カテゴリー「●ひきこもり」の15件の記事

■【追記2】自分らしく生きられない人たち(1)~好きな仕事、やりたい仕事ができない

わたしはM大学人間学部心理学科の生徒でもあるのですが、
いま臨床心理学を学習していて、
ちょうど先日書いた記事とリンクするような内容があったので、引用します。


ポジティブな結果に執着すること
(ポジティブな出来事のあとに自己注目をすること;
たとえば、合コンで好みの異性から話しかけられ、いっしょに楽しいときを過ごしたことを繰り返し考える)
は、
楽観の原因となります。(例:「今度はうまくいくかも」)
しかし、将来失敗した場合、
うまくいくと考えていた分、かえって大きな失望と幻滅を経験するかもしれません。
(「うまくいくと思っていたけど、やっぱりだめだったか」)
そこで、ネガティブな出来事のあとに自己に注目することによって、
ネガティブな自己イメージを維持し、
将来大きな失望や幻滅を味わう危険性を潜在的にすくなくしている
のです。


特に、最後の一文ですね。
なにかのヒントになれば幸いです。


【関連記事】
■自分らしく生きられない人たち(1)~好きな仕事、やりたい仕事ができない
■【追記1】自分らしく生きられない人たち(1)~好きな仕事、やりたい仕事ができない
■自分らしく生きられない人たち(2)~心の病気など弱いところを見せられない


大川内 麻里のサイト OkawauhiMari.net
http://okawauchimari.net/

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はじめての講演を終えて~(2)出版人が話す、ということ

やはりわたしはどこまでも「編集者」なのだ――
先日の講演を終えての第一の感想がこれでした。

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今回、はじめて講演をさせていただいたのですが
(これまでは病気の都合上、講演・テレビ出演などは、せっかくご依頼いただいてもお断りせざるをえなかったんですね、長らく)
「はじめて」であることは、
わたしは一切、事前にアナウンスしていませんでした。


なぜかというと、
そこに対価を払ってきてくださっているかたにとっては、
わたしがたとえ100回1000回の講演をこなしている講師だろうと
まったくはじめての演壇に立つ講師だろうと
そんなものは関係ないから。


講師として壇上に立つ以上、
わたしはプロフェッショナルとして話さなければならない。

そう思っていましたし、
終えたいまでもその姿勢に間違いはなかったと思っています。

「はじめてだからこれくらいでいいでしょ」といった
甘えや言い訳の介入する余地を自分に与えませんでした。
(いい意味の妥協はあったけれどね)

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で、もちろん「はじめてでヤバい」というか
まがりなりにもプロフェッショナルとしてお話をさせていただくのだから、
準備を相当入念にやらないと、っていう危機感はありました。


なわけで、準備なんですが、

まず意識したのは
書き言葉」と「話し言葉」の違い


わたしは日頃文筆屋として編集者として、
主に「書き言葉」を相手にしておるわけですが、

すべて「話し言葉」にしていくことを意識しました。

表現・用いる語句を「読んでわかる」ものから
「聞いてわかる」ものに変えていく。


具体的に言うと、
たとえば、「御社」と「貴社」の使い分けのようなものです。

聞いて意味をとりづらい「貴社」は書き言葉、
話し言葉は「御社」で。

あれといっしょです。
(って、このマナー?というか使い分け、意外と知らない人もいたりして??)


だから、
わたしの著作物、原稿、ブログを読み慣れてくださっているかたは、
大川内の用いる語彙が普段と大幅に違うことに気付かれたかもしれません。


あと、リフレイン(繰り返し)、抑揚、強調、声の高低、スピードの緩急などなど……
も、話し言葉として意識しましたね。


それから、全体の構成や話の展開。
これはまさに編集者としてのスキルが活かされたと自負しています。

もちろん、そこも話し言葉として、の構成や展開を
自分なりに考えました。

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あとね、ひとつタネあかし(笑)ですが、
あのね、今回はじめての講演にあたって、
わたしがイチバン参考にしたもの。
なんだと思います?

それはね、、、



週3~4のペースで行っているcoldsweats01
お笑いライブ


あぁぶっちゃけちゃった。。(笑)←週3~4ってペースのほうの話ねw


でも、真剣にね、そうなんです。
ものすごーくお勉強させていただいて、参考にさせていただきました。


なんというか、どこをどう、と具体的に言うのは難しいのですが、
たとえば尺(持ち時間)の使い方ひとつにしろ、
展開、構成にしろ、
聞き手の注意を引くポイントとその方法とかね、


普段ヘヴィロテでいろんな芸人さん方の舞台に
おじゃまさせていただいていますが、

その普段見ていることを、
それとなく取り込んでいる自分がいましたね、うん。


なので、
いつもお付き合いさせていただいたり拝見させていただいている芸人さん方にも感謝だし、
わたしがこんなにお笑いライブにハマって通いつめるようになったきっかけをくださった、
芸人・南野やじさんには格別の感謝をしたいと思います。

やじさんに関しては、
彼もわたしが初講演の日に、移籍先の事務所・プライムさんでの事務所ライブの初舞台を踏まれていて、
「やじさんもがんばってるんだから」と励みにもなりました。

やじさんをはじめ芸人のみなさん、ありがとう!!!!


ありがとうは、やはり聞きにきてくださったみなさま、
おひとりおひとりに、心をこめて。ありがとうございました。

そして、主催の超ブレイク塾Nさん、
Nさんとの出会いのきっかけをくださったN社長、
感謝感謝です! ありがとうございます。

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そんなわけで、
反省点を挙げればキリがなく、
まだまだこれからがんばって修練を積んでいこう、というところではございますが、

わたくし、大川内麻里、
プロフェッショナルの仕事人として、お話させていただいたつもりです。

未熟者ではございますが、
ぜひまたこういう機会を頂戴することができたらなって思っています。

今回やらせていただいて、本当によかったです!
次回は、さらなるパワーアップを誓います!(もちろん♪wink

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ブログに書いてくださったかた発見!flairshineshine
 たらちゃんありがとう~notehappy02
15日の超ブレイク塾~大川内麻里さん講演~
http://ameblo.jp/yumeno-takinobori/entry-10089134177.html
(ブログ「フーテンの鱈さん~自転車放浪の旅~」より)

主催してくださった超ブレイク塾さんのサイトでも
レポアップされる……はず、だよねーぇNさぁんgawk(←軽くプレッシャーをwsmilebleah
→アップされてますnotehappy02 感謝!
★開催報告★08年4月15日★大川内麻里「ポジネガシンキング」のすすめ★
http://www.school-superbreak.com/archives/184


【関連記事】
はじめての講演を終えて~(1)半生を語るということ

大川内 麻里のサイト OkawauhiMari.net
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自分の本質を理解してくれる人に「自分」を書いてもらう喜び~インタビューにおいて大切なこと & 「本を編集者で選ぶ」という贅沢

自分の本質を理解してくださっているかたに
自分のことを書いていただくのが、
こんなにうれしいことだとは……!


15日(火)の夜に、
不肖・大川内、がんばらなくてもいい~ポジネガシンキングのススメというテーマで
恐れながら講演をさせていただくわけですが、

それに先立ち、
主催の超ブレイク塾さんがサイトに告知文を掲載してくださったんですね。
http://www.school-superbreak.com/archives/172


これ拝読したときに、
わたしすごーくうれしくて感激しちゃって。

「あぁわたしの本質を理解してくださっているんだな」ってことが
一文一文からにじみでていて。


これをお書きいただくのに、
主催の超ブレイク塾・事務局代表Nさんには
一度お会いして、お茶&お酒をごいっしょさせていただいただけ。

そう、たった一度お話しただけなんです。

それだけでここまでつかんでくださるとは。


それはやはりNさんが
ありのままのわたしの肯定してくださったからなんですよね。

わたしの経歴なんて、
ブログに書いていることだけでもドン引きされる要素満載だって
自分でもわかっていますがbleah(笑)(わかった上で書いてます^^ゝ)

ブログには書けない・書いていないようなディープな話を
(あ、いまあなた「えsign02 大川内、これでもまだ書いていないネタあるのsign02sign02」って思いましたね?smile(笑))

受け入れて、つまり肯定感を与えてくださいながら、
傾聴してくださったんですね。


これぞインタビューの基本であり、
かつ見落としがちでもある
でももっとも大切なことだ、って思います。

「相手のことを受け入れて、自己肯定感を与えること」

プロのライターや編集者でも、
この大切な基本ができていないひとって、結構いるんじゃないかな。


自分自身のこれまで聞き手・書き手としてやってきたインタビューを思い出し、
自分は相手にこんなふうな時間喜びとを提供することができていただろうか、と考えさせられました。


