その足で追って、その目で見て、その耳で聞いてきた記者でこそ知りえた、貴重なお話をうかがうことができました。(もちろん、守秘義務に反さない範囲でですよー)

 ですので、全国紙やテレビでは取り上げられなかった続報、より詳細な生の情報を含めて、お伝えしたいと思います。

 この事件を風化させないためにも。この事件を、より多くのひとたちに考察してもらうことで、日本社会が学ぶべきこと、認識すべきことを、広く散布するためにも。

 なによりも、この社会の歪みによって、奪われてしまった彼の貴い命を無にしないためにも。

 まずは、本件の第一報から。

社会復帰NPO施設で男性死亡 「しごかないと治らぬ」

2006年 5月 3日 (水) 09:33

 名古屋市のNPO法人「アイ・メンタルスクール」に入寮していた男性(26)が、手足に多くの傷を負って死亡した事件が波紋を広げている。同スクールは、引きこもりや家庭内暴力などで行き場のない人たちの社会復帰を促すことが目的だが、退寮者が相次いでいる。愛知県警は、男性が入寮当初から手錠や鎖などの拘束具で監禁状態にあったとみて、逮捕監禁致死容疑で捜査を進めている。

 男性が自室でぐったりしているのを、職員が見つけたのは4月18日午前8時ごろ。職員らが車で病院に運んだが、午前9時10分に心肺停止が確認された。

 施設側の説明によると、男性は家庭内暴力などで、同月14日に入寮したが、暴れることがあったことから、手錠や鎖で拘束していた。前夜にも暴れたため、職員が抑えたという。

 

同スクールは、愛知県内で親族と学習塾を経営していた杉浦昌子代表理事(49)が91年に立ち上げた。名古屋市東区に本部事務所を置き、同市北区に寮を開設している。事件当時の入寮者数は10~40代の男女約70人だったが、50人程度まで減っているという。

 

ホームページによると、寮は1カ月13万円。社会にうまく適応できない人たちを主に預かり、更生させるとしている。関係者の話では、寮では自炊生活をしており、人によってはアルバイトをしている。「働かざる者は食うべからず」と、仕事を紹介して自ら生活費を稼ぐよう指導しているという。

 杉浦代表によると、入寮者は、家庭内暴力をふるったことがある人が少なくないという。

 市民団体の会合に4年前に招かれた杉浦代表は「鉄工所で働いたり、チラシ配りをしたりして、社会復帰をした人もいる。引きこもりは甘え、怠けの結果。しごいてやらないと治らない」などと話したという。

 一方、こうした手法に対し、「深夜までアルバイトをさせられた」といった苦情も、入寮経験者や親から出ていた。

 東京のNPO法人青少年自立援助センターの推計ではこうした施設は全国に100カ所ほど。18歳以上は児童福祉法に基づく保護制度は適用されない。家庭内暴力などで親にとっては「手に負えない」成人を受け入れる公的な制度はなく、民間施設以外には行き場がないのが現状だ。
出典:asahi.com

 このように、「働かざる者は食うべからず」「引きこもりは甘え、怠けの結果。しごいてやらないと治らない」という持論に基づき、杉浦昌子容疑者ならびに「アイ・メンタルスクール」は運営されていました。

 ひきこもりには、ひきこもるだけの理由があるはずです。それも個々の理由が。
 なかには、甘えた人間もいたかも知れませんが、基本的に、杉浦昌子容疑者の論ずるところは、大きな誤りであると、わたしは断言します。

 そんな“ひきこもりにならざるをえなかった”ひとたちの、個々の背景を見ようともせず、画一的で時代錯誤な暴論に基づいておいて、なにが『社会復帰NPO施設』だと。笑わせるなと。(一見すると、先般、反省の色のまるでないままに釈放されてきた戸塚ヨットスクールを髣髴とさせられるようだが、その本質は、まったくもって異なるものです。)

 以下、続報の連載です。
 ぜひとも、リンク先をクリックしてご覧ください。写真や図版もあります。
写真の無断転載は著作権侵害に値するのと、図版は作成して掲載したいところですが、あいにく、現在、実家でロースペックなマシンしか持ち帰っていないという理由で。全文引用をしたいところですが、あいにく、それも著作権侵害に値しますので、以下、記事に私見を交えた要約にてお書きいたします。)

