カテゴリー「ニュース」の30件の記事

■追加出演「ヲタルm(__)m」圧巻のヲタ芸で爆笑をさらう!

8月20日(水)のお笑いライブ、追加出演者、一組決まりました。
知る人ぞ知る、ヲタ芸芸人「ヲタルm(__)m」さんです!
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ライブ何度か拝見していますが、
ジャニーズの曲に合わせてヲタ芸をやる、という
ほかに類を見ない、彼の芸風には

「なんじゃこりゃーーーーー」

ってな具合で圧倒されつつも、
爆笑しちゃっています。


ちなみにペンライトもらいましたわたし♪

そんで、帰りにふとバッグの中を見たら、
なぜかペンライトが2本、、、


だれよ!? どさくさにまぎれて、 わたしのバッグにペンライト入れたお客さんはっ!!


eventお笑いライブ「超ブレイク☆笑☆NIGHT featuring大川内」
 8月20日(水) 19:00開場 19:30開演
 前売り1500円、当日1800円

 出演者:ラヴドライブ、名刀長塚、ザクマシンガン、ヴェートーベン、南野やじ、ドラハッパー、朝倉小松崎、きくりん、庵。、ロケットバンビ、マリッジブルーこうもと、寿司、ヲタルm(__)m
 ほか あの人気芸人の緊急参戦もアリかもsign02

 会場:六本木スプラッシュ(地図


 ticketご予約・お問い合わせ→090-1858-2791 NQG57154@nifty.com (担当:西澤)
 or下記の申し込みフォームから【8/20(水)超ブレイク★笑★NIGHT】をお選びください。
  http://www.school-superbreak.com/seminar/seminar.php

 
Spmapoto
 東京都港区六本木7-11-10 グレイシャス六本木1F  TEL03-5786-3868
 ※六本木駅徒歩3分。
 ※東京メトロ日比谷線4B出口・都営大江戸線7番出口
 ※ 「SPLASH」と書いた青い看板が目印です。

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新曲キャッチエンドリリース! ヒットエンドラーンでヒット祈願!

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写真はイメージです

Jun Yagiの新曲がリリースされました!musiccd
下記URLから視聴&ダウンロード購入できるので、
気に入ったかたはぜひ!!
https://www.beatport.com/en-US/html/content/artist/detail/70328/

今回、トライヴァル色が強くなっています。
まじカッコいいです。

わたしのイチバン好きな曲は
先月リリースされた“Did You See”で、
これ最高傑作でしょとか思うわけですけど、

もちろん、このJun Yagiというアーティストは
これからも
もっともっと素晴らしい音を世に送り出していくので、

最高傑作は
まだまだ更新し続けられます!!

あそーれ、
ヒットエンドラーンでヒット祈願♪happy01happy02wink

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新曲リリース!
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大川内 麻里のサイト OkawauhiMari.net
http://okawauchimari.net/

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押井守監督インタビューしたことありますが

そのときの原稿、読む?

-----
 僕が大田区で過ごしたのは高校まで。大森で生まれたんだ。
 当時の大森は、埃が舞っていて、道路も舗装されていなかったし、走っているのもトラック。あるのは町工場、パチンコ屋に飲み屋――猥雑な街だったね。

 僕は大森海岸の近くで育ったんだけど、子どもの頃によく家族で遊びに行ったのは平和島。

 その頃かな、自分は海の近くにいるんだなって意識したのは。


 東京という街を見て回るようになったのは、映画の仕事がきっかけだけど、そこで湾岸に目をつけて。

 「機動警察 パトレイバー」あたりの湾岸を舞台にした作品には、そんな子ども時代の環境が影響していたのかもしれない。


 「機動警察 パトレイバー」のロケハンで、ふっと昔を思い出したことがある。

 何を思い出したかというと、ドブで遊んでいた光景。

 ドブっていうのはさ、高架道路の下なんかにあって、しーんと静まり返っているんだよね。断崖になっているから、都会の音が一切入ってこない。

 その光景に、僕は東京の匂いを感じたんだ。



 モノを創る人間ってさ、そうやって一度は原点回帰というか、自分の原体験や原風景に帰ろうとする時期があるんだ。

 僕はそういった作品中で東京という街を破壊しちゃってさ。

 高校時代を元にした小説「獣たちの夜」も書いたしね。


 そしたら、僕の中で何かがすっきりとしたんだよ。もう描かなくていいやっていうね。



 また自分の記憶や体験を元にして創っていく危うさも感じた。

 そこに感じるものがあるからこそ表現するんだけど、そこにばかりとらわれていると、やがて何も感じなくなる。

 自分を吐き出すことで、自分の中が空っぽになっちゃうわけだからさ。



 作品を創る上で、記憶を再現することが正しいわけではない。
 人は人生すらも捏造して生きていると僕は思う。


 どんな虚構を重ねるかは、たとえばロボットだったり、近未来的な高層ビルだったりするんだけど。

 自分の原体験から離れて、人間であることからも解放されることをテーマに撮ったのが「イノセンス」だね。



 いまでは大森にも二、三年に一度帰る程度になったけど、街はすっかり変わったね。だけどさ、人の顔というものだけは依然として残っているんだ。

 僕にとって大田区という街は、モノとして存在し続けている。

 四十年前のあの時代を知っているからこそ、いまを相対的に見られるしね。

 中学では区内で越境入学をして、大学になって大田区を離れて――結局、そうやって大田区から遠心力のように世界が広がっていったのかなと思うね、いまでは。

Written by (C)MARI OKAWAUCHI
-----

「人は人生すらも捏造して生きている」という表現は、
いま読み返しても「すごい」、の一言に尽きます。

ミクシィ日記キーワードランキング「攻殻機動隊」が2位になっていたので、
ちょっちゅむかしの原稿引っ張り出してみたさ~。(´ー`)

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新曲リリース!

わたしにとって、
ちょっと小憎らしい大事なバカbleah(でもまぁまぁイイやつsmile)の
新曲がリリースされました!



前回
、チャート7位をマークした、
Jun Yagi&Kiyohitoによる
驚異のユニット・nanowave。

今回はJun Yagi名義での1stリリースになります☆

http://www.beatport.com/artist/jun+yagi


彼のことは
なんやかんや言うて7~8年前から知っていますが、

今回リリースされた2曲、
特に“Did You See”はこれまででサイコーの完成度で、

はじめて聴いたとき、思わずこう口走ったほど――「なんだこれ!」

とにっかく、めっちゃくちゃカッコイイ!


曲の一部を試聴することもできますので、
まずは聴いてみて!

そんで、もっと聴きたい! 気に入った! ってかたは
それはもうぜひ♪happy02happy02


Jun Yagiの新曲、“Did You See”“Under The Shade”は、
下記URLから試聴&ダウンロード購入できます☆
http://www.beatport.com/artist/jun+yagi


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クラブミュージックが好きな方!
努力と忍耐。逆境は試練の仮面をかぶったチャンス。
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オートトレーディング・ルフト・ジャパン新事業発表パーティー

一昨日書いた
オートトレーディング・ルフト・ジャパン株式会社さまの新事業発表パーティー。
(→「ミシュランなお店でParty!」)
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本当にとっても素敵な時間をすごさせていただきました!

南原社長のご人脈だけあって、
やはり魅力的な方がたくさんいらしていて、
素晴らしいご縁をたくさんいただきました!^^

またミシュランガイド東京が発売されたその日に、
見事、星を獲得されたフレンチレストランキャーヴ・ド・ひらまつでの
パーティーに参加させていただけるなんて、
とっても素敵な記念になりました。

すこしだけ写真を撮ってきたので、ご紹介しますね♪0711bimgp1979

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鴨のテリーヌ。
スモークサーモンのオレンジソース。
サーモンは、なんとスモークしたてのものを
目のまえで開けて
薫りを楽しませてくださったんですよー!