ちなみにNさんは、大川内が出会った瞬間に「ちょー大好き!!happy02」と思った方。

普段から好きな人からしかモノも買いたくなかったり、好きな人としか仕事していなかったりするわたしなので、

今回Nさんからいただいた貴い機会を本当に大切にしたいし、

微力ながら、超ブレイク塾・Nさんにコントリビューション(貢献)させていただくことができたらなって思っています。


脱線しますと、この「コントリビューション(貢献)」という考え方は、
本田直之先生の「レバレッジ人脈術」(ダイヤモンド社)に詳しいですが、

「まさに自分が対人関係において、大切にしていること、大切にしていきたいことはこれだ!」
ってビンゴった一冊です。


こちらもお世話になってばかりの、敬愛するT編集長が編集を手がけられたもの。


レバレッジ・シンキング 無限大の成果を生み出す4つの自己投資術」(東洋経済新報社)で、
人脈について、本田直之先生が「コントリビューション(貢献)」という考え方をなさっているのを知って、
これについてもっと詳しく知りたいなー、これで一冊あればな~。。

……なぁんて思っていたら、さすがT編集長!!happy01happy02

そして、数々のベストセラー・ロングセラーを生み出し、
社会現象まで巻き起こしてこられたT編集長のご編集だけあって、

レバレッジ人脈術」さすが内容の濃い素晴らしい一冊になっています!shineshine


ちなみにちなむと「本を編集者で選ぶことができる」(「○○さんが編集された本だから」「出版社○○社長もとで出された本だから」などといった動機で本を選ぶことができる)のは、
この仕事をしている醍醐味のひとつかな、と普段からよく思います。^^


みなさんもぜひご一読あれ!


話を講演会のことに戻しますと、
自分でハードル上げるようなことは書くまいと思っていたのですがcoldsweats01
(ビビリなんでね(笑))
そんなこんなの超ブレイク塾・Nさんのもと、
当日はがんばろうって思っています。

「きてよかった」って思っていただけるように。
「この時間をすごしてよかった」って思っていただけるように。

ブログには書いていないことをたくさんお話しようと思っています!

ぜひみなさんいらしてくださいね☆


お申し込みは、下記申し込みフォームから
http://www.school-superbreak.com/seminar/seminar.php
【4/15(火)がんばらない~ポジネガシンキングのススメ】
をお選びいただくか、

わたくし、大川内宛にメールメッセージをくださいね!

★「大川内のブログ見た」で3000円→2000円と1000円割引になる特典アリ升★

大川内 麻里のサイト OkawauhiMari.net
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★4/15(火) 夜・講演やります!★

ありがたいご縁で、講演をさせていただくことになりました。
みなさん、お誘い合わせの上、ぜひいらしてくださいね。

●テーマ:がんばらなくてもいい
 ~ポジネガ・シンキングのススメ

●講師:弱さを許す癒しの言葉 物書き/編集者 大川内麻里

●日時:4/15(火)19:30~

●場所:東京都港区東新橋2-10-10 東新橋ビル2F
新橋から7分、汐留から5分、大門から6分、浜松町から7分

●主催:超ブレイク塾さま(感謝!)
http://www.school-superbreak.com/

●料金:一般3000円 学生1000円 フリーター・ニート1000円
……のところを!

★☆「大川内ブログ見た」で2000円になる特典アリ!!☆★

参加ご希望のかたはメールください!
お待ちしております。

講演後、交流会もあります。
みなさんとお話させていただけるのを楽しみにしております。

大川内 麻里のサイト OkawauhiMari.net
http://okawauchimari.net/

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Viva! フリーター!!

今夜はまたエキサイティングな出会いに恵まれました♪

とある若手経営者のかた。
中退、大検、フリーター、起業、西武国分寺線(笑)……
とまさに類友状態でシンクロしまくっていて、
ずっとお会いしたいと思っていたかた。


まだ詳細は非公開ですが、
いっちょいっしょにおもしろいコトやったりまっか♪的な
具体的なお話も弾む弾む弾みまくりました!


ホントこれ実現したら、てかもちろん実現するんですけれど、
ひじょーにおもしろいことになるプロジェクトなんで、
みなさん期待していてください!


しかし志をおなじくするかたと話すと、
やっぱりアツイですね〜!



ところで、それとは別に、
大川内、実は今日ひとつ
新しいところに踏み込んでみました。

これもまだ詳しくは言えないんですが(そんなんばっかでゴメンナサイ^^;)、

ある意味、
チャレンジでもあり、
原点回帰でもあるっていうか。


やっぱりわたしの原点って、

離婚して、家族を失って、
学歴も社会経験もスキルもなーーーんにもなくて、

ホント裸一貫、ゼロの状態から
時給何百円のアルバイトをスタート地点にはじめた、

あのフリーター時代にあると思うから。


あの時代を生きてきた、
あそこからはいあがってきた自負はあるから、

それを思えば、なんだってできる! って。

そう、思うから。


でも、正直すこし弱気になりかけていたところもあって、

あるかたからの一本の留守番電話に勇気付けられました。


ありがとう。
あなたの「がんばろ」の一言で、
わたしはまたがんばることができます。

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こんな生き方・働き方、素敵じゃない?

 

郷里の福岡で入院中
こんな生き方、素敵だなって思う女性に出会いました。

カラオケスナック「出逢」のSママです。


出逢」のお客さまはお年寄りが中心。

1000円でコーヒー付き歌い放題のカラオケ店ですが、
ママはご主人とともに
なんとお客さまであるおじいちゃん・おばあちゃんの
送り迎え(!)までなさっているそう。


ママいわく、

「嫁舅姑、ひとつ屋根の下にいたら、
そりゃ息が詰まるときがあるもの。

そんなとき、ここにきて、
みんなで歌を歌って笑って楽しめばいいじゃない。

遠くてなかなかひとりではこられない方がいたら
それはウチが迎えに行けばいいじゃない」


ママがお客さまを迎えるときの挨拶は
「いらっしゃいませ」ではありません。

「○○ちゃん、おかえり~!」

かならず一度でもきたことのあるひとは
名前を呼んで、
そして「おかえり」と笑顔で出迎える。


たった1000円でコーヒー付き歌い放題で
送迎までしちゃうんだから

「そりゃ赤字よ(笑)。

でもね、ウチはみんなが
いい野菜が採れたからとか
ママに似合いそうな服があったからとか

みーんなが
そんなふうにいろいろしてくれるのよ」


定期的にホールを借りてカラオケ大会を開いたり、
旅行に行ったり、
舞妓さんなどのコスチュームを
貸衣装でレンタルして、
おばあちゃんたちをキレイにお化粧してあげて
それをおじいちゃんたちに見せてあげたり
……なんてこともしているそう。

写真を見せていただいたのだけれど、
そのおじいちゃん、おばあちゃん方の笑顔ったら
これ以上ないってくらい
ほんっと~に輝いているんです。

この笑顔のためならなんでもできる。
きっとママはそうなんだろうなって思いました。


お客さまのお誕生日の話も聞いたけれど、
あたたかい心のこもった、
芯からそのひとの存在を肯定して、
ありがとう、大好きだよって伝える
そのお祝いには感動しきりでした。

「70年80年生きてきて、
こんなふうにしてもらったことなんて
はじめてだ」
って、みなさん、涙を流して喜ばれるそう。


そんなママ、
入院中、せっせせっせとレース編みをされていて
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退院のとき、わたしもいただいちゃいました!

4人部屋で3人それぞれに色違いで

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3人でそれぞれどの色がいいか言ったら、
ちょーどうまいこと3人わかれてよかったー♪^^

わたしはライラックのようなパープル♪ 素敵でしょー?


で、ママがずーーーーっとせっせせっせと
ひたすらなにかを編み続けているので聞いてみたら、

なんとお客さまひとりひとりに名前の入ったコースターを
ひとつひとつ手編みしてらしたの!

それもいつもくるお客さまぶんで1000枚!
顧客が1000人いるってすごいよね。


いまごろ、きっとママは
「○○ちゃん、おかえり~!」って
お名前入りのそのコースターで
コーヒーを出していらっしゃることでしょう。


Sママには、そのほかにもたくさんの心に響くお話を
聞かせていただきました。

幼いころからのコンプレックス、
それでも「とにかく笑顔でいなさい」と
抱きしめ説いてくれたおばあさまのこと、
アルコール依存症で亡くなったまえのご主人のこと、
「おまえの髪だけはほかのもんには渡さんでくれ」
というご主人のお言葉に、
葬儀の場で、腰まであった長い美しい髪を
根元からさらっと切って、お棺に入れたこと、
それ以来、
ずっとベリーショートで絶対に髪を伸ばさないってこと、
いまのご主人との不思議な出会い、
お年寄りに対する考え方……

こんな生き方もあるんだなぁ素晴らしいなって
深く感銘を受けたものです。

Sママ、ありがとうございました!