 取材にあたった記者によれば、当然ながら、職員は口を開きたがらない。そこで、朝、バイト先へ自転車で向かう入寮生を、話しかけながら、走って追いかけたといいます。
 しかし、入寮生とのコミュニケーションは困難なものだった。毎朝4キロ走り続けて、都合30人くらいにあたって、話ができたのは、わずか3人だったとのこと。(あらためて、本件は、物言えぬ弱者への暴行であったと、わたしはかんじた。)
 それでも、施設や家族らの抱える悲惨な実体が浮き彫りになったという……。

【自立支援の迷路-アイ・メンタル事件】(上)
入寮先は「カギ部屋」

2006年05月09日

【自立支援の迷路-アイ・メンタル事件】(中)
「居場所ない」すがる親子

2006年05月10日

【自立支援の迷路-アイ・メンタル事件】(下)
長引く「困難」受け皿なく

2006年05月11日

<記事要約+私見>
“彼”が死に至るまで
 2006年4月14日。ひきこもり自立支援施設を名乗る「アイ・メンタルスクール」に、両手を縛られた男性(26)が、職員に抱きかかえられて連れ込まれる。彼こそが、後に、この残虐な事件により、命を失った犠牲者となる男性だった。

 彼は、上半身裸、内出血で身体中が紫色になってしまっている状態。手首からひじにかけて、無数の傷。出血、出血、出血……。
 職員らが包帯を巻こうとするも、男性は痛みに耐えかね、身体を激しく動かす。それに対し、頭と足を持ったり、馬乗りになったりして押さえつける職員たち。
 苦痛に暴れる男性を押さえつけることを、入寮者も手伝わされた。心中に、自分もおなじように「『拉致』されてきた」彼への思いを秘めたまま。 

同スクール代表理事の杉浦昌子容疑者は、冷たくこう言い放つ。

「こういうことはみんなが経験した方がいい」

 その『拉致』されてきた男性は、やがて、腹に鎖を巻かれて、1階の柱にくくりつけられた。眠るときでさえ、鎖は巻かれたまま。トイレにも行かせてもらえない。おむつのなかに用を足す。

 食事には、ほとんど手をつけず、ただひたすら「鎖を外してくれ」と訴え続けていた。
 その叫びは、施設内にむなしく響く。だれの耳にも、否、だれの心にも、彼のその心の叫びは届かない。だれもたすけてくれない。

 入寮者たちは、どんな気持ちであったろうか。

 4日後の18日朝。男性はぐったりとし病院に運ばれたが、間もなく亡くなった。

 杉浦容疑者は、こう嘯いていた――「男性は、自傷行為があったほか、寮でもずっと暴れていた。食事は十分に与えたが、毒が入っていると言って吐き出された」

 真相を知っているのは、果たして――。

「アイ・メンタルスクール」での生活とは?
 男性がいた1階にある2部屋を、杉浦容疑者らは「大部屋」と称していたという。

 県警によれば、事件当時の入寮者64人のうち男性21人、女性8人の計29人が、ここで寝起きしていた。

「集団生活を通してコミュニケーションの楽しさを学び、ひきこもりから脱する一歩を体得させる」――そんなふれこみだった。

 しかし、入寮者との認識には、大きな溝があった。

 杉浦容疑者らが「大部屋」と称するそこは、入寮者らにとっては「カギ部屋」。
 一日中施錠された2枚のドアで、他の部屋から隔てられ、外出が禁止されていたからだ。

「各自で自炊する」と、公称していた食事。その実体はというと、入寮者は米を炊くだけ。おかずはサンマやサバなどの缶詰か、ハンバーグやカレーといったレトルト食品を1食に1品与えられるのみだったという。