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そして、デザートがまた絶品!
つくられている様子、その手さばきの鮮やさは、もはや芸術。0711bimgp1987

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フランベする瞬間。

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まるでアートのよう。

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大好きな漫画家の倉田真由美先生(「だめんず・うぉーかー」でみなさんおなじみ☆くらたまセンセイ。お目にかかれて光栄すぎました!!目がハートハート)も
このデザートには「ちょーおいしそーっ」と大興奮のご様子でした♪

お招きくださいました南原社長、出会ってくださったみなさま、
ほんっとう~にありがとうございました!

【関連記事】
ミシュランなお店でParty!
パーティーヘア&ファッション
これまでわたしはずっと感謝で生きてきたし、これからもずっと感謝で生きていく

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携帯メアドを変えたら

「古いアドレスにきたメールを
60日間転送するサービスがありますが、
しますか転送?」

的な画面が出てきて、
「お♪ これは便利♪」
と申し込みました。

105円也。

へぇーこんなのあるんだぁ~、
これはいいよね。
メアド変えても転送サービス
ちょうど今月からはじまったサービスだったんですって。ラッキー。

実際、深夜に変更して、
翌朝メアド変更通知をみなさんに送るまえに
旧アドレスにメールきたみたいで
転送されてきたしね。
(申し込んでおいてよかった~♪^^)

手違いでお知らせメールを送りそびれちゃったりすることもあるからあせあせあせあせ
お年賀メールが行き交うシーズンに向けて
このサービスはよろし指でOK、ですな。

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終末期医療 ~緩和ケアを断念せざるをえない人々

 ごくごく近しい近親者が、緩和ケアを受けています。
(先日「尊厳」に書いた家族とはまた別です)

 当人のことは詳しくは書きません。
 ただ先日、終末期医療のショッキングな現実を知りました。

 治療は一切やめていて、緩和ケアだけでの入院費が、月30万くらいかかっているのですが(これは公立の病院だから安い方です)、周囲の他の患者さんたちのなかには、「入院費が支払えないから」という理由で退院を余儀なくされる方々もおられる、ということ。

 地獄、ですよね。
 ご本人にとっても、ご家族にとっても。

 病状はもう手の施しようがない。
 せめて、苦しまずに逝かせてやりたい――ご家族は、そう願われて緩和ケアを選ばれたことでしょう。
 ご本人も、それを望まれていたでしょう。もう痛みから開放されたい、と。

 それを経済的な理由で、最期の最期で断念せざるをえないなんて……。


※参考
 非常に痛ましい事件です。国内、海外、2件。

末期がんの母絞殺、容疑で長女を逮捕 栃木
http://www.asahi.com/national/update/0531/TKY200705310123.html

2007年05月31日12時06分

 末期がんの母親の首を絞めて殺害したとして、栃木県警足利署は31日、足利市大沼田町、無職真田初美容疑者(42)を殺人の疑いで逮捕した。真田容疑者は調べに対し「看病に疲れた」と供述しているという。

 調べでは、真田容疑者は30日午後3時半ごろ、自宅の寝室で横になっていた母親の京子さん(68)の首を電気コードで絞めて殺害した疑い。

 同署によると、京子さんは昨年12月1日に胃がんの手術を受け、同月中旬に退院。長女の真田容疑者が自宅で世話をし、4月からは仕事をやめて看病に専念していた。京子さんは今月13日に再入院し、余命1カ月と宣告された。真田容疑者は病院側に「自宅で引き取りたい」と申し出て、24日から自宅療養に切り替え、ほぼ寝たきりの京子さんに食事を食べさせるなどの看病をしていたという。

 真田容疑者は、京子さんと父親の鉄雄さん(75)の3人暮らしで、事件当時、鉄雄さんは不在だったという。

電気代が支払えず、人工呼吸器をつけ自宅療養中の女性死亡

 ニュージーランドで、電気代を払えないことを理由に電気を止められ、人工呼吸器をつけていた44歳の女性が死亡した。
 死亡したのは、人工呼吸器をつけて自宅療養していたフォロレ・ムリアガさん。電力会社の技術者が29日にムリアガさんの家を訪れ、電気の供給を止めたところ、約2時間後に死亡した。
 ムリアガさんは今年2月から、病気のため仕事を休んでいて、滞納していた電気代は、約1万5000円だった。
 その場にいた家族は「ムリアガさんが人工呼吸器を使っている様子を見せたにもかかわらず、電気を止められた」と話しており、警察は捜査を行っている。

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大川内 麻里が取締役を務める 創藝舎
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「報道」とはなにか? ~長野・練炭自殺 自殺サイトで知り合った16歳少年と40代男性の2遺体発見

 

 テレビ朝日・報道ステーションさま、その取り上げ方はおかしいのではないでしょうか。

 と思う事件がありました。

2007/05/25-22:49 1人は千葉県の16歳=練炭自殺か、山中2遺体-長野    長野県飯島町の山中の穴の中で25日午前に見つかった男性2人の遺体のうち、1人は14日から行方不明となっていた千葉県の無職の少年(16)であることが長野県警駒ケ根署の調べで分かった。同署はもう一人の40代とみられる男性の身元確認を急いでいる。
 調べによると、穴の中には練炭が入ったしちりんが置かれていた。2人は自殺サイトで知り合ったとみられ、同署は一緒に自殺したとみている。穴は人工的に掘られていた。
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2007052501215

 報道ステーションさんの取り上げ方はこうでした。

 まず、第一報は「16歳の少年が行方不明になり、自殺サイトで知り合ったと見られる40代男性とのメールのやりとりが残されていました。両親が少年が向かったと思われる長野に行き、少年の行方を探しています」というもの。

 他社はまだつかんでいない、テレビ朝日さん独占スクープであったことは明らかでした。


 しかし、どうもこの報道がおかしい。

 流されるのは、男性が少年に自殺の決行について、事前に細かく指示をしていたことを示すメールの履歴。

 モザイクのない、40代男性の住居の映像。もしかすると、窓の外から室内まで映されていたかもしれない。2回目の報道のときは映されていました)

 近所の人々のインタビュー。男性の印象についてうんぬん。

 取材スタッフ(番組スタッフ)とともに、山中を捜索する少年のご両親。
 そして、不自然に物が散らばっている場所を発見。→「警察に通報した」

 数日まえに取り上げられた1度目の報道はここで終わり。


 すでにおかしいと思っていました。

 もちろん、警察は動いていたのだろうけれど、警察とは別に、番組スタッフが独自でご両親を連れて山中を捜索なんかして、それをカメラでずっと撮ったりして。
 しかも、警察が動いていることには微塵も触れずに、まるで自分たちだけが良心を持って捜索をしているかのような見せ方で。

 なんですか? これ。
 ドキュメンタリー? ワイドショー?
 あ、あれか、「テレビのチカラ」だ?
 あぁ違った違った、見間違っちゃった。
 テレビ朝日さんの人気番組だけにね。

 しかも、これ「どうか生きていてほしい」みたいなナレーションをつけながらも、二人とも亡くなっていることを前提にしていますよね?

 じゃなかったら、あんな自殺サイトでのメールのやりとりだなんだを流されて、彼らが生きていた場合、その社会復帰ってどうなります?