出逢
福岡県福岡市西区大字桑原2413-1-2
電話:092-802-0388

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「六月病」への防止法(1) ~新入社員・アルバイト・契約社員・ハケン社員・嘱託社員

 

 新卒社員が社員研修を終え、各部署に配属されてくるこの時期。

 経営者、管理職は、部下の「六月病」に注意せねばなりません。

 六月病とは、社会人が大きな環境の変化に伴って、さまざまな身体症状・精神症状を起こすもので、「適応障害」にあたります。

(ちなみに、人事異動のある9月や3月4月などに起きることもあって、かならずしも「6月」に限られるものではありません。)

 配属決定で希望がかなわなかった新人はもとより、新しい仕事、新しい人間関係のなかに飛びこむということは、だれしも大なり小なりストレスを受けるものなのです。

 主な症状は、いわゆる「プチうつ」「仮面うつ病」と似ていて、たとえば以下のようなものがあります。(参考:五月病・六月病ってどんな病気?~hearthクリニック

身体症状
疲れやすい、朝起きられない、食欲がわかない、吐き気、めまい、倦怠感(だるい)、頭痛・腹痛・便秘・下痢、不眠、動悸など

精神症状
やる気が出ない、イライラする、なんとなく落ち込んでいる、なにをするのも面倒で億劫、興味・関心がわかない、思考力・判断力が鈍る、不安や焦りを感じるなど

 上司は、部下・新入社員の出す小さなサインを見逃さないように気を配ること。

 二者面談や会食などを通して、それとなく本音を聞き出し(とはいえ、そうそうストレートに本音を言う部下はいないもの。言葉や態度の影に隠れた本音を見抜けるようになれればベストなのですが)、小さなことでも、下から上に、どんどん気軽に相談・問題提起できるような環境作りを、経営者・管理職・上司のほうから、積極的に行うことです。


 そして、気をつけなければならないのは、新入社員のことだけではありません。

 アルバイトや契約社員、ハケン社員、嘱託社員など、新入社員が入る以前から、その部署で働いてくれている人材のことを忘れてはなりません。

 わたしは、幾度となく、こんな光景を目の当たりにしてきていますが、彼らの多くは、この時期になると、特に、
「右も左もわからない新人なんかより、自分のほうがよほど仕事ができるのに」
特に就職氷河期世代などは「なぜ入り口が違うだけで、こんなにも差が出るのだろう」

 などといった不満を、新卒配属のこの時期、特に強く抱いています。
 それがもとで、モチベーションが低下してしまう人もすくなくありません。

 彼らの主張がどうなのか、という評価は、とりあえずはさておいて、実際に彼らのような非正規雇用者が会社にとって必要な人材であることは間違いないのですから(経営者ならわかっているはずですが。現場の管理職や先輩社員らにも、彼らなしに業務が成立しないことを経営の観点からわからせるべきです)、彼らを軽視するような態度は禁物です。

 新入社員の前でほめる、待遇を見直す、求められている、必要とされていることを実感させるなど、「自己肯定感」を与えることが大切です。


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大川内 麻里が取締役を務める 創藝舎
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#008 「自分には『才能』がない」とあきらめかけてはいませんか?

 

“『努力できる』という『才能』”に勝る『才能』はない。

伝聞元:
 中学時代の恩師が、卒業時に、わたしに宛ててくれたメッセージ



 なにか新しいことや自分にとって難解なことにチャレンジしようとするとき、そして、それが自分には乗り越えられそうもない壁だと感じたとき。

 ひとは「これをやるには『才能』が必要なんだ。自分には、そんな『才能』なんかない……」と及び腰になってしまいがちです。


 そして、そんなときに、ついつい忘れがちなのが『努力』というものの存在。


『努力』というと、なにかものすごいことをやらなければならないような気がしてしまうかもしれませんね。
 ならば、別の言葉に言い換えてみますね。『ちょっとやる気になってみる』『ちょっとやろうかなと思ってみる』というのはどうでしょう?
 なんだか、簡単にできそうな気がしてきませんか?


 そう、『努力』というのは、実は、だれにでも簡単にできることなんです。そして、それは、どんな『才能』にも勝るものなんです。


 また、あなたには『努力』をしているつもりはなくても、客観的に見ると、「あの子って、すっごい『努力』してるよね」「『努力家』」だよね」ってこともあります。
 そんなとき、あなたは“無意識に『努力』をしている”のであって、それこそ、まさに“『努力できる』という『才能』”にほかならないのです。


 それから、『努力』すること=なんだか恥ずかしいことって意識はありませんか?
 なぜ、恥ずかしいことだと感じてしまうのでしょうか?

 よくありましたよね、学生時代の試験まえの光景(笑)。「勉強した?」「ぜ~んぜん。もうやばいよー」といいつつ、本当は、一生懸命、勉強してきている。


 なぜ隠すのでしょうか? 『努力』したということを。


 それは、『努力』した結果、「努力が報われなかった」ということへの恐れがひとつなのではないでしょうか?


 でもね、大事なのは『結果』ではないんです。『努力』したという、その『過程』なんです。『努力』したという事実なんです。


『努力』したということは、かならず、あなたの糧になります。
それは、テストの点数のように、即座に出る、わかりやすいもの(要は、先述したような所謂『結果』ですね)ではないかもしれません。でも、かならず、「あのとき『努力』してよかった」というときがきます。自分では気付かなくても。かならずくるんです。


 こういったことに主眼を置いていくと、『努力』するということは、決して、恥ずかしいことでも、かっこわるいことでもないことに気付きます。
 そして、先にも述べたように、『努力』は、かならず、あなたの糧になるわけですから、「報われない『努力』はない」のです。


 もう一度、いいます。
『努力』すなわち『ちょっとやる気になってみる』『ちょっとやろうかなと思ってみる』ことは、だれにでもできることなんです。
 また、それは、恥ずかしいことでも、かっこわるいことでもなんでもなく、かならず報われるものなのです。
 そして、『努力』できるということに勝る『才能』はないのです。

【2006/04/08 12:05】 | ココロが疲れたときに


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#007 無理をして強がってしまってはいませんか?

 

「自分は自分以上でも以下でもないのだから、周囲の目を気にして、わざわざ自分以上に見せる努力をする必要はない」
(中略)
 でも、逆に言えば、こういう人は自分に自信がない証拠です。

出典:
 『チャンスを逃がす人 活かす人―自分を変える逆転の仕事術』 西田通弘 著 (かんき出版
 119頁/116-120頁「弱さを隠さない」より
 初版:2003年11月10日

*ホンダ・西田通弘前副社長のサイト
[本の情報を見る][Amazonで購入][西田弘道氏の他のご著書]



 わたしは、中高生のころに、とってもつらい時期をすごしたことがあります。

 でも、そのことを、だれにも打ち明けることができませんでした。そればかりか、たとえ自分がどん底の状況にあったとしても、いつも、ひとの相談には乗っていました。

 なぜか?

 怖かったんです。
 わたし(←むかしもいまも姐御肌とよくいわれる^^;)は『強い人間』で、恵まれていて、底抜けに明るくて……だれもがそう思っている。だれもにそう思われている。
 だから、『違う自分』を見せたら、みんなに嫌われてしまうんじゃないか――『本当の自分』に自信がなかったんですね。

 でも、22歳くらいのころのことかな。ふっと、みんなに『本当の自分』の姿を見てもらおうって思ったんです。不思議な衝動でした。

 そこで、わたしは、WEBサイトを立ち上げ、『本当の自分のこと』を書きました。そして、友だちたちにURLを送ってみたのです。

 そしたら、どうなったと思いますか?

「麻里のこと、なんにも知らなかった……」そういって、泣きながら電話をしてきてくれる友だちがいたのです。
「おまえ、俺らとは違う世界の人間だって思っていたけど、実はいっしょだったんだな」って、メールしてきてくれる友だちがいたのです。
「これ、だれにも話ししたことないんだけれど、わたしも、実はね……」と、『本当の自分』のことを告白してくれる友だちがいたのです。

 共感してくれるひとがいた、わたしなんかのために泣いてくれるひとがいた、自分こそ友だちの素顔を知らなかった。
 わたしのなかで、なにかがふっきれました。

 以来、わたしは、弱みを含めたありのままのわたしでいられるようになりました(もちろん、時と場合によりますが)。

 そうすると、どうなったでしょう?