 2、3階は個室。個室の入寮者には、外出が認可され、ほとんどがアルバイトをしていた。

 寮生がアルバイトで得た給料は、職員が管理。そのうち、週に2000円~5000円程度だけが、当人のものとして与えられる。

 カギ部屋で暮らす入寮者は、杉浦容疑者の主観と独断で、生活態度を評価。すると、飲食店などのアルバイト先が紹介される。辞めずに続ければ、個室へ移ることができるということを餌にしていたのだ。

 入寮者は、原則として1階から生活をはじめる。親の依頼を受け、本人の意思に反して、カギ部屋に強引に連れ込まれるひともいる。
 死亡した彼もそうだった。

杉浦昌子容疑者の人物像とは?
 驚くべきことに、杉浦昌子容疑者は「熱血カウンセラー」「行動派カウンセラー」として知られた存在だった。今年2月には、子どもたちのさまざまな問題をとりあげた民放の討論番組にも出演している。

 若いころは、姉とともに、愛知県内で補習学習塾を経営。その塾で、不登校などの相談を受けるようになり、カウンセリングを始めたという。

 91年、アイ・メンタルスクールを設立。20代の職員を補助者に使いながら、ひきこもりや不登校に悩む本人や、親の相談に応じてきたという。長年の経験をもとに、カウンセリングした事例は2000件を超すという。

 杉浦代表はこれまで、本人が入寮に強い抵抗を示しても、家から強引に連れ出す手法をとってきた。

「私はときに屈強なひとの助けを借りて家から寮、または病院に連れ出す方法もとる」と著書で述べ、自らあえて『拉致』と表現している。

 こうした手法について、自著では、家庭内暴力など深刻な事態になっている場合、「『本人がその気になるまで待ちましょう』と、悠長なことは言えるわけがない」と正当な手段であることを強調。

 また、同書では「精神科医や評論家からすれば、誠に無手勝流の蛮行に思える指導の仕方も、なかにはあるだろう」とも語っている。

ひきこもりや家庭内暴力に悩む家族の行き場は?
 アイ・メンタルスクールの寮にはいまも40人近くが暮らしている。
 県警によると、被害者の男性が死亡し、捜査が始まると、家族に引き取られるなどして20数人が退寮。しかし、5月8日現在、なお40人弱が、施設内に残されているのだ。

 県警は、入寮者の家族と連絡をとるも、引き取りに応じない家族もいた。いったん退寮したものの、「施設に戻れ」と追い返されたひともいるという。

 ひきこもりや家庭内暴力を振るうひとで、18歳以上となると、受け入れる公的施設はなく、他の民間施設に移るのも容易ではないのが現状だ。

 しかし、年齢や体格、身体的な力の差を考えても、圧倒的に、子どもの方が強いのは自明。

 殴る。ける。家具を壊す。『親殺し』『一家心中』――そんな新聞記事を見るたびに怯える親たちも多いだろう。「次はうちかも知れない」

ひきこもりや家庭内暴力に悩む家族の現在の実情
 ひきこもりの子を持つ親の会のひとつ、愛知県江南市の「なでしこの会」代表の伊藤進さん(70)。大学の研究者らでつくる「ひきこもり家族調査委員会」のアンケートに目を通す。

 回答を寄せた約600世帯のうち、ひきこもりをしているひとの半数が30歳以上。ひきこもり期間が、10年以上にわたるひとも4割近い。ひきこもりは、年齢が高くなり、長期化するほど立ち直る道は狭まってしまうもの。

 厚生労働省の推計では、ひきこもりを抱える世帯は02年度に、全国で41万世帯。
 親の会の間には、総数160万人とする推計もある。
 しかし、これらは、あくまでも推計である。

 子どものうちは、児童福祉法の保護対象となるが、18歳以上の『大人』に行政がさしのべる手だてはないに等しい。

 また、厚生労働省精神・障害保健課は、支援施設の実態を把握していない。

 ひきこもりは、医療や福祉の谷間に置き去りにされてきたのだ。

 したがって、ひきこもりや家庭内暴力に悩む親たちには、実質的な行き場がないのが現状だ。

 保健所、行政機関、親の会など、どこに相談しても、具体的な対策は教えてもらえない。病院の精神科に行くと投薬されるだけ。

 前出の「ひきこもり家族調査委員会」のアンケートの報告書によれば、親の3割は医師やカウンセラー、公的機関に相談したことがなかった。「費用がかかる」「どこに相談すればいいのかわからない」
 相談を思い立っても、受け皿は十分ではないのだ。