 で、すでに1回目の報道でナレーションやインタビューの編集の仕方などで、「40代男性=16歳の少年をそそのかした悪人」という論調ができあがっていたわけですよ。


 そして、昨日流れた続報。「両親の願いは届かず、遺体で発見されました」

 流される映像は、ご両親が遺体が見つかったと泣き崩れる姿、本人確認に向かう姿。
 ナレーションは相変わらず、「止める立場でなければならない大人の男性が、少年を巻き添えに」……

 そして、出た。出たわ。きわめつけ。


 CMインのまえのテロップ。


「少年を巻き込んだ男性の卑劣」


 最後にご両親が、捜索に携わってくれた人たちへお礼をおっしゃっていた。


 ご両親の口から、男性を責めるようなコメントは、ひとつも出ていない。
(出ていれば流すはず)


 この男性にだって親もいれば家族もいるでしょう、命を自ら絶ってしまったというのはおなじです。

 まだ若い少年の尊い命が失われてしまったのは、非常に悲しいことだし、ご両親のご心情はいかばかりかと思うとやりきれません。


 かといって、男性を責めるのはおででかしいのではないでしょうか。


 たしかに、男性が少年と接触することがなければ、少年は自殺の機会なく、死にいたることはなかったかもしれません。
 少年の判断力は未成熟であったかもしれません。


 でも、だからといって。


 繰り返しますが、少年のご両親からは、男性を責めるコメントは出されているご様子はありません。


 であるにもかかわらず、一方的に男性を悪とし、男性が少年を殺したも同然だと、大衆に思わせるような番組作り。

 大きな疑問をかんじざをえませんでした。


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<パート労働法改正案>衆院委で可決 今月末にも成立見通し

<パート労働法改正案>衆院委で可決 今月末にも成立見通し
4月18日11時23分配信 毎日新聞
 パート労働者の処遇改善を図る、短時間労働者雇用管理改善法(パート労働法)改正案が18日午前、衆院厚生労働委員会で与党の賛成多数で可決された。19日にも衆院本会議で可決し、参院に送られた後、今月末にも成立する見通し。
 同法改正案は「正社員との均衡ある待遇の確保」をうたい、企業には賃金などの待遇面でパートと正社員に差をつけることを禁じた。「再チャレンジ」を掲げる安倍政権の目玉法案の一つ。ただ、対象者を仕事内容や責任の度合い、転勤見込みなどが正社員と同じパートに限定しており、厚労省は「パート全体の4~5%」と説明している。それ以外のパートへの均衡待遇は、企業の努力義務にとどめている。【吉田啓志】
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070418-00000029-mai-pol
http://www.mainichi-msn.co.jp/seiji/kokkai/news/20070418k0000e010022000c.html

パート労働法案を可決
賃金などの面での正社員とパート労働者の「均衡待遇」を目指すパートタイム労働法改正案は19日午後の衆院本会議で可決された。職務や責任が正社員と同 程度のパートには正社員と同じ賃金、教育訓練、福利厚生の適用を義務付ける内容。参院審議を経て今国会で成立の見込みだ。(NIKKEI NET 2007/04/195:01)

http://www.nikkei.co.jp/news/seiji/20070419AT3S1900G19042007.html

 対象者は“仕事内容や責任の度合い、転勤見込みなどが正社員と同じパートに限定”し、その条件で、いったいどれくらいのパートタイマーが対象となるのかというと“パート全体の4~5%とのこと。

 このような優秀なパートタイマーは、待遇を正社員と同等にする、のではなく、正社員に登用するべきでしょう。
(家庭の事情など、本人の意志によって、それだけの責務を果たしながら、あえてパートタイマーという雇用形態を自主的に選んでいる、という場合を除いて)

 ユニクロこと株式会社ファーストリテイリング柳井正 会長兼社長)は、向こう2年程度で5000人を目標に、パートタイマー・契約社員の正社員登用をはじめています。(2007年4月より)

 それに際して、転居を伴う転勤のない社員制度を新設しました。
 おそらく、正社員と同等の働きをしながら、あえてパートタイマーでいる層には、転勤がネックとなっている人たちも、すくなからずいることでしょう。
 ユニクロのこの制度は、画期的で賞賛に値します。

 同社は、この正社員登用の取り組みにより、十数億円の人件費増となるわけですが、企業がもっとも力を入れて投資すべきは、ほかでもない「人材」です。
 これはつまり人材への先行投資であるわけです。

 企業は人なり。


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※参考

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#数字 の 記事について【お知らせ】

 タイトルのあたまに「#数字」のついた記事についてお知らせします。

 このたび、わたしの別のところで書いていたブログ「大川内 麻里の“人生がより心豊かになる”コトバ 1日1文」と、
いまご覧いただいている、このブログ「フリーターから起業した女性経営者の“心豊かに生きる”ブログ by OkawauchiMari.net(旧タイトル:元フリーター編集者の出版日記、フリーターから起業した女性経営者が考える「働く・人・社会」)」とを統合することにしました。


#数字の記事の趣旨
大川内 麻里の“人生がより心豊かになる”コトバ 1日1文」とは、
わたし(大川内麻里)が、日々膨大に読む読み物や、人から見聞きする言葉、出会ってきた素敵な言葉たちのなかから

“あなたの人生が、より心豊かなものになる”コトバ
 をご紹介し、
+わたしのちょっとしたコラムを綴っていく

 というブログでした。

あなたの毎日に、“ちょっとした豊かさ”をプラスできるようなコトバたちを、お届けしたい」というのがコンセプト。
 わたし自身、心の豊かさを追求しながら綴ってきたもので、いただいたコメントから、たくさんの学びや喜び、幸せをいただいてきました。
 わたしのモノの見方、考え方がもっとも顕著に現れるブログでもありました。
 おかげさまでご好評もいただいてまいりました。

 そんな1日1文を、これからはこちらのブログで配信していこうと考えています。
 もちろん、これまでこのブログで書いてきたようなテーマの記事も続けていきます

 ただ、1日1文については、タイトルのはじめに「#数字」をつけることで区別することにしました。


#001~099はバックナンバー
 この統合にあたって、2006年4月~1年間に書いてきた過去記事を、すこしずつこちらに移行していきます。

 タイトルに#数字のついた記事のうち、#001~099は、その移行した過去記事、つまりバックナンバーです。

 もともとのこのブログで書いてきたテーマと共通するテーマも多いので、楽しんでいただけるとうれしいです。


#100~は新しい記事(新しい1日1文)
 バックナンバーを移行していくだけではなく、これから新しい1日1文もお届けしていきます。

 今後、書いていく新しい1日1文は、#100からはじめます。

 つまり、タイトルのはじめの番号が、#100以降のものは新記事となります。


1日1文だけをご覧になりたい場合
 1日1文だけをご覧になりたい場合には、サイドバーのカテゴリから「■心豊かに生きるための1日1文」をクリックしてください。(でも、たぶんすごい見づらい……(~~;)



 わたし自身、まだまだ発展途上で、日々修練の身でありながら、こういったコンセプトの記事(1日1文)を書かせていただくのは恐縮なのですが、未熟であるからこそ、アンテナに引っかかる言葉、お伝えできる言葉があるのでは、という気持ちで綴っております。

 先にも述べたように、わたし自身学びながら、と申しますか、わたし自身の学びの場として、このブログがあります。

 その研鑽の場を、だれかと共有することができたらあなたと共有することができたら――チョット素敵だなって思いませんか?^^

 1日1文は、わたしからあなたへの「毎日の暮らしのなかにある、ほんのちょっとの幸せ、シェアしませんか?^^」というご提案でもあるのです。

 プチバラシをしちゃいますと、わたしのブログのなかでも、特に1日1文において、断定形の文体を使っているのは、ある意図あってのことです。^^ゝ


 この統合によって、単純にこのブログの更新頻度は、以前よりも増えることとなると思います^^
(……って、企業合併の記者会見みたい^^;)
 そんなわけで、みなみなさま、今後とも当ブログ・大川内麻里をよろしくお願いします!


なお、著作権法を遵守し、引用は、著作権法の規定するところを逸脱することはございません。
引用について、著作者さまの不利益となるような悪意あるご紹介の仕方は一切いたしません。



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出版関係者・志望者のみなさんにオススメします!

 いま売りの「日経ビジネスAssocie」に、

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出版界、こと雑誌業界の雄、岸田一郎社長のロングインタビューが掲載されています。


 岸田一郎社長とは、かのLEON」「NIKITA」の創刊編集長です。

 KI&Company社を興され、先日、年収2000万以上の超富裕層にターゲットを絞った新雑誌「zino」を創刊されました。


 発行部数が多くなければ広告は入らない、発行部数と広告収入は比例する、と思われてきた雑誌ビジネスにおいて、「LEON」10万部未満・「NIKITA」5万部未満という、決して多いというわけではない発行部数で、その広告収入は年間20億1号あたり5億というときもある。(

 そして、「LEON」「NIKITA」が「ちょいワル」「ちょいモテ」といったキャッチコピーをもってつくりあげてきた世界観は、もはやひとつのカルチャーとして社会に定着している。


 そんな辣腕を振るってこられた岸田一郎社長。
「日経ビジネスAssocie」今号のインタビューは、現存の出版ビジネス・雑誌ビジネスに一石を投じる内容で、とても刺激になりました。

 出版関係者のみなさん、必読です!!
 志願者の方々もお読みになられてみては?