 そういったところを、かえって、わたしの『人間的魅力』として、好いてくれるひとたちが出てきたのです。

 そんなひとたちは、積極的に、わたしを支えてくれます。協力してくれます。困ったときは力になってくれます。

 そして、そんなひとたちに囲まれていることを、わたしは日々「ありがとうございます」と感謝しています。本当に恵まれていることだと思います。
 そして、そんなみんなに対して、逆に、わたしにできることがあれば、なんでもさせていただきたいと、常に考えています。

 自分に自信がないことは、わるいことではありません。謙虚さなど、ひととして大切なことを生む源ともなりうるのですから。

 等身大の自分をさらけ出すこと、ありのままの自分でいること、肩の力を抜くこと。とっても難しくて、勇気のいることだけれど、そうすることによって、あなたが得られることは、とても大きなものです。

 ひとは、ひとりでは生きていけないのですから。

 自分に素直に生きてみませんか?

【2006/04/07 18:32】 | なんとなく疲れたときに




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#数字 の 記事について【お知らせ】

 タイトルのあたまに「#数字」のついた記事についてお知らせします。

 このたび、わたしの別のところで書いていたブログ「大川内 麻里の“人生がより心豊かになる”コトバ 1日1文」と、
いまご覧いただいている、このブログ「フリーターから起業した女性経営者の“心豊かに生きる”ブログ by OkawauchiMari.net(旧タイトル:元フリーター編集者の出版日記、フリーターから起業した女性経営者が考える「働く・人・社会」)」とを統合することにしました。


#数字の記事の趣旨
大川内 麻里の“人生がより心豊かになる”コトバ 1日1文」とは、
わたし(大川内麻里)が、日々膨大に読む読み物や、人から見聞きする言葉、出会ってきた素敵な言葉たちのなかから

“あなたの人生が、より心豊かなものになる”コトバ
 をご紹介し、
+わたしのちょっとしたコラムを綴っていく

 というブログでした。

あなたの毎日に、“ちょっとした豊かさ”をプラスできるようなコトバたちを、お届けしたい」というのがコンセプト。
 わたし自身、心の豊かさを追求しながら綴ってきたもので、いただいたコメントから、たくさんの学びや喜び、幸せをいただいてきました。
 わたしのモノの見方、考え方がもっとも顕著に現れるブログでもありました。
 おかげさまでご好評もいただいてまいりました。

 そんな1日1文を、これからはこちらのブログで配信していこうと考えています。
 もちろん、これまでこのブログで書いてきたようなテーマの記事も続けていきます

 ただ、1日1文については、タイトルのはじめに「#数字」をつけることで区別することにしました。


#001~099はバックナンバー
 この統合にあたって、2006年4月~1年間に書いてきた過去記事を、すこしずつこちらに移行していきます。

 タイトルに#数字のついた記事のうち、#001~099は、その移行した過去記事、つまりバックナンバーです。

 もともとのこのブログで書いてきたテーマと共通するテーマも多いので、楽しんでいただけるとうれしいです。


#100~は新しい記事(新しい1日1文)
 バックナンバーを移行していくだけではなく、これから新しい1日1文もお届けしていきます。

 今後、書いていく新しい1日1文は、#100からはじめます。

 つまり、タイトルのはじめの番号が、#100以降のものは新記事となります。


1日1文だけをご覧になりたい場合
 1日1文だけをご覧になりたい場合には、サイドバーのカテゴリから「■心豊かに生きるための1日1文」をクリックしてください。(でも、たぶんすごい見づらい……(~~;)



 わたし自身、まだまだ発展途上で、日々修練の身でありながら、こういったコンセプトの記事(1日1文)を書かせていただくのは恐縮なのですが、未熟であるからこそ、アンテナに引っかかる言葉、お伝えできる言葉があるのでは、という気持ちで綴っております。

 先にも述べたように、わたし自身学びながら、と申しますか、わたし自身の学びの場として、このブログがあります。

 その研鑽の場を、だれかと共有することができたらあなたと共有することができたら――チョット素敵だなって思いませんか?^^

 1日1文は、わたしからあなたへの「毎日の暮らしのなかにある、ほんのちょっとの幸せ、シェアしませんか?^^」というご提案でもあるのです。

 プチバラシをしちゃいますと、わたしのブログのなかでも、特に1日1文において、断定形の文体を使っているのは、ある意図あってのことです。^^ゝ


 この統合によって、単純にこのブログの更新頻度は、以前よりも増えることとなると思います^^
(……って、企業合併の記者会見みたい^^;)
 そんなわけで、みなみなさま、今後とも当ブログ・大川内麻里をよろしくお願いします!


なお、著作権法を遵守し、引用は、著作権法の規定するところを逸脱することはございません。
引用について、著作者さまの不利益となるような悪意あるご紹介の仕方は一切いたしません。



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書籍「やりなおしたい30歳以上のための就職読本」詳細

 先日、ご紹介した書籍「やりなおしたい30歳以上のための就職読本~データとブログでシゴトがわかる!」【Amazonで購入】ですが、より詳しい内容を目次から抜粋しました。
 ご参考になれば幸いです。

 なお、ページにどのような情報が盛り込まれているかなどは、「書籍「やりなおしたい30歳以上のための就職読本」に掲載されています & 「編集者という病い」」に書きましたので、そちらをあわせてご覧ください。


第一章 就職と転職の基礎知識

第二章 30歳以上OK! やりなおしたい人のための就職カタログ

[頭脳・技術系]
●アニメーター ●ゲーム制作 ●コピーライター ●漫画家アシスタント ●図書館司書 ●経理 ●デザイナー(グラフィック・エディトリアル) ●CADオペレーター ●CTPオペレーター ●DTPオペレーター ●インテリアプランナー ●カラーコーディネーター ●プログラマー ●記者(新聞社・通信社) ●記者(専門誌・紙) ●塾講師 ●秘書 ●編集者(出版社・雑誌) ●編集者(出版社・書籍) ●編集者(編集プロダクション) ●システムエンジニア(SE) ●WEBデザイナー ●ライター・小説家 ●大学教員

[頭脳・事務系]
●銀行・信用金庫 ●消費者金融 ●営業(広告代理店) ●受付 ●人事 ●一般事務 ●医療事務 ●経理事務 ●総務 ●テレフォンアポインター ●営業(不動産)

[肉体・技術系]
●カメラマン(ブライダル) ●カメラマン(広告・雑誌) ●撮影スタジオアシスタント ●鳶・大工 ●自動車教習所指導員 ●スタイリスト ●ツアーコンダクター ●ファーストフード店店長 ●フラワーコーディネーター ●保育士 ●パティシエ ●パン職人 ●司会 ●寿司職人 ●バーテンダー ●運転手(タクシー・ハイヤー) ●運転手(専属) ●興信所・私立探偵 ●葬儀社スタッフ ●調理師 ●販売(衣料)

[肉体・労働系]
●テレビ番組制作AD ●印刷機オペレーター ●ウェイター・ウェイトレス ●パチンコホール店長・スタッフ ●電気・通信工事スタッフ ●配送(一般) ●配送(ルート) ●販売(食品) ●営業(メーカー・新規開拓) ●宅配業 ●ホームヘルパー ●営業(メーカー・ルート) ●営業(戸別訪問) ●介護スタッフ ●介護助手 ●回転寿司職人 ●警備員 ●新聞集配所職員 ●清掃 ●製造業 ●道路工事監督者・作業者

第三章 公務員はオススメ! 30歳過ぎても採用はある

第四章 あると断然有利な、就職できる資格
●マイクロソフト・オフィス・スペシャリスト(旧MOUS) ●フォークリフト運転免許 ●ホームヘルパー ●交通誘導警備 ●食品衛生管理者 ●ケアワーカー(介護福祉士) ●建築士 ●宅地建物取引主任者 ●美容師 ●普通自動車運転免許 ●簿記 ●歯科衛生士 ●ケアマネージャー ●栄養士 ●大型二輪運転免許

[付録]
Age 30over就職・転職Q&A
就職に役立つホームページ一覧
公務員採用公式ホームページ一覧
就職に役立つ雑誌一覧
就職用語の基礎知識

【関連記事】
書籍「やりなおしたい30歳以上のための就職読本」に掲載されています & 「編集者という病い」

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[Q&A]高卒でも編集の仕事はできますか?