 国立精神・神経センターの研究者らは、00~02年度に各地の行政関係の窓口を調べた。
 「ひきこもりを支援するうえでどれだけ困難感があるか」との問いに、全国の保健所の約7割が「かなり困難」と答えた。「困難なく対応できる」としたのは1%ほどしかない。

 よって、こういった家庭には、アイ・メンタルスクールのような民間の施設に頼るほか、道は残されていないに等しいのだ。

「自立支援に教科書はない」
 東京都福生市で三つの寮を運営するNPO法人「青少年自立援助センター」の理事長、工藤定次さん(55)は、知人らと全国の入所型施設を調べ、生活ぶりなどを紹介する本を03年に出した。

 インターネットなどで当時把握できたのは79施設。「今は100カ所程度はあるだろう」と推測する。それぞれが、それぞれのやり方で入所者と接していた。

 約30年の経験がある工藤定次さんも、手探りしながら多くの人たちと向き合ってきた。「自立支援に教科書はない」からだ。

「なかで何をやっているのかわからない現状では、いつかどこかでこういう事件が起きると思っていた」

 それだけに、工藤定次さんは力をこめて言う。

 「情報を共有できるような風通しのいい環境をつくり、互いの経験をやりとりしていきたい」

子どもと正面から向き合わず、安易に民間施設を頼る親
 なかには、こんな親もいる。
 不登校気味の中学生息子を、民間施設入寮させたいという。施設の職員が結論を急がないよう勧めると、母親は言った。
「子どもが学校に行っていないのでは、世間体が悪くて私が困る」

 自分の手に負えなくなると、他の道を考えず、「面倒見のいい」施設に飛びつく。
逃げているのだ。子どもと正面から向き合うことから。そこに大きな落とし穴があること、ことの本質があることに気付くこともなく。

 愛知県の市民団体「子どもの権利を考える会」の共同代表、永野千津さん(49)も、別の親から同様の相談を受け、安易な入寮に反対した。

 テレビやインターネットで、成功例ばかり紹介される『ひきこもりビジネス』に危機感を感じる。「親の弱みにつけ込むやり方だ」と手厳しい。

 親が正面から、自分と向き合ってくれること。体当たりでもいいから、逃げないこと。

 それこそを、ひきこもりのひとたちや家庭内暴力を振るうひとたちは求めているのではないか。
 それに早期に気付くべきは、親自身なのではないか。(しかし、気付いたときには、時、すでに遅しであることが多い……。)

 わたしは、そう考える。

家庭という密室、施設という密室の狭間で
 フリースクールのガイド本を発行する田口教育研究所(東京)の所長、田口正敏さん(51)は、杉浦容疑者について、複雑な心中を告白する。

 今回の犯罪行為を認めるわけではない。だが、別の思いもぬぐえない。

「亡くなった男性にしても、もし彼女が入寮を断ったら、一体誰が面倒をみたのか」

●精神科医・学者らの話
▽適切な知識なく受け入れ
「社会的ひきこもり」の著者で精神科医の斎藤環さんの話》 事件は、引きこもりに関する適切な知識やまっとうな方法論を持たないまま、力量以上に対応困難な人を受け入れようとした結果だ。引きこもりの社会復帰に必要なことは、最初の一歩として本人の自発性を待つことだ。だが、この施設は、強制的な介入で本人の自尊心を破壊し、そのうえで若者の「怠け心」を治療しようという発想をしていた。こうした間違った考えは、一般に根強く残っているのが現状だ。

▽親の不安背景 ビジネス化
《愛知県立大学の長谷川俊雄助教授(家族相談援助論)の話》 社会制度が貧困で、民間施設が代替的に親の不安を解消している。児童福祉法の対象は18歳未満で、それより上の年齢に公的な保護施設はない。家庭内暴力で危険を感じたら親は逃げるのが基本だが、ホテルを転々とするには経済力がいるし、安く逃げ込める避難所も十分にない。そういった中で、子どもを閉じこめるビジネスが成立している。こうした施設を容認する社会や制度とは何かを問い直す必要がある。