出版界はおかしな世界だ
利益追求に貪欲な人間がいない
だから不況から抜け出せない

     ――岸田一郎・インタビューより抜粋


岸田一郎社長のブログ:「キ・シ・ダ・イ・ズ・ム
岸田一郎社長のご著書:「LEONの秘密と舞台裏 カリスマ編集長が明かす「成功する雑誌の作り方」
雑誌「zino」と連動したWEBマガジン:「@zino

ご参考までに・・・雑誌の発行部数を知りたい方は「社団法人 日本雑誌協会」のサイトにデータがあります。


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世論はこうして作られてゆく―「赤ちゃんポスト」という“通称”の罪。ないがしろにされる「こうのとりのゆりかご」の本質論

「赤ちゃんポスト」というのは、あくまでも報道機関が呼称しているだけであって、正式名称は「こうのとりのゆりかご」です。

 この「赤ちゃんポスト」という通称が与えるイメージだけが先行してしまい、「赤ちゃんを物として扱うなんて」と、事の本質には遠く及ばないところで、論議や国民感情が沸騰してしまっているようですが、本質はそこにはありません。

 各報道機関は、いまからでも「こうのとりのゆりかご、いわゆる赤ちゃんポスト」とでも呼称を正すべきです。

「なまえ」の与えるイメージは非常に大きいです。
 ネーミングがウケて爆発的にヒットした商品などが多数あることからも、その影響力の大きさをはかることができるでしょう。

 報道機関が、今回の件のような大事な事柄について、ふさわしくない呼称を使ってしまったら。
 その影響は甚大です。

 物事の本質をも隠蔽し、本来あるべきところとはかけ離れたところで、不用意に世論をあおってしまうことすらあるのです。

 議論されるべきところで議論が展開されず、違うところで世論に火がつき燃え上がってしまう。
 そんなふうにして「つくられた」世論というのは、非常に危険です。

 なお、「こうのとりのゆりかご」に関するわたしの見解は、別のブログの記事「「赤ちゃんポスト」という“通称”に踊らされないでください。事の本質が見えなくなってしまう危険性があります。」に述べました。

【関連記事】
「赤ちゃんポスト」という“通称”に踊らされないでください。事の本質が見えなくなってしまう危険性があります。
「こうのとりのゆりかご(俗称:赤ちゃんポスト)」に預けられた子のその後を考える(1)~養子縁組と里親制度

* 大川内 麻里のサイト OkawauhiMari.net
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WEB2.0考(1)ネット上で表出する攻撃性―自殺しようとした女性を救助した警察官死亡

 なんとか命だけはと切に祈っていました。本当に残念なことです。

 もうひとつ、残念なことがあります。

 この事件で、宮本巡査部長を巻き込んだかたちとなってしまった、自殺をしようとした女性。
 彼女への批判が、非常に多いこと。
 実際、この事件を取り上げたブログや日記などで、辛らつな言葉を多く目にしました。

 たしかに、尊いひとりの警察官の命が奪われる原因となる行動をとった女性を批判し、厳しい言葉を投げかけたくなるのも人の情でしょう。

 しかし、それは宮本巡査部長の遺志に添うものでしょうか?
 彼は、そんな人々の声を聞いて喜ぶでしょうか?

 宮本巡査部長は、わたしたちに、命の貴さ、生きる尊厳、職務とは、など、大切なことを教えてくれました。
 彼の遺してくれたものを、彼にとって不本意なかたちとはならないように、大事に受け継いでいきたい。そう思います。

 宮本邦彦巡査部長。心よりご冥福をお祈り申し上げます。


救助の巡査部長死亡=東京都板橋区の東武線事故
2月12日16時0分配信 時事通信
 東京都板橋区の東武東上線ときわ台駅で、線路に侵入した女性を助けようとした警視庁板橋署の宮本邦彦巡査部長(53)が電車にはねられた事故で、重体だった宮本さんが12日午後2時25分、治療を受けていた同区内の病院で死亡した。 
最終更新:2月12日17時30分
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070212-00000044-jij-soci

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自殺対策(2)◆日本人は“安易な”引責辞任という風潮をなくすべきだ

 辞めることで、責任をとる。
 辞めさせて、それを責任とする。
 辞めて、お詫びする。

 不祥事など負の出来事が起きたとき。
 日本人には、

責任を取るということ、お詫びを表すということ=辞める

というカタチが、あまりにも安易に浸透しすぎてはいないでしょうか
 政治の世界でも、企業においても、教育現場でも。


 わたしは、自殺対策の一環として、「“安易な”引責辞任をなくすべきだ」と考えます。
 では、なぜ、これが自殺対策なのか。


 自殺というのは、究極の「辞任」だと考えるからです。


 死んで責任を取る。死んで負の出来事を(本人にとってのみ)終わりにする(できるとかんじている)。死んでお詫びをする。

 

生きるのをやめる。自らの人生を辞する。まさに究極の「辞任」。


 自殺する場合、その理由はそれこそさまざまですが、大きく分けるとすれば、下記のふたつが考えられるでしょう。
(1)自分が負の出来事を起こしてしまった場合(例:不祥事を起こした、いじめや犯罪の加害者となったなど)
(2)自分が負の出来事に遭ってしまった場合(例:いじめや犯罪の被害に遭った、生活苦、病気を苦にしてなど)


(1)の場合、たとえ当人が自殺をしたとしても、それが解決になるわけでは決してない。

(2)どうにも逃げ場がないとかんじる閉塞感。行き場の見えない絶望感。
 もう終わりにしたい……そこで浮かぶ選択肢――死。
 つらいよね。苦しみから逃れたいんだよね。でも「死んで楽になれる」というのは「錯覚」だよ
 逃げていいんだ。逃げて、お願い。逃げることはわるいことなんかじゃない死を選ぶくらいなら逃げ道をもっともっともっともっと探してあるから、かならずあるから。


(1)にしても(2)にしても、自殺に至るまでの過程は違えど、死ぬことで白紙にしたい、リセットしてしまいたいという点で、直前の精神状態は近いのではないかとも思います。

 前回の「「いじめをなくそう」というスローガンが“強すぎる”状況下は「危険」である」という記事でも、「負の出来事」→「自殺」という直結こそが危険で、まずはそこを断ち切らなければと強調しました。

 では、その策は、と考えたとき、対策を練るには、原因を把握すること、すなわち原因の究明と多角的な分析が必要です。
 そこで、思い至ったひとつの要因が「安易な辞任」だったわけです。

 「人生を辞する=自殺」という選択肢が、安易にひとびとのなかに存在していること。
 これは、日本人の「辞めることで、“一見”物事が解決したかのように、“表面上”収める」という風習がすくなからず影響しているように、わたしには思えます。


 ただし、わたしはすべての引責辞任を否定しているわけではありません。
 辞任することが、建設的、本質的な解決策とならない場合、一見解決したかのように見せ、表面上収める、という場合を問題視しています。

「実質的な意味のある辞任」というものもあると考えていて、それは辞任することで、物事が建設的な方向に進む場合辞任そのものが解決策のひとつとなりうる、意義あるものである場合が挙げられます。

 たとえば、柳沢大臣の失言問題の場合は、厚生労働大臣として「少子化対策」にあたるにふさわしくないという道義があるため、後者にあたると考えています。
(この問題については、性に関するブログ「SEX-Therapy【セックスセラピー】 by Mari Okawauchi」で、追って取り上げます)


 安易に辞めるのではなく、続けることで解決していく根本的な解決を
 政治家にも、企業人にも、教育者にも、そういったモデルを見せてほしい


「人生を辞することではなく、人生を続けていくことで、光を見出すこともできる」
「人生を辞することではなく、人生を続けていくことこそが、事態の根本的な解決につながる」