 今日はいただいたご質問にお答えします。(ご質問についてはこちら

美容関係の編集やマーケティングだったりとかのお仕事がしたいんです!
でも、あまりにも知識がなくてどこをどうすればよいかわかりません。
高卒のあたしでもそういう道に進むことはできますか?
 (えいこさんより)

 編集プロダクションやマーケティング会社への就職をお勧めします。

 編集プロダクションとは、出版社の下請け業務を行う会社です。

 出版社ですと、一般的に、社員だと大卒以上、アルバイト・派遣・嘱託・パートなどで短大・専門学校卒以上という条件がほとんどです。

 わたし個人としては、このブログをお読みくださっているみなさまには、学歴の壁を越えてチャレンジする精神をもっていてほしいと思いますし、能力のある人でしたら学歴など問わずに採用したいと考えます。
 が、現実問題として、やはりいまの採用の現場には、そういった採用条件が歴然としてある。それが事実です。

 ましてや、いまのえいこさんはそういった仕事の実務経験があるといったわけではなさそうですし、やはりまずはストレートに、ご希望の仕事ができる会社への就職をお勧めします。

 派遣やアルバイトなどといった雇用形態もあるでしょうが、状況が許す限り、「社員」として就職することにとことんこだわってください。
 実際にできる仕事の内容、先々の可能性の幅が違ってきます。

 その他の選択肢は、どうしてものときに視野に入れるというかたちでも、決して遅いということはありません。

 えいこさんがおいくつでいらっしゃるのかはわかりませんが、正規雇用など、よりいい条件は、お若いうちのほうが可能性があるのですから、できる限りのところまで妥協はしないことです。

 なお、高卒ということがご自身のなかでネックだと感じることがあれば、二部(夜間)や通信制の大学などもあります。
(実はわたし自身、いま現在も通信制の大学で学んでいます)
 卒業には強い自主性と相当の根気が必要ですが、学費は働きながら払っていける程度です。

 ご心配されるところは、おそらく「履歴書にどう書くのか」という点でしょうが、履歴書には二部や通信であることは、特段書く義務があるわけではありません。書いても書かなくても結構です。

 わたしの友人にも二部や通信出身で、社会人、教員などを、立派にやっている人たちがいます。

 がんばってくださいね!^^


【参考記事】
ご質問承りますよ! マスコミ・出版業界への就職・転職希望者のみなさまへ
元フリーター編集者が語る! 履歴書・職務経歴書・面接――採用の突破術(1)基本編」「元フリーター編集者が語る! 人事はココを見ている!――採用の突破術(2)WEB応募・書類選考編
元フリーター編集者が語る! 筆記試験はこうして乗り切ろう――採用の突破術(3)筆記試験編
履歴書、職務経歴書の志望動機や自己PRなどの例文を探して、このブログにいらしてくださる方へ
元フリーター編集者が語る! 圧迫面接は、相手の目的を見失うな!――採用の突破術(4)最終編


* 大川内 麻里のサイト OkawauhiMari.net
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転職成功物語―24歳当時の大川内麻里をインタビューしていただいた記事です(雑誌「編集会議」&書籍「出版界就職ガイド」掲載)

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 2002年の夏だから、いまからかれこれ5年ほどまえ。
 当時、わたしは24歳
 リクルートグループの制作会社・リクルートコンピュータパブリシング(現リクルートメディアコミュニケーションズ)「ケイコとマナブ」などスクール情報誌制作ディレクターから、宝島社編集者として転職して間もないころでした。

 そんなころ、「転職編集者に訊く! 転職成功物語」という企画で、雑誌「編集会議」からインタビューを受けて掲載されました。(さらに「出版界就職ガイド」にも載りました)

 久々に、その記事を懐かしく読みました。
 あおくさいところもあるけれど、それも含めて、こうしてたまに自分の軌跡を振り返ることって大事だなって思います。

 これから出版業界を目指す方々や転職を考えていらっしゃる方へ、お役に立てる部分がすこしでもあればと掲載させていただくことにしました。

情報は2002年当時のものです。

***************************************

繰り返し長く読まれる
本を作りたい
制作とは違う編集の面白さ


株式会社宝島社 大川内麻里さん

0702b_027_1  短大を卒業後、リクルートコンピュータパブリシング(現リクルートメディアコミュニケーションズ)に、『ケイコとマナブ』『仕事の教室』などスクール情報誌の制作ディレクターとして一年ほど勤めていました。仕事の内容はモノクロのコマで広告が並ぶような誌面なのですが、その広告のディレクション――デザイン、DTP制作、コピーライティングなど――です。会社そのものが出版業界とし広告業界の中間のような位置づけにあったのですが、やはりDTPなどの技術的なことを身につけたかったというのと、お客さんが持っているコンセプトをどうやって形にしていくのかといった、広告的なビジュアル面を学びたかったんです。

 そのときの面接では、矢野経済研究所でのアルバイト経験や、学生時代に専攻していた心理学をどう仕事に結びつけるのかを考えてアピールしました。例えば、『ケイコとマナブ』は二十代の働く女性向けの本だし、『仕事の教室』は三十代、四十代の男性向けとターゲットが分かれています。同じスクールさんでも、両誌で男性向け、女性向けと、見せ方に違いをつけていかなければならない。

 そこで、女性は男性よりも口コミ情報などに弱く、男性は女性よりも理詰めの説明に心が動かされるなど、心理学が応用できるんです。そういう面では、実際に仕事の上でも役立ちましたね。

 でも、情報誌というのは、読み終えた後、何度も再読されるという性質のものではありませんよね。一年ほど勤めていたんですが、繰り返し読まれ、長く愛される本を作りたいという思いが強くなり、転職することにしました。0702bimgp1345

 宝島社は、パソコン関連のムックの求人で応募したんですが、パソコンに関する知識など も、幅広く身につけられると思って。宝島社は何よりも、その企画力に魅力を感じました。出版点数も多いし、様々な可能性を展開できそうな気がしたんです。

 前の社での作品を持参して、DTPの技術や編集スキルを見てもらいました。DTPは前の社に入社するまでまったく経験がなかったのですが、仕事から学んでいきましたね。作品は、お客さんの描いたラフに基づいて作ったものから、アピールしたいコンセプトなど、漠然としたイメージから作っていったものまで見てもらって。DTPの場合は口で言うよりも、作品を見てもらうのがいちばんですから。

 宝島社では、いろいろな人と出会えてコミュニケーションできるし、本当に楽しいです。編集の仕事は、自分たちひとりひとりの意見が誌面に反映されるところに、制作とは違う面白さがあります。

 今後の課題は、様々な分野での知識を広げ、企画力をつけること。将来的には取材や原稿のライティングもやりたいですね。

おおかわうちまり 心理学を専攻。リクルートコンピュータパブリシング(現リクルートメディアコミュニケーションズ)制作ディレクターを経て、2002年6月に宝島社へ入社。ムックを担当。制作から編集までを経験している。

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 NGショットも含め、写真も最近いただいたので、それも♪ 24歳のわたし……若い?!(笑)
 ていうか、インタビューショットとしてイタダケナイ写り方だな~^^; いまはインタビュー経験も積んだので(自分がするほうもね)、ぜったいにこんな写り方はしません、、身振り手振りつけたり工夫します^^;

 24歳のおおかわうちまりさん。課題はクリアしてますよ!^^
 また新たな課題へ、また次へと、挑戦は続くのであーります!

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新聞やテレビでは報道されない真実<社会復帰NPO施設で男性死亡 「しごかないと治らぬ」/アイ・メンタルスクール事件>

 全国に衝撃を与えた事件なので、ほとんどの方が、すでにご存知でしょう。
 名古屋市の社会復帰施設と自称していたNPO法人「アイ・メンタルスクール」に入寮していた男性の逮捕監禁致死事件。(わたしも、即、このブログで取り上げようとしていたのですが、健康上の理由により、なかなか手付かずの状況でした)

 実は、本事件の取材を、弊社の者(わたしのパートナー)の友人である新聞社社会部の報道記者が担当しています。
 その足で追って、その目で見て、その耳で聞いてきた記者でこそ知りえた、貴重なお話をうかがうことができました。(もちろん、守秘義務に反さない範囲でですよー)

 ですので、全国紙やテレビでは取り上げられなかった続報、より詳細な生の情報を含めて、お伝えしたいと思います。

 この事件を風化させないためにも。この事件を、より多くのひとたちに考察してもらうことで、日本社会が学ぶべきこと、認識すべきことを、広く散布するためにも。

 なによりも、この社会の歪みによって、奪われてしまった彼の貴い命を無にしないためにも。

 まずは、本件の第一報から。

社会復帰NPO施設で男性死亡 「しごかないと治らぬ」

2006年 5月 3日 (水) 09:33

 名古屋市のNPO法人「アイ・メンタルスクール」に入寮していた男性(26)が、手足に多くの傷を負って死亡した事件が波紋を広げている。同スクールは、引きこもりや家庭内暴力などで行き場のない人たちの社会復帰を促すことが目的だが、退寮者が相次いでいる。愛知県警は、男性が入寮当初から手錠や鎖などの拘束具で監禁状態にあったとみて、逮捕監禁致死容疑で捜査を進めている。