==========================

「物事には、原因と結果がある。
なのに、ひとは、なぜか原因ではなく、結果の方をなんとかしようとする。
ここにきているひとたちは、みんな、その家族の代表として、家族に潜む病理の代表としてきているんだ。
そして、その結果となるのは、常に、子どもなど、その家族のなかで一番弱い立場の人間だ」

 なぜだろう。
 12年まえ。16歳のわたしが、神経症・不安神経症と病名を付けられ、入院していた精神病院にいた、壮年の男性の言葉が思い起こされた。
 彼は、自身に躁病という病名が付けられていることを知らなかった。

こちらのブログもよろしくね♪的な、ね(笑)。テーマ別に4ブログ運営中です。

大川内 麻里の“人生がより心豊かになる”コトバ 1日1文
SEX-Therapy【セックスセラピー】 presented by Mari Okawauchi
27歳起業女子の28になったんですけど、どーしてくれる linked with mixi

各ブログの概要はコチラをクリック! ←更新情報(最新記事)は左側バーにあります
もし、ご興味をお持ちいただける記事がございましたら、どーぞどぞです♪^^

| | コメント (5) | トラックバック (3)

起業とは(1)――『起業家』『社長』『経営者』『会社役員』なんて“職業”はありません!

 ちっとばかり、お久しぶりになってしまいました。みなさん、お元気ですか?

 えと、実は個人的な事情がありまして……というのは、長らく患っておりますパニック障害/鬱病/パニック障害による二次性鬱病/PTSD(心的外傷後ストレス障害)の悪化、および、子どものころに多少はあったアトピー性皮膚炎、アレルギー体質ではあったものの、ほとんど完治していたのですが、急な併発(昨年の暮れから、2度も入院することになったほど、かなりのひどい状態で)により、郷里の福岡に帰省し、治療に専念しておりまして。

 で、ネット環境はないわけではないのですが、壊滅的というか、ほぼないに等しいようなものでしかなく^^;

 でも、不在中も見に来てくださっている方もいらしたようで、うれしいです! 本当に、ありがとうございます*^^*

 書きたいことは、山ほどたまっているんですけどね~……景気回復のカラクリ、フリーターの現状、ニートに関する事件もあったし、そのあたりの考察、20代後半の就職氷河期といわれた世代のフリーターからの再起問題でしょ、あと時期柄、就職・求人についての情報など、安易な起業推奨/起業ブームの罠、少子化問題・要保護児童問題(あ、これは★SEX-Therapy【セックスセラピー】 presented by Mari Okawauchi★の方に書くかも)、格差社会だの下流だの……って、あ~挙げはじめたらキリがない! これから書いていきますので、よろしくお願いしますね^^
 あ、コメントなんぞ残してくださると、喜びますよ、喜んで、どんどん書いちゃいます(笑)

 あ、あと★大川内 麻里の“人生がより心豊かになる”コトバ 1日1文★の方には、趣旨が毎日更新ということになっていますので、基本的に、一応は、毎日います。いる、つもりです。いる、ふりをしています。(日付ずらして、まとめてアップしているときもあるけど^^;)そちらにも、会いにきてくださいね♪

 

左バーの『最近の記事』の下に、更新情報として、『全4ブログの最新記事』というのをつくりました。よろしければ、ご覧になってみて、もし、ご興味のある記事がおありでしたら、ぜひいらしてくださいね♪他ブログへのリンクは、当ブログ上部のタイトル下に貼っています。

 そんなこんなですが、本題。さてはて、今日のお題はなんにしましょ。前回、「企業とはなにか、社長とはなにか」をテーマに書いて、そのなかでちらりと「所謂『起業家』に、その傾向が強い」ことに触れたので……って、いま見たら触れてないじゃん!^^; ……ってなお粗末な次第で恐縮ですが、そうですね、今日は、『起業家』について、お話しようと思います。

 さて、よく『起業家』と名乗るひとがいますが、断言します。そんな“職業”はありません! 繰り返します。『起業家』なんて“職業”はありません! それは、単なる“肩書き”にすぎないもの。『社長』『経営者』『会社役員』なども同様です。
 『フリーター』『学生』『会社員』『ニート』『主婦』などなどと同格に語られるべき“肩書き”です。“肩書き”でしょ? あくまでも“肩書き”。『フリーター』『学生』『会社員』『ニート』『主婦』などという“肩書き”と、どこが違うんですか?