 そういうメッセージになりうるのではないかと。一縷の望みをかけるのです。


※自殺対策について、報道のあり方についての提案は「自殺対策(1)◆報道が助長する事件連鎖」に書いています。


【関連記事】
教室内の力関係に迎合する教師――福岡のいじめ自殺事件に思う
いじめたこと、ありますか?
いじめにまつわる体験を話して!
自殺対策(1)◆報道が助長する事件連鎖
嫌われ役・悪役・憎まれ役こそを愛しみたい
「いじめをなくそう」というスローガンが“強すぎる”状況下は「危険」である



*参考

続きを読む "自殺対策(2)◆日本人は“安易な”引責辞任という風潮をなくすべきだ"

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「いじめをなくそう」というスローガンが“強すぎる”状況下は「危険」である

自殺中2も「いじめられてストレス」…暴行被害の生徒

2月3日18時37分配信 読売新聞

 千葉県松戸市で同級生への集団暴行をとがめられた市立中学2年の男子生徒(14)が自殺した問題で、暴行の被害者となった同級生の男子(14)は、自分の母親(37)に「(男子生徒は)まじめないい子。彼もいじめられ、ストレスになっていたのでは」と話しているという。

 男子生徒は、被害者の男子が住むマンションで飛び降り自殺しており、この母親は、倒れている生徒の姿を目の当たりにした。「生きて帰ってきて」という願いは、届かなかった。

 男子生徒は1日午後、マンションの8階通路から、飛び降りた。自宅にいたこの母親は「ドスン」という物音に気付いて外に駆け出し、敷地内に倒れているのを見つけた。母親によると、救急車を待つ間に、男子生徒が学生服の下に息子と同じ中学校のジャージーを着ているのに気付き、同校教頭の携帯電話に連絡。ジャージーに記された名前を伝えて、「まさか(集団暴行した)8人のうちの1人では」と尋ねると、「そうです」との答えが返ってきた。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070203-00000105-yom-soci


 集団リンチの加害者として叱責を受けた男子生徒が、被害者である男子生徒、つまり自分が集団で暴行を加えた男子生徒のマンションから飛び降り自殺をするという事件が起きました。
 自殺を図った少年の第一発見者は、奇しくも被害者の母親でした。「どうか生きて帰ってきて」願いもむなしく――。
 自殺した少年自身も、集団リンチの加害者であると同時に、いじめの被害者でもあったといいます。


 以前に「報道が助長する事件連鎖」という記事を書きました。
 それにコメントを寄せてくださったgigababaさんとのやりとりのなかで、わたしは下記のように述べていました。(同記事のコメント欄参照)
◆「いじめをなくそう」っていうスローガンがあまりにも強すぎる状況下って、すごい危ない気がする。
親も教師も疑心暗鬼になって、お互いを監視する。また子どもたちも監視下に置かれる。
そんなの健全な教育環境とはとてもじゃないけれどいえないよね。

 これについて書こうと思いながら書いていなかったんだけれど――報道がいじめの連鎖を助長していることを問題視していて、わたしがブログに書くことも、(不本意ながらも)それとおなじことなのではないか? と思えてきたために控えていました。本質が異なると気付くことができ、いま書いています――、この事件が起きて「あぁ恐れていたことが……」と、いま筆を走らせています。


「いじめをなくそう」というスローガンが、過度に強すぎる状況下というのは、非常に危険です。
 理由は、代表的なものを挙げると3つ。


 ひとつは、学校・教師による、いじめの事実の隠蔽を加速させてしまう危険性
 いじめが発覚した場合、その事実は担任教師ひいては学校の評価に直接的に響きます。「いじめをなくそう」というスローガンが強すぎると、その影響はより大きなものとなり、それにしたがって、自身の保身に走る教師・学校が増加する恐れがあります。
 それがいじめの隠蔽を加速させる危険性はないでしょうか。

 いじめの事実を隠蔽した学校の校長が自殺をしたという事件がありましたが、これも一例だとわたしは考えています。


 また、隠蔽は教師・学校だけによるものではありません。
 当事者である子どもたちにも及びます。

 子どもたちは、教師や親に「バレないように」、より見えにくい、狡猾な手段でいじめを行うようになるでしょう。


 ふたつめは、先述のコメントにも書いたように、親や教師が疑心暗鬼になって、お互いを監視する。子どもたちは厳重な監視下に置かれる。
 このような環境が、健全な教育環境であるといえるでしょうか。

 そういった監視されるストレスが、さらに子どもたちをいじめに向かわせる要因となりえはしないでしょうか。

 子どもを持つ友人から聞いたことですが、いまはお友だちのことを「さん」づけで呼ぶように指導している小学校もあるといいます。
 ニックネーム禁止なんです。いじめの種になるからと。

 たしかに一理ありますが、しかしながら滑稽だと思いませんか。
 ニックネームは個性を表すものでもあります。それが剥奪されているというのは。


 最後に。
 今回の事件以前から、「いじめたこと、ありますか?」という記事で、お寄せいただいたコメントに、下記のように答えたり、いろいろなところで発言してきたことでもあるけれど、
◆いじめ加害者への出校停止処分などについて、加害者が元被害者である場合もたぶんにあるし、加害者集団のあいだにも力関係があって、いじめたくなくても逆らえない子とか、そういった個々の汲むべき事情が見落とされはしないかと危惧していたんですね。
 
いじめは「加害者」「被害者」と簡単に二分化してしまえるようなものではない。事実はもっと複雑で、集団の力関係というものを慎重に見ていく必要がある。

 一時期「体罰」が社会問題になって、教師はいかなる場合であっても、生徒に手をあげてはならないと、まるで指一本触れるにも神経を過敏にとがらせまくる風潮ができあがってしまったけれど、それが学級崩壊、教師の指導力不足(という言い方をされる)など、別の問題を生み出したと、わたしは考えています
(わたしは“場合によっては「指導の範囲の体罰」は必要だ”という考えです。)

 それとおなじで、「いじめをなくそう」というスローガンを、あまりにも強くしすぎると、また別の新たな問題を生み出しかねない。そう危惧しています。

 なお「報道が助長する事件連鎖」でも、下記のように書きましたが、
◆いじめを防ぐことと、自殺を防ぐこととは別問題。
 対策も異なります。これらを混同してはいけない。

 いじめは悲惨なことです。
 しかし自殺の悲惨さは(比べられるものではありませんが、あえて言うなれば)いじめを防ぐこともだけれど、まずは自殺を防ぐことのほうが先決なのではないでしょうか。

 いじめなり、親や教師からの叱責なり、強いストレスなり、なにかことが起きたときに、そこに安易に「自殺」という文字が、選択肢としてある
 これは心理学や精神医学の面から見ても非常に危険な精神構造です。

 まず、「負の出来事」→「自殺」という直結、ここを早急に断ち切らなければ。


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求人の年齢制限を禁止。フリーターの雇用促進目指す

求人の年齢制限を禁止へ=フリーター対策で与党協議会が合意

 自民、公明両党は24日、雇用問題についての実務者協議会を開き、企業が労働者を募集・採用する際の年齢制限を禁止することで合意した。安倍政権が掲げる再チャレンジ支援策の一環として、就職氷河期に就職できなかった年長フリーターや団塊世代など中高年の就労を促進するのが狙い。

 現在の雇用対策法は企業に対し、労働者の年齢にかかわりなく均等な機会を与えることを努力義務として課しているだけ。この緩やかな規定が新卒者以外の就職の障害になっているとして、協議会の結果を受けて両党は、年齢制限撤廃の義務付けを通常国会に提出予定の同法改正案に盛り込むよう政府に調整を要請した。ただ、違反に対する罰則は設けない方向だ。

(時事通信社 - 2007年01月24日 21:10)


 就職氷河期に就職できなかった20代後半~30代のフリーターや、中高年の雇用を促進することを目的として、求人の年齢制限を禁止する方向へと向かっています。

 もちろん喜ばしいことなのですが、ただ、この問題点は、女性の雇用とおなじで、表面上の応募資格と実質的な応募資格との溝です。
 本当は男性を対象とした求人であるにもかかわらず、それが明示されないために、無駄足を踏むことになってしまった女性というのが多くいたし、いまも確実にいます。