 男性が自室でぐったりしているのを、職員が見つけたのは4月18日午前8時ごろ。職員らが車で病院に運んだが、午前9時10分に心肺停止が確認された。

 施設側の説明によると、男性は家庭内暴力などで、同月14日に入寮したが、暴れることがあったことから、手錠や鎖で拘束していた。前夜にも暴れたため、職員が抑えたという。

 

同スクールは、愛知県内で親族と学習塾を経営していた杉浦昌子代表理事(49)が91年に立ち上げた。名古屋市東区に本部事務所を置き、同市北区に寮を開設している。事件当時の入寮者数は10~40代の男女約70人だったが、50人程度まで減っているという。

 

ホームページによると、寮は1カ月13万円。社会にうまく適応できない人たちを主に預かり、更生させるとしている。関係者の話では、寮では自炊生活をしており、人によってはアルバイトをしている。「働かざる者は食うべからず」と、仕事を紹介して自ら生活費を稼ぐよう指導しているという。

 杉浦代表によると、入寮者は、家庭内暴力をふるったことがある人が少なくないという。

 市民団体の会合に4年前に招かれた杉浦代表は「鉄工所で働いたり、チラシ配りをしたりして、社会復帰をした人もいる。引きこもりは甘え、怠けの結果。しごいてやらないと治らない」などと話したという。

 一方、こうした手法に対し、「深夜までアルバイトをさせられた」といった苦情も、入寮経験者や親から出ていた。

 東京のNPO法人青少年自立援助センターの推計ではこうした施設は全国に100カ所ほど。18歳以上は児童福祉法に基づく保護制度は適用されない。家庭内暴力などで親にとっては「手に負えない」成人を受け入れる公的な制度はなく、民間施設以外には行き場がないのが現状だ。
出典:asahi.com

 このように、「働かざる者は食うべからず」「引きこもりは甘え、怠けの結果。しごいてやらないと治らない」という持論に基づき、杉浦昌子容疑者ならびに「アイ・メンタルスクール」は運営されていました。

 ひきこもりには、ひきこもるだけの理由があるはずです。それも個々の理由が。
 なかには、甘えた人間もいたかも知れませんが、基本的に、杉浦昌子容疑者の論ずるところは、大きな誤りであると、わたしは断言します。

 そんな“ひきこもりにならざるをえなかった”ひとたちの、個々の背景を見ようともせず、画一的で時代錯誤な暴論に基づいておいて、なにが『社会復帰NPO施設』だと。笑わせるなと。(一見すると、先般、反省の色のまるでないままに釈放されてきた戸塚ヨットスクールを髣髴とさせられるようだが、その本質は、まったくもって異なるものです。)

 以下、続報の連載です。
 ぜひとも、リンク先をクリックしてご覧ください。写真や図版もあります。
写真の無断転載は著作権侵害に値するのと、図版は作成して掲載したいところですが、あいにく、現在、実家でロースペックなマシンしか持ち帰っていないという理由で。全文引用をしたいところですが、あいにく、それも著作権侵害に値しますので、以下、記事に私見を交えた要約にてお書きいたします。)

 取材にあたった記者によれば、当然ながら、職員は口を開きたがらない。そこで、朝、バイト先へ自転車で向かう入寮生を、話しかけながら、走って追いかけたといいます。
 しかし、入寮生とのコミュニケーションは困難なものだった。毎朝4キロ走り続けて、都合30人くらいにあたって、話ができたのは、わずか3人だったとのこと。(あらためて、本件は、物言えぬ弱者への暴行であったと、わたしはかんじた。)
 それでも、施設や家族らの抱える悲惨な実体が浮き彫りになったという……。

【自立支援の迷路-アイ・メンタル事件】(上)
入寮先は「カギ部屋」

2006年05月09日

【自立支援の迷路-アイ・メンタル事件】(中)
「居場所ない」すがる親子

2006年05月10日

【自立支援の迷路-アイ・メンタル事件】(下)
長引く「困難」受け皿なく

2006年05月11日

<記事要約+私見>
“彼”が死に至るまで
 2006年4月14日。ひきこもり自立支援施設を名乗る「アイ・メンタルスクール」に、両手を縛られた男性(26)が、職員に抱きかかえられて連れ込まれる。彼こそが、後に、この残虐な事件により、命を失った犠牲者となる男性だった。

 彼は、上半身裸、内出血で身体中が紫色になってしまっている状態。手首からひじにかけて、無数の傷。出血、出血、出血……。
 職員らが包帯を巻こうとするも、男性は痛みに耐えかね、身体を激しく動かす。それに対し、頭と足を持ったり、馬乗りになったりして押さえつける職員たち。
 苦痛に暴れる男性を押さえつけることを、入寮者も手伝わされた。心中に、自分もおなじように「『拉致』されてきた」彼への思いを秘めたまま。 

同スクール代表理事の杉浦昌子容疑者は、冷たくこう言い放つ。

「こういうことはみんなが経験した方がいい」

 その『拉致』されてきた男性は、やがて、腹に鎖を巻かれて、1階の柱にくくりつけられた。眠るときでさえ、鎖は巻かれたまま。トイレにも行かせてもらえない。おむつのなかに用を足す。

 食事には、ほとんど手をつけず、ただひたすら「鎖を外してくれ」と訴え続けていた。
 その叫びは、施設内にむなしく響く。だれの耳にも、否、だれの心にも、彼のその心の叫びは届かない。だれもたすけてくれない。

 入寮者たちは、どんな気持ちであったろうか。

 4日後の18日朝。男性はぐったりとし病院に運ばれたが、間もなく亡くなった。

 杉浦容疑者は、こう嘯いていた――「男性は、自傷行為があったほか、寮でもずっと暴れていた。食事は十分に与えたが、毒が入っていると言って吐き出された」

 真相を知っているのは、果たして――。

「アイ・メンタルスクール」での生活とは?
 男性がいた1階にある2部屋を、杉浦容疑者らは「大部屋」と称していたという。

 県警によれば、事件当時の入寮者64人のうち男性21人、女性8人の計29人が、ここで寝起きしていた。

「集団生活を通してコミュニケーションの楽しさを学び、ひきこもりから脱する一歩を体得させる」――そんなふれこみだった。

 しかし、入寮者との認識には、大きな溝があった。

 杉浦容疑者らが「大部屋」と称するそこは、入寮者らにとっては「カギ部屋」。
 一日中施錠された2枚のドアで、他の部屋から隔てられ、外出が禁止されていたからだ。

「各自で自炊する」と、公称していた食事。その実体はというと、入寮者は米を炊くだけ。おかずはサンマやサバなどの缶詰か、ハンバーグやカレーといったレトルト食品を1食に1品与えられるのみだったという。

 2、3階は個室。個室の入寮者には、外出が認可され、ほとんどがアルバイトをしていた。

 寮生がアルバイトで得た給料は、職員が管理。そのうち、週に2000円~5000円程度だけが、当人のものとして与えられる。

 カギ部屋で暮らす入寮者は、杉浦容疑者の主観と独断で、生活態度を評価。すると、飲食店などのアルバイト先が紹介される。辞めずに続ければ、個室へ移ることができるということを餌にしていたのだ。

 入寮者は、原則として1階から生活をはじめる。親の依頼を受け、本人の意思に反して、カギ部屋に強引に連れ込まれるひともいる。
 死亡した彼もそうだった。

杉浦昌子容疑者の人物像とは?
 驚くべきことに、杉浦昌子容疑者は「熱血カウンセラー」「行動派カウンセラー」として知られた存在だった。今年2月には、子どもたちのさまざまな問題をとりあげた民放の討論番組にも出演している。

 若いころは、姉とともに、愛知県内で補習学習塾を経営。その塾で、不登校などの相談を受けるようになり、カウンセリングを始めたという。

 91年、アイ・メンタルスクールを設立。20代の職員を補助者に使いながら、ひきこもりや不登校に悩む本人や、親の相談に応じてきたという。長年の経験をもとに、カウンセリングした事例は2000件を超すという。

 杉浦代表はこれまで、本人が入寮に強い抵抗を示しても、家から強引に連れ出す手法をとってきた。

「私はときに屈強なひとの助けを借りて家から寮、または病院に連れ出す方法もとる」と著書で述べ、自らあえて『拉致』と表現している。

 こうした手法について、自著では、家庭内暴力など深刻な事態になっている場合、「『本人がその気になるまで待ちましょう』と、悠長なことは言えるわけがない」と正当な手段であることを強調。

 また、同書では「精神科医や評論家からすれば、誠に無手勝流の蛮行に思える指導の仕方も、なかにはあるだろう」とも語っている。

ひきこもりや家庭内暴力に悩む家族の行き場は?
 アイ・メンタルスクールの寮にはいまも40人近くが暮らしている。
 県警によると、被害者の男性が死亡し、捜査が始まると、家族に引き取られるなどして20数人が退寮。しかし、5月8日現在、なお40人弱が、施設内に残されているのだ。