 わたしは、間違っても、自分のことを『起業家』だなどと思ったことは、一度もありません。わたしが、自分に対してこの言葉を使う場合には、『大川内麻里』のことを表す、単なる一般的にわかりやすいキーワード、記号のひとつとして、というだけのこと。それ以上の意味は、なんらありません

 

実際、『起業』なんて、そんなにたいしたものではありませんよ。
『起業家=偉い』という含みをもって表現しているひと、とらえているひとが多くいるようですが、いったい『起業すること』のなにが偉いんですか? どこが偉いんですか?

 わたしの“肩書き”は『フリーター』→『専属フリーランスとしてプチ独立』→『フリーランスとして独立』→『現在の会社を起業』と経てきたわけですが、実際のところ、本質はいっしょです。
 仕事に対する姿勢も、も、やりたいことも、根底にある本質的なものは変わっていません。どんな“肩書き”にあるときも。

 

わたしの社会経験は『フリーター』として積んできたものであって、目指す目標・夢は、(当時は、その言葉がなかっただけで、いまであれば、確実にそこに“分類”されていたであろう)『ニート』時代に、原点があるわけですしね。

 上記のような“肩書き”というか遍歴を経てきたわけですから、はじめて『正社員』になったのは、自分とパートナーとで興したいまの会社です。
 そこに、たまたま『会社役員』『取締役』というオマケがついてきただけの話です。

 また、フリーランスの確定申告なんてのも簡単なものだし、会社設立時の手続きなんてものも、そうそう難なくさくっとできてしまうものですし、オフィスとする物件なんて探せばいくらでもあるし(物件をもたないという手段もあります)、ちょっと税務処理が変わるだけですし。
 なにが違うのか、なにが偉いのか、さっぱりわかりません。

 これまで、実質のない、まがいものとしか解釈のしようがない、イターイ“自称肩書き”の書かれた名刺をいただいたことも、すくなくありませんが、「わたしは『起業家』です!」だなんて自ら名乗る――それも、「偉いでしょ。すごいでしょ」という含みを込めて――なーんてぇことは、それこそ、本当にイターイ! ヤバーイ! キツーイ! あまーい! 近い将来の倒産・負債・コロコロと事業変更することなんかが、容易に目に見えていて、甘すぎるよ~。

 そもそも、『起業家』の『家』の意味を考えてみたことはありますか?
 懇意のコピーライターと話し合っていたことですが、『作家』はなぜ『作家』で、『詩人』はなぜ『詩家』ではなく『詩人』なのか。
『作家』には、歴史に残るように、さまざまな流派をもって、師弟関係や対立構造などがありましたよね。

 

まさに、これなんですよ。『起業家』の『家』というのは。
 いま起きている現象として、リーダー的な存在『起業家の○○さん』に憧れて、自分も『起業家の○○さん』を目指して、起業しよう!(した!)というようなフォロアーがいて
 そのリーダー的な存在は、複数いて、それぞれに流派があって、リーダー、フォロアー入り混じっての対立構造がある。

 わたしにいわせてみれば、さながら、『起業家○○さん教』と、その『信徒』たち、といったところでしょうか。

 さらに、その対立構造というのは、ビジネス上の実質的なところから、考え方や物の見方などの形式的なだけのものからありますね。
 それから、対立にヒートアップするのは、往々にしてフォロアー。リーダーは、平静を装っているけれど……まぁ根性太いですよ(笑)。

 そして、注意してほしいのは、フォロアーの憧れる、リーダー的な存在『起業家の○○さん像』というのは、つくられたパブリックイメージにすぎないということですね。

 