 わたしはリクルートグループにいたのでわかるけれど、「求人と言えばココ!」の同社が扱う広告の表現などの基準は非常にシビア。
 今回の雇用対策法の改正が施行されれば、同社の求人広告から、年齢の記載は徹底的になくされるでしょう。


 男女雇用機会均等法については、女性を雇用するメリット、あるいはメリットとまでは言わずとも、すくなくともデメリットではないな、という点に、企業が気付きはじめたことで、徐々に表面上の応募資格と実質的な応募資格の溝は埋まっていったように思えます。

 たとえば、女性の雇用に積極的な企業、女性管理職率の高い企業は、企業イメージの向上に成功しています。株価にもいい影響を及ぼしているでしょう。


 20代後半~30代のフリーターや、中高年の場合、彼らを雇うメリットが企業側になくてはならない。
 低賃金の労働力。これだけでは不十分。


 わたしは常々「元フリーターの経営者」として、フリーターの意識向上を!、と声高に叫んできたし、それが企業側の意識を変えることにもつながり、ひいては企業とフリーターのあいだに好循環を生むと論じてきました。

 このあたり、これまで以上に本気で取り組みたい

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歯科医兄妹・遺体切断事件に見る「後継者」問題と、夢を追うことのできる「自由」

 東京都渋谷区の歯科医宅で長女の短大生の切断遺体が見つかった事件で、次兄の予備校生、武藤勇貴容疑者=死体損壊容疑で逮捕=が「歯科医になるのは人のまねだ、と言われ怒りが爆発した」と供述していることが新たにわかりました。すでに公表されてはいますが、被害者の実名を伏せるのはわたしの信念です)

 被害者と加害者のあいだになにがあったのか、事実を知るのは加害者しかいないわけで、ここでは供述の真偽は置いておくとして……。


 この供述を聞いて、ふと思い起こしたことがあります。

 USEN代表取締役社長、宇野康秀さんが、以前にインタビューでおっしゃっていたことです。
 宇野社長は、ご経歴を見ればわかるとおり、USEN創業者の次男。
 といっても、大学卒業後にそのままストレートにあとを継いだのではなく、リクルートコスモス(現コスモスイニシア)に1年在籍したのち、25歳でインテリジェンス(人材派遣業)を興し、代表取締役に就任、といった経歴をたどっています。

 そんな宇野社長。自らの子ども時代を振り返ってこう語っていらっしゃいます。
*****************************
 大阪有線がどんな仕事なのかをはっきり認識したのは、たぶん小学校1年生か2年生くらいですかね。母親と一緒に“有線放送大賞”に行って、それで「あぁ、有線ってこういうことやってるんだぁ」って思ったのを覚えています。

* * *

 まぁ、例え中学生でも子供ながらに親の後を継ぐのか継がないのかとか、そんなことは意識しはじめますよね。
 親が会社をやっていて、自分は次男で、自分はどうするんだろうということは考えていました。
 ただ自分は二代目の経営者として後を継ぐとか、そういう選択をしたくないっていうのが強かったものですから。じゃあ自分で独立して自分で事業家にならなきゃいけないな、と思ったんでしょうね。

* * *

 親はどうなれとかそういうのは一切言いませんでしたね。
 ただ周りが子供に対して言うじゃないですか。「大きくなったら、お父さんの会社に入って一緒に頑張んなきゃね」とか「いずれは社長よね」みたいな(笑)。
 そんなことを言われるのがすごい嫌で。それに対する反骨心みたいなものが強かったのかもしれないです。
*****************************

 これを聞いたときに、「あ、わかる」と思ったんです(おこがましくも、、、)

 なにがわかるのかというと、わたしの父も経営者なんです。父の兄弟で会社を興していて。
 で、ウチは二人姉弟で、わたしが長女、5歳下の弟が長男なんですね。

 わたしは、まえ別のブログでも書いているけれど、
「この父の娘として生まれていなかったら、わたしはいまの生き方を選んでいなかっただろう」と思っています。
 いまの生き方というのは、フリーランスとして独立したのち、会社を興こす、経営するという生き方
 世でいうところの「雇われない生き方」というやつだろうけれど、これに対してはわたしは「独立も起業も単なる手段であって目的ではない」という考え方なので、抵抗があるというか一言二言あるわけですが、まぁそれは別の機会に……ということで。

 ただ、その目的を果たすための手段として、「独立・起業」という選択肢が、おそらくまわりのひとたちよりも、すんなりと、割と自然なこととして自分のなかにあったようには思っているんですね。

 わたしも子どものころ、父の仕事場に連れて行ってもらうことがあったし、建設業という仕事柄、父の手がけた仕事、その結果を「建設物」という目に見えるかたちで見ることもできて。
 親にそんな意識はなかっただろうけれど、こうして幼いころに父の働く姿、仕事を見せてもらえたのは、わたしという人間の職業意識を成長させるのに、大きく貢献(笑)してくれたと思います。


 ウチも宇野社長のところとおなじく、親はあとを継げとか継ぐなとか、そういったことを云々言うひとではありませんでした。
 ただ、これまた宇野社長とおなじく、まわりの大人たちは「大きくなったらお父さんの会社で云々」「次期○長云々」みたいなことを言ってくるわけですよね、わたしにも弟にも。友だちにも言われてたし、子どもだからね(笑)

 それがいやで宇野社長は「反骨の精神があった」「そのまま親のあとを継ぐという選択をしたくなかった」と語っています。
 また「次男の自分はどうするんだろう」という思いが漠然とあったとも。

 このあたりがキーなんだけれども、わたしも「親の七光り呼ばわりはされたくない!」って中学生ごろに漠然と思っていたし、「父には絶対に勝てない」という偉大な父への畏怖にも似た念があったから、「父とは違う土俵で勝負する」って思いが強くなっていったんですね。
(結果、その土俵が、本を書くこと、出版することになるわけだけれども)


 あとね、正直な話、「自分は女の子だからな」ってあきらめにも似た思いがあったんです。
 建設業だし、父の会社に仮に入らせてもらうことがあったとしても、女性である自分にやれることには限界があるのでは? と。
 だから、もしあとをつぐということがあるのならば、候補者はわたしではなく、男の子である弟だと。自分のなかで、勝手に結論づけた。

 そのあきらめの気持ちが、実は、とってもラッキーなことだったんですよ。

「あきらめ」という“仮面”を借りて、わたしは「自由」を手にした。


 後継者候補から自分を勝手にはずす「自由」。
 自分の好きなことを見つけて。
 自分のやりたいことを見つけて。
 夢に向かってまい進する「自由」。


 ここで、冒頭の歯科医師宅の兄妹の殺害・遺体損壊事件に戻って考えてみましょう。

(女の子である)妹=被害者には、その自由があった自由を手にした(おそらく「自分の力で手にしたのだ」という自負が強くあったのでは?)。
 家業の後継者候補から自分をはずす自由。自分の好きなことを見つける自由。やりたいことを見つける自由。夢に向かってまい進する自由。

 一方、加害者となった次男。宇野社長も「次男の自分はどうするんだろう」と漠然と中学生のころに思ったというけれど、次男という立場は、やはり後継云々という問題においては「自分はどうなるんだろう、どうすればいいのだろう」といった迷いや葛藤に、すくなからず駆られざるをえない立場にあると思うのです。
 実際にこの加害者の兄である長男は、順調に歯科医=あとを継ぐ方向に向かっていたのだし、なおさらでしょう。(次男は母方の歯科を継ごうとしていたとか)


 親が口にしなくても、子どもって、「後継ぎ」ということについて、自ら幼いころから、なんとなくではあるけれど、子どもなりに考えているものなんですよね。

 被害者は、たまたまそこから自由になれただけ。女の子に生まれたという、偶発的なラッキーもあったけれど、彼女自身の力でもある。彼女自身が好きなことを見つけて、それにまい進した。ラッキー・彼女の力、いずれもそれだけではない。

 一方、加害者は、迷いのなかからも、そこを目指すことに決めた。拘束されていたとまではいわないが、自分で見えない拘束縄で縛っていた・縛られていたのではないかなとは思う。