 県警は、入寮者の家族と連絡をとるも、引き取りに応じない家族もいた。いったん退寮したものの、「施設に戻れ」と追い返されたひともいるという。

 ひきこもりや家庭内暴力を振るうひとで、18歳以上となると、受け入れる公的施設はなく、他の民間施設に移るのも容易ではないのが現状だ。

 しかし、年齢や体格、身体的な力の差を考えても、圧倒的に、子どもの方が強いのは自明。

 殴る。ける。家具を壊す。『親殺し』『一家心中』――そんな新聞記事を見るたびに怯える親たちも多いだろう。「次はうちかも知れない」

ひきこもりや家庭内暴力に悩む家族の現在の実情
 ひきこもりの子を持つ親の会のひとつ、愛知県江南市の「なでしこの会」代表の伊藤進さん(70)。大学の研究者らでつくる「ひきこもり家族調査委員会」のアンケートに目を通す。

 回答を寄せた約600世帯のうち、ひきこもりをしているひとの半数が30歳以上。ひきこもり期間が、10年以上にわたるひとも4割近い。ひきこもりは、年齢が高くなり、長期化するほど立ち直る道は狭まってしまうもの。

 厚生労働省の推計では、ひきこもりを抱える世帯は02年度に、全国で41万世帯。
 親の会の間には、総数160万人とする推計もある。
 しかし、これらは、あくまでも推計である。

 子どものうちは、児童福祉法の保護対象となるが、18歳以上の『大人』に行政がさしのべる手だてはないに等しい。

 また、厚生労働省精神・障害保健課は、支援施設の実態を把握していない。

 ひきこもりは、医療や福祉の谷間に置き去りにされてきたのだ。

 したがって、ひきこもりや家庭内暴力に悩む親たちには、実質的な行き場がないのが現状だ。

 保健所、行政機関、親の会など、どこに相談しても、具体的な対策は教えてもらえない。病院の精神科に行くと投薬されるだけ。

 前出の「ひきこもり家族調査委員会」のアンケートの報告書によれば、親の3割は医師やカウンセラー、公的機関に相談したことがなかった。「費用がかかる」「どこに相談すればいいのかわからない」
 相談を思い立っても、受け皿は十分ではないのだ。

 国立精神・神経センターの研究者らは、00~02年度に各地の行政関係の窓口を調べた。
 「ひきこもりを支援するうえでどれだけ困難感があるか」との問いに、全国の保健所の約7割が「かなり困難」と答えた。「困難なく対応できる」としたのは1%ほどしかない。

 よって、こういった家庭には、アイ・メンタルスクールのような民間の施設に頼るほか、道は残されていないに等しいのだ。

「自立支援に教科書はない」
 東京都福生市で三つの寮を運営するNPO法人「青少年自立援助センター」の理事長、工藤定次さん(55)は、知人らと全国の入所型施設を調べ、生活ぶりなどを紹介する本を03年に出した。

 インターネットなどで当時把握できたのは79施設。「今は100カ所程度はあるだろう」と推測する。それぞれが、それぞれのやり方で入所者と接していた。

 約30年の経験がある工藤定次さんも、手探りしながら多くの人たちと向き合ってきた。「自立支援に教科書はない」からだ。

「なかで何をやっているのかわからない現状では、いつかどこかでこういう事件が起きると思っていた」

 それだけに、工藤定次さんは力をこめて言う。

 「情報を共有できるような風通しのいい環境をつくり、互いの経験をやりとりしていきたい」

子どもと正面から向き合わず、安易に民間施設を頼る親
 なかには、こんな親もいる。
 不登校気味の中学生息子を、民間施設入寮させたいという。施設の職員が結論を急がないよう勧めると、母親は言った。
「子どもが学校に行っていないのでは、世間体が悪くて私が困る」

 自分の手に負えなくなると、他の道を考えず、「面倒見のいい」施設に飛びつく。
逃げているのだ。子どもと正面から向き合うことから。そこに大きな落とし穴があること、ことの本質があることに気付くこともなく。

 愛知県の市民団体「子どもの権利を考える会」の共同代表、永野千津さん(49)も、別の親から同様の相談を受け、安易な入寮に反対した。

 テレビやインターネットで、成功例ばかり紹介される『ひきこもりビジネス』に危機感を感じる。「親の弱みにつけ込むやり方だ」と手厳しい。

 親が正面から、自分と向き合ってくれること。体当たりでもいいから、逃げないこと。

 それこそを、ひきこもりのひとたちや家庭内暴力を振るうひとたちは求めているのではないか。
 それに早期に気付くべきは、親自身なのではないか。(しかし、気付いたときには、時、すでに遅しであることが多い……。)

 わたしは、そう考える。

家庭という密室、施設という密室の狭間で
 フリースクールのガイド本を発行する田口教育研究所(東京)の所長、田口正敏さん(51)は、杉浦容疑者について、複雑な心中を告白する。

 今回の犯罪行為を認めるわけではない。だが、別の思いもぬぐえない。

「亡くなった男性にしても、もし彼女が入寮を断ったら、一体誰が面倒をみたのか」

●精神科医・学者らの話
▽適切な知識なく受け入れ
「社会的ひきこもり」の著者で精神科医の斎藤環さんの話》 事件は、引きこもりに関する適切な知識やまっとうな方法論を持たないまま、力量以上に対応困難な人を受け入れようとした結果だ。引きこもりの社会復帰に必要なことは、最初の一歩として本人の自発性を待つことだ。だが、この施設は、強制的な介入で本人の自尊心を破壊し、そのうえで若者の「怠け心」を治療しようという発想をしていた。こうした間違った考えは、一般に根強く残っているのが現状だ。

▽親の不安背景 ビジネス化
《愛知県立大学の長谷川俊雄助教授(家族相談援助論)の話》 社会制度が貧困で、民間施設が代替的に親の不安を解消している。児童福祉法の対象は18歳未満で、それより上の年齢に公的な保護施設はない。家庭内暴力で危険を感じたら親は逃げるのが基本だが、ホテルを転々とするには経済力がいるし、安く逃げ込める避難所も十分にない。そういった中で、子どもを閉じこめるビジネスが成立している。こうした施設を容認する社会や制度とは何かを問い直す必要がある。

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「物事には、原因と結果がある。
なのに、ひとは、なぜか原因ではなく、結果の方をなんとかしようとする。
ここにきているひとたちは、みんな、その家族の代表として、家族に潜む病理の代表としてきているんだ。
そして、その結果となるのは、常に、子どもなど、その家族のなかで一番弱い立場の人間だ」

 なぜだろう。
 12年まえ。16歳のわたしが、神経症・不安神経症と病名を付けられ、入院していた精神病院にいた、壮年の男性の言葉が思い起こされた。
 彼は、自身に躁病という病名が付けられていることを知らなかった。

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大川内 麻里の“人生がより心豊かになる”コトバ 1日1文
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「出版人」とは(2)――“いい仕事”をしていくために自分はどうあるべきか。そして、“夢”を叶えるということとは?

さて、「『出版人』とは(1)――“いい仕事”をするということ」の続き。“いい仕事”をしていくことが与えてくれるもの、“いい仕事”をしていくために、『出版人』と仕事をしていくために必要なこと、自分がどうあるべきかについて、お話ししたいと思う。

前回わたしは、『出版人』の方々と“いい仕事”をさせていただきたいし、また、ありがたいことに、実際にさせていただいていると書いた。

しかし、出版業界に入った当初から、それができていたわけではない。(現在も発展途上中ながら、それでも)ここにたどり着くまでに、まわり道をしてはいる。けれど、その「まわり道あってこそのいま」と考えている。前回書いたように、生きていく上での体験に、マイナスも無駄もない。すべてが、自らの糧となる。

さて、わたしの出版界でのスタートは、株式会社リクルートコンピュータパブリシング(現・株式会社リクルートメディアコミュニケーションズ)という、リクルートグループの制作会社で、『ケイコとマナブ』など、スクール情報誌のディレクターをさせていただいたことだった。

はっきりという。
わたしだって、はじめは、編集者なんて、なにをするのか、さっぱりわからなかった。知らなかった。(だからこそ、リクルートグループの制作会社という、所謂一般的な「出版社」ではないところから入っている。しかし、結果として、それも本当にいい体験だった)
ただ「書きたい」という思いは強かった『書く』ことは、子どものころから、ずっとしてきたことだった。『書く』ことを仕事にしたいと願ったのは、小学生のころからだ。(しかし、はっきりいって、わたしはビビッていた。だから、まわり道をしながら、だんだんと本来の目標に近づいていったのだ。しかし、それも、本当に『書く』上でも、いい体験となった)
そして、わたしの決定的な原点いまも変わらぬ揺るぎない原点は、このブログのプロフィール『★目標・夢:』の欄を参照してほしい。これが重要なところだ。