「なにをやりたいのか」ではなく、『起業すること』そのものが目的となってしまっている、安易な起業を推奨するような、最近の風潮には、眉をひそめざるをえません。本末転倒の一言に尽きるといったところです。

「わたし、大川内麻里の“職業”は、出版業、著者/編集者です」

 というわけで、次回は、その安易な起業を推進させようとしている犯人と、その手法と落とし穴について、お話したいと思います。

| | コメント (1) | トラックバック (1)

仕事はひとりでやりなさい――チームワークと個人プレイヤーの仕事術

 

「大事な仕事はチームワークでやらせるのではなく、社内の優秀な人間ひとりにやらせるべきだ」――そう述べたのは、株式会社ワイキューブの代表取締役社長、安田佳生氏である。

これは、非常に理にかなっているというか、心理学的にも説明できる妥当なことだ。
では、の考えに社会心理学の観点からアプローチしてみよう。

1964年のアメリカ・ニューヨークで、Kitty Genoversという女性が強姦された上、殺害されてしまうという事件が起こった。
驚くべきは、後の調べによって明らかにされた目撃者数――Kittyが暴漢に襲われた悲鳴を聞き、そして強姦されてから殺されるにいたるまでの30分もの時間に、それを目撃しながらも、通報も助けることもせず、ただ傍観していただけのひとたちが、なんと38人もいたというのだ。

当初、これは都会の人間の冷淡さや、目撃者たちにとって、普段抑制されているサディステッィクな欲求を充足するものだったなどとして話題に取り上げられたが、後に心理学者のLataneらは、それに真正面から異論を唱える――「否、Kittyが誰からも援助行動を受けることができなかったのは、むしろ大勢の目撃者がいたからこそなのではないか?」

まず、①大勢が見ていたことによって、ひとりあたりの責任感が分散され、軽くなる(責任の分散)が起き、「自分が援助行動を起さなくてもいいだろう。誰かがやるだろう」とする『社会的手抜き』が行なわれてしまったのではないか?

そして、②おなじことを目撃している他人を見ることによって、他人の判断をあてにする、換言すると、他人の判断から得た情報から、実在する現実とは違った『社会的現実』がそこに生じてしまい、ひとりひとりの判断が鈍化してしまったのではないか?

その他の諸説は省くが、冒頭の「大事な仕事はチームワークでやらせるのではなく、社内の優秀な人間ひとりにやらせるべきだ」という安田佳生社長の言は、このふたつの説で、十分に説明がつくだろう。
Kitty Genovers事件での援助行動を仕事に置換してみればいいだけのことだ。

まず①になぞらえると、チームワークでは、「自分がやらなくったって誰かがやってくれるさ」「すべてが自分の責任になるわけではない」「赤信号みんなでわたれば怖くないだろう」という気が起きてしまい、仕事に手を抜く者が出てしまう。
ならば、優秀な人間ひとりに任せた方が、質の高い仕事をし、いい成果をあげることができるだろう。

次に②になぞらえると、どんな仕事にも大切な「自分で判断する力」が養われないどころか、もともとの資質としてもっている判断力さえ落ちてしまう
ならば、優秀な人間ひとりに任せた方が、迅速で的確な判断力を発揮することだろう。

安田佳生社長が、こういった心理学的アプローチを意識しているかいないかはわからないが、わたしはこのふたつの説をもって、彼の「大事な仕事はチームワークでやらせるのではなく、社内の優秀な人間ひとりにやらせるべきだ」という言を支持する。

しかし、わたしは決してすべての仕事がチームプレイではなく、個人プレイで行なわれるべきだと考えているわけではない

というわけで、次回は仕事をチームプレイで行なっていくことを、心理学的に考察します。


採用の超プロが教える伸ばす社長つぶす社長


採用の超プロが教える仕事の選び方 人生の選び方


採用の超プロが教えるできる人できない人

【関連記事】
特急車内で強姦を繰り返す~ なぜ彼らは通報しなかったのか? 通報しなかった、通報できなかった乗客の心理
[パニック障害・うつ病・PTSD]一時的措置による回復度は……

| | コメント (10) | トラックバック (5)