「歯科医になることが人まねだ」と被害者である妹に言われたのが事実か否かは定かではありませんが、すくなくとも供述で加害者がそう述べたということは、仮に言われていなかったとしても、そう思われているようにかんじていたなど、とにかく、その言葉が、彼にとっての触れられたくない「NGワード」であったということはうかがえるでしょう。

「NGワード」はコンプレックスを示唆するものです。
「人まね」=親の七光り、兄のフォロアー、というようなところは、次男である加害者の一番触れられたくない部分でしょう。


 とはいえ、わたしは加害者を擁護するわけでもありません。
 この事件はさまざまな観点から考察でき、社会的な意味があるものです。
 そのひとつの観点として、後継者とそこから自由になることという点から考えてみました。
 経営者の娘として。また、子をもつ経営者として。


この文は、一般的に女の子よりも男の子のほう、こと長男が家を継いでいく、という現代日本の風潮に倣って書いただけです。わたし個人は、男系後継をよしとは決して思っているわけではありません)

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ウォークマンさる大往生(本をつくらせていただいたことあります)

07bjirou
 ウォークマンのおさるさんこと初代チョロ松くん、亡くなっちゃいましたね……。

 なぜこの話題をこのブログで取り上げたかというと、実はチョロ松くんの調教師である村﨑五郎さんと師弟関係にある、村﨑太郎さんのご著書の編集をお手伝いさせていただいたことがあるんです。そのご縁で取り上げました。

ありがとう! 次郎」(ダイヤモンド社

 さるまわしの村﨑太郎さんが、二代目次郎くんと歩んだ14年間の軌跡を追ったもので、次郎さんの目線から書かれている本です。かわいい写真も満載!
 動物と人間という枠を越えた、親子関係にも似たコンビの心のふれあいを描いた笑いあり、涙ありの一冊です。
 小学校高学年から読めます。

 次郎くんの死の場面の描写では、わたしも編集しながら、村﨑さんのお話をうかがいながら、思わず目頭が熱くなってしまったほど、、、

 だから、今回のチョロ松くんの死も……なんだか……村﨑五郎さんのご心中を思うとね……。

 日本中のお茶の間に、ほんわかとした笑顔を広げさせてくれた、ウォークマンのCM。チョロ松くん。安らかにおやすみください。


 そーいえばこの本つくったのって、出版社常勤をやめて、まだいまの会社も興すまえ。フリーランスになったばかりの駆け出しの駆け出しのころだわ、、
 ここまでこれたのも、ひとえに、わたしを信頼してお任せくださったり、つらいときにご支援くださったり、支えてくださった、見守ってきてくださった、みなさまのおかげ……としみじみ。
 ご縁をいただきましたみなさまに、いつもいつも感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございます!!

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自殺対策(1)◆報道が助長する事件連鎖

 いじめ自殺の連鎖。
 連日の報道が引き金になっているのではないかという批判も多くあります。

 いま、なにが危険かというと「いじめ+自殺」がセットになっていることです。
 これはいじめに遭っている子どもたちに「自分の置かれている状況は、自ら命を絶っても仕方のない状況なのだ」というメッセージ性をもって受け止められてしまうのです。

 1980年代のオーストリアでは、自殺が相次いでいたそうです。開通したばかりの地下鉄へ飛び込むという方法で。
 連日、自殺の話題は報道され、それによって拡大していることが明らかでした。

 それに対し、精神科医らがメディアに向けて、報道の仕方のガイドラインを提案。主に以下のような内容でした。
・自殺手段を報道しない
・遺書、自殺の動機を報道しない
・自殺者を英雄視するような表現を避ける など
 いまでは、オーストリアの自殺者数は当時の約60%にまで減っているそうです。(もちろん、そのことだけが影響しているわけではなく、ほかにも要因はあるでしょうが)

 なにか事件が起きたときに、それが連鎖していくという現象はよく見られることです。犯罪だってそう。模倣犯、愉快犯というのもいますが、今回のいじめ自殺の連鎖と似たメカニズムで連鎖しているものもあると、わたしは考えています。

 たとえば、下関駅、池袋サンシャイン通りなどの通り魔殺人事件。
 犯罪者の生い立ちや事件背景が語られるにつれ、「自分のような人間は、こんなことをしでかしても仕方のない人間なんだ」と。

 また犯罪者や自殺者は、その予備軍にとって、「事を成し遂げたヒーロー」のような存在となってしまいうるのです。

 とはいえ、もちろん、報道することの意味は、こういった負の側面だけではありません。そのことは忘れないでほしいと思います。

ちなみにちなむと……
※いじめを防ぐことと、自殺を防ぐこととは別問題。
 対策も異なります。これらを混同してはいけない。

※いじめによる殺人があったことも知ってください!
山形県明倫中学校マット死事件

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いじめにまつわる体験を話して!

「いじめをなくすには子どもたちにどのように教えていけばよいのか」
 いまそんなふうに悩んでいる親や教師は多いことだろう。

 わたしは思う。
「いじめを“なくそう”と“教える”」姿勢では良策は出てこないのではないかと。

 まず大人たちにはよく思い出してほしい。
 自分自身、いじめにまつわる実体験はなかったか。
 子どものころ(否、大人になってからですら)、ひとをいじめたことはなかったか。いじめられたことはなかったか。周囲にいじめが起きていたことはなかったか。
 そのときの自分の心境。行動。
 そして、そのことを振り返って、いまどう思うか。

 それを子どもたちに語ってほしい。“教える”のではない。
 リアルな実体験から出た言葉、話というのは、どんな道徳思想や抽象論にも勝って、子どもたちの心に響くはずである。

 どんな立場にせよ、いじめに一切関わらずに生きてきたひとというのは皆無といっても過言ではないのではないか。であれば、その体験を語ってあげること、そこから自らが学んだことを子どもたちに伝えることのできる大人はとても多いはずだ。

 またそれほどにいじめは子ども社会はもとより、大人社会にも存在するもの。
 だから「いじめを“なくそう”」と考えるというよりも、「いじめは厳然としてあるものだ」という前提に立ち、かといって「なくすことはできない」という無力感を抱くのではなく、防止策を考えていく。そのほうが、より現実的だろう。

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いじめたこと、ありますか?

 いじめ問題について、筆を執るまえに、まずこのことを述べておかなければならない。

 わたしにはいじめた経験といじめられた経験、その両方がある。
 ここでは、あえて「いじめた経験」、つまりは加害者としての体験を告白したい。

 自分がいじめの対象となったとき。
 自分がいじめられていると認めるのが悔しくて、自分が嫌われていると認めるのが苦痛で、わたしは「いじめをいじめと思わず」抗った。

 一方、自分がひとをいじめたとき。
 いじめの手法の参考とされるのを防ぐため、具体的な内容は書くことを避けるが、わたしは自分の犯してしまっている過ちに対して、まったくもって無自覚だった。「これはいじめだ」ということに気付いていなかったのである。

 では、いつ「いじめている自分」に気付くことができたのか。

 その子が、いよいよ学校に来られなくなってしまってから、だった。その状況にまで追い詰めてしまい、わたしたちの行っていたいじめが、被害者の子のご両親と担任の先生の知るところとなって、先生に呼び出されてはじめて、だったのだ。
 否、先生に呼び出されたときでさえも信じられなかった。自分で自分のしたことが。いや、自分のした行為はわかっている。けれども、それによって、その子を学校に来られなくなるまで追い詰めてしまったということが信じられずにいた。「いじめ」という感覚がまるで欠落していたのである。
 小学校の中学年であったが、未熟さゆえに、いじめという自覚がなかった。自覚がないがゆえの悪質さがあったと、いま思う。

 そして、自分がいじめてしまった、という事実に大きなショックを受けていた。
 もちろん、いじめられていた子の受けた苦痛の比ではない。比べようもない。
 しかし、わたしにとって「自分が(その意識はなかったとはいえ、結果として)いじめてしまっていた」という事実は精神的なダメージとなっていた。

 これまで、自分がいじめられたこと(「いじめと思っていないいじめ」)についてであったり、なにをされてどう反撃したかとか、弟がいじめに遭ったときに割って入ったこととかは、割とひとに話してきたように思う。