さて、当初は、「まずスキルを身につけなければ」という思いがあって、ただし、スキルだけでは不足だろうとは漠然と感じていた。
株式会社リクルートコンピュータパブリシング(現・株式会社リクルートメディアコミュニケーションズ)の面接で、圧迫面接にも負けず、わたしは訴えた。
「テクニカルかつクリエイティヴなことがしたいんです!」

そして、先述のように『ディレクター』採用となる。
わたしは、希望職種の欄に、『ディレクター』の『ディ』の字も書いていない
勉強不足で、それぞれの職種がなにをするのかが、さっぱりわからなかったわたしは、とりあえず希望職種に『DTPオペレーター』などと書いていた。

同社のいいところは、採用の際、そのひとの希望と適性と、配属先ならびに職種を、きちんとマッチングさせてくれるところだ。(いまも行われているのかな~、わからないけれど、同社では、採用ラインを超えたひとの履歴書や職務経歴書、筆記試験の書類などが、適切と思われる各部署にまわされて、どこかで拾われれば、そこへの配属となる)

株式会社リクルートコンピュータパブリシング(現・株式会社リクルートメディアコミュニケーションズ)は、右も左もわかっていないわたしの希望と適性を汲んで、適切な採用と配属をしてくれたと思う。
「『ディレクター』って……なんですか?」だったわたしにも、すぐに、ディレクター採用をしてくれた会社の意図がわかった。つらいときも、まわりの先輩方が支えてくださり、たくさんのことを学ばせていただいた。同社と、いまも変わらずよくしてくださる同社の先輩方には、心から感謝している。
体調を崩し、わずか8ヶ月の勤務だったが、同社で得たものは、本当に大きかったと、いまでも思う。

その後、半年強の静養期間というか、ぶっちゃけ引きこもり期間を経て、株式会社宝島社に、ムック編集者としてアルバイト入社半年足らずで、ありがたいことに、「アルバイトでは、能力相応のギャランティーが支払えない」と、専属フリーランスへの変更を、会社から申し出ていただく。

同社では、わたしの前職時代にかじって+静養期間中に独学で学んだグラフィックスキルや、そのまえの矢野経済研究所時代にかじって+独学で学んだプログラミングスキルなども活かさせいただいた。(どんなスキルも、すこしでもかじったものは、しっかりと独学で学んで、自分のモノにすることだ
新たな可能性を引き出し、展望を開いてくれたと感謝している。

しかし、当時の同社は、基本的に外注体制だった。編集も執筆も
そこに物足りなさを感じたわたしは、同い年の先輩に相談し、背中を押していただいて、直属の上司に、インタビューや執筆、編集も、外注せずに、自分でやらせてほしいと交渉した。それは、編集部としても、外注のコストダウンにもつながる。しかし、前提として、それは上司から大川内にそれらを任せてもいいとの信頼を得ることが先だ。交渉までに、信頼を得るだけの仕事をすることに努めた
その甲斐あってか、わたしの申し出は、ありがたく、受け入れてもらえた。

はじめてのインタビューなんて、大失敗もいいところでめちゃくちゃだった。でも己の弱点を知れば、それを克服すればいいだけの話だ。
インタビューが弱点だと知ったわたしは、ある零細版元から編集長を頼まれ、執筆・編集・デザイン・DTP制作を個人で請けていた文藝同人誌に、すぐさまインタビューコーナーを取り入れて、さまざまな手法でのインタビューと、その原稿執筆をやった

企画の立案も、著者などとの対外交渉も、「正社員の仕事だから」「専属フリーランスのわたしの仕事ではない」などと考えたことはない自ら、率先してやった『株式会社宝島社 大川内 麻里』の名刺を、会社からいただいている以上、それ相応の仕事をやって然るべきだと思っていた。
わたしが「それ相応」と考えていた仕事は、周囲からすると、異例のこと(?)というか、すくなくとも、2割増の仕事をするプレイヤーだとは映っていたようだ。しかし、わたしにとっては、そんなことはやって当然のことだった。
やれといわれたことをいわれたようにこなすだけなら、サルでもできる。そんなもの、到底、能力などと呼べる代物ではない「いわれないことをどれだけ自ら率先してやるか。どんなふうに結果を出すか」に現れるもの、それが能力。そう考えていた。

しかし、会社のカラーと、自分のやりたいこと、つくりたい本、その意図がマッチしない
自分の考えとマッチする企画があれば、他版元の仕事も請けていた
このころに、はじめて『出版人』を意識しはじめる

その後、26歳のときに、専属ではないが、勤務先にそれまでどおりデスクを残したまま、片足フリーランスになるなり、仕事の依頼が殺到。
半年後、正式退社し、完全にフリーランスになった。さらに仕事の依頼は殺到する。
それから、いま経営している自社(編集プロダクション)を設立するまでの半年間は、完全フリーランスで、ひとりで仕事を請けていた。

その半年間というものは、常に15冊は、ひとりでまわしている状態。
片足フリーランスになったときに決めたことでもある“朝の2時間しか仕事をしない”状態で、難なくまわせていたので、時間の面でのつらさはなかったが、次々と自分にノルマを課していく仕事の仕方は、やはり異常だった。

いま思えば、「自分にはキャリアがない」という不安にさいなまれていた「やりたいこと、つくりたい本をつくった」という成果物がすくなすぎると。
自分のやりたいこと、つくりたい本をつくるには、「やりたい、つくりたい」を伝えるだけではなく、成果物を見せて、「やれる、つくることができる」という証を示さなければならないという焦りがあった。

しかし、「やりたい、つくりたい」という熱意だけで(というのは、やや語弊があるのだが、後述する)、わたしを買ってくださる『出版人』の方々がいらした。驚いた。でも、驚いている暇などない。それに報いることができるよう努めた。
成果物など求められなかったなのに、わたしに任せてくださった
彼らは、わたしに、「やりたい、つくりたい」という熱意はさながら、「やれる、つくることができる」能力が備わっていると見抜いてくださっていたり、あるいは能力を試そうという懐の深さをお持ちだったりしたのである。

『出版人』は、そのひとの熱意や興味、関心のありかはどこなのか、適性や能力はどの程度なのか、どこを突けばネタが出てくるか、瞬時に見抜く
(自分の能力が高いなどとおごるわけでは決してない。わたしなんか、まだまだ発展途上もいいところだ。ただ、常にまえを見ることは忘れていない

わたしは、今日も、そんな『出版人』の方々のご恩に、精いっぱい報いることができるよう、本をつくる。本を書く。

結果を出すことが、一番の恩返し
結果とは、すなわち、読者の反応である。

「ありがとう」――『出版人』の方々は、かならず、この言葉をお忘れにならない
わたしなんかに、「ありがとう」の言葉をくださる。
「とんでもございません。私の方こそ、このような機会をお与えいただき、ありがとうございます」いつもそう思う。そうお伝えする

やがて、ビジネスパートナーとともに、会社を興したいま、『出版人』の方々からのお仕事しかいただいていないといっても過言ではない意図したことではない自然の流れである。

『出版人』の方々と“いい仕事”をさせていただきたいと思うなら、まず、『出版人』の方々とより触れ合うこと。よほど、自分の目が節穴でなければ、彼らの人間性がおのずと見えてくるはずだ。
そんな彼らと触れ合えるに値する人間になろうと努めること
もっといえば、自分も『出版人』たりえることができるように、理想の『出版人』像を追求し続けることだ

わたしに、そんな追求し続けるべき理想の『出版人』像を、常に与えてくださるのは、ほかでもない、心から敬愛する『出版人』のみなさまである。
「こんな『出版人』になりたい」否、むしろ「こんな『人間』になりたい」――心底、そう思わせてくださる、尊敬する『出版人』の方々。

本当に本当に、いつも、ありがとうございます。
あなたのおかげで、わたしは、常に目標からブレることなく原点が揺らぐこともなく、そして、夢をひとつずつ叶えていかせていただくことができています
あなたのような『人間』になりたい――おこがましいようですが、そう強く思うのです。それが、わたしにとって、究極の夢なのです。

たとえ、どんなに遠回りをしたとしても。
青臭いかもしれませんが、一生をかけてでも、叶えたい夢です。
すこしでもいいから、近づきたい。常に思っています。

「こんな『人間』になりたい」
  ――夢、って、究極をいえば、そういうことなのではないだろうか。

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