 だけど、いじめたことについては、話したことはあるが、そう積極的には口にしてこなかったように思う。

 なぜか。それは、とても恥ずべきことだからだ。恥ずかしい自分、ふたをしてしまいたい自分、許せない自分。汚い自分。ひとさまに晒したくない自分。

 そんな自分をいまここに告白しました。意味なく行ったことではありません。

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教室内の力関係に迎合する教師――福岡のいじめ自殺事件に思う

 教室内には力関係があります。児童・生徒同士のあいだの力関係です。

 わたしが小中学生だったころ、この教室内の力関係に迎合する先生というのがいたことを思い出します。こと、小学校高学年~中学生くらいのころ。数人の先生の顔がはっきりとよみがえります――いじめに加担する姿とともに。

 おそらく、彼らは「いじめに加担していた」自覚はなかったでしょう。「ちょっと“ノリ”でからかった“だけ”つもりだった」のではないでしょうか。そう、福岡のいじめ自殺事件の教師が言ったのと同様に。

 教師という職業には、子どもたちからの人気が必要。特に教室内の力関係において強者に属する子どもたちからの人気。
 でないと、「先生」としての位置づけが危うくなってしまう。

 こんな弱さからくる恐れがあったのではないかと推察します。

 受験戦争→学校より塾。
 体罰が問題視され、タブーとなった。
 少子化→親が過保護に。
 学級崩壊。
 「教師」という職業が聖職として見られなくなった。

 簡単に挙げましたが、これらのことと、教師が教室内の力関係に迎合することとのあいだに、まったく関わりがないとは、わたしには思えないのです。

 もちろん、教師をかばうわけではありません。ただ、教師が教室内の力関係に迎合せざるをえない状況というのもありうるのではないかと思うのです。
 教室内の力関係に迎合せざるをえない状況がなくても、そういうことをやる教師もいます。また、迎合せざるをえない状況があったからといって、それが許されるわけでもありません。

 根本から議論しようとするならば、「いじめ」という一点にだけ焦点を当てていては、まだまだ不足なのではないかと考えるのです。

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新聞やテレビでは報道されない真実<社会復帰NPO施設で男性死亡 「しごかないと治らぬ」/アイ・メンタルスクール事件>

 全国に衝撃を与えた事件なので、ほとんどの方が、すでにご存知でしょう。
 名古屋市の社会復帰施設と自称していたNPO法人「アイ・メンタルスクール」に入寮していた男性の逮捕監禁致死事件。(わたしも、即、このブログで取り上げようとしていたのですが、健康上の理由により、なかなか手付かずの状況でした)

 実は、本事件の取材を、弊社の者(わたしのパートナー)の友人である新聞社社会部の報道記者が担当しています。
 その足で追って、その目で見て、その耳で聞いてきた記者でこそ知りえた、貴重なお話をうかがうことができました。(もちろん、守秘義務に反さない範囲でですよー)

 ですので、全国紙やテレビでは取り上げられなかった続報、より詳細な生の情報を含めて、お伝えしたいと思います。

 この事件を風化させないためにも。この事件を、より多くのひとたちに考察してもらうことで、日本社会が学ぶべきこと、認識すべきことを、広く散布するためにも。

 なによりも、この社会の歪みによって、奪われてしまった彼の貴い命を無にしないためにも。

 まずは、本件の第一報から。

社会復帰NPO施設で男性死亡 「しごかないと治らぬ」

2006年 5月 3日 (水) 09:33

 名古屋市のNPO法人「アイ・メンタルスクール」に入寮していた男性(26)が、手足に多くの傷を負って死亡した事件が波紋を広げている。同スクールは、引きこもりや家庭内暴力などで行き場のない人たちの社会復帰を促すことが目的だが、退寮者が相次いでいる。愛知県警は、男性が入寮当初から手錠や鎖などの拘束具で監禁状態にあったとみて、逮捕監禁致死容疑で捜査を進めている。

 男性が自室でぐったりしているのを、職員が見つけたのは4月18日午前8時ごろ。職員らが車で病院に運んだが、午前9時10分に心肺停止が確認された。

 施設側の説明によると、男性は家庭内暴力などで、同月14日に入寮したが、暴れることがあったことから、手錠や鎖で拘束していた。前夜にも暴れたため、職員が抑えたという。

 

同スクールは、愛知県内で親族と学習塾を経営していた杉浦昌子代表理事(49)が91年に立ち上げた。名古屋市東区に本部事務所を置き、同市北区に寮を開設している。事件当時の入寮者数は10~40代の男女約70人だったが、50人程度まで減っているという。

 

ホームページによると、寮は1カ月13万円。社会にうまく適応できない人たちを主に預かり、更生させるとしている。関係者の話では、寮では自炊生活をしており、人によってはアルバイトをしている。「働かざる者は食うべからず」と、仕事を紹介して自ら生活費を稼ぐよう指導しているという。

 杉浦代表によると、入寮者は、家庭内暴力をふるったことがある人が少なくないという。

 市民団体の会合に4年前に招かれた杉浦代表は「鉄工所で働いたり、チラシ配りをしたりして、社会復帰をした人もいる。引きこもりは甘え、怠けの結果。しごいてやらないと治らない」などと話したという。

 一方、こうした手法に対し、「深夜までアルバイトをさせられた」といった苦情も、入寮経験者や親から出ていた。

 東京のNPO法人青少年自立援助センターの推計ではこうした施設は全国に100カ所ほど。18歳以上は児童福祉法に基づく保護制度は適用されない。家庭内暴力などで親にとっては「手に負えない」成人を受け入れる公的な制度はなく、民間施設以外には行き場がないのが現状だ。
出典:asahi.com

 このように、「働かざる者は食うべからず」「引きこもりは甘え、怠けの結果。しごいてやらないと治らない」という持論に基づき、杉浦昌子容疑者ならびに「アイ・メンタルスクール」は運営されていました。

 ひきこもりには、ひきこもるだけの理由があるはずです。それも個々の理由が。
 なかには、甘えた人間もいたかも知れませんが、基本的に、杉浦昌子容疑者の論ずるところは、大きな誤りであると、わたしは断言します。

 そんな“ひきこもりにならざるをえなかった”ひとたちの、個々の背景を見ようともせず、画一的で時代錯誤な暴論に基づいておいて、なにが『社会復帰NPO施設』だと。笑わせるなと。(一見すると、先般、反省の色のまるでないままに釈放されてきた戸塚ヨットスクールを髣髴とさせられるようだが、その本質は、まったくもって異なるものです。)

 以下、続報の連載です。
 ぜひとも、リンク先をクリックしてご覧ください。写真や図版もあります。
写真の無断転載は著作権侵害に値するのと、図版は作成して掲載したいところですが、あいにく、現在、実家でロースペックなマシンしか持ち帰っていないという理由で。全文引用をしたいところですが、あいにく、それも著作権侵害に値しますので、以下、記事に私見を交えた要約にてお書きいたします。)

 取材にあたった記者によれば、当然ながら、職員は口を開きたがらない。そこで、朝、バイト先へ自転車で向かう入寮生を、話しかけながら、走って追いかけたといいます。
 しかし、入寮生とのコミュニケーションは困難なものだった。毎朝4キロ走り続けて、都合30人くらいにあたって、話ができたのは、わずか3人だったとのこと。(あらためて、本件は、物言えぬ弱者への暴行であったと、わたしはかんじた。)
 それでも、施設や家族らの抱える悲惨な実体が浮き彫りになったという……。

【自立支援の迷路-アイ・メンタル事件】(上)
入寮先は「カギ部屋」

2006年05月09日

【自立支援の迷路-アイ・メンタル事件】(中)
「居場所ない」すがる親子

2006年05月10日

【自立支援の迷路-アイ・メンタル事件】(下)
長引く「困難」受け皿なく

2006年05月11日

<記事要約+私見>
“彼”が死に至るまで
 2006年4月14日。ひきこもり自立支援施設を名乗る「アイ・メンタルスクール」に、両手を縛られた男性(26)が、職員に抱きかかえられて連れ込まれる。彼こそが、後に、この残虐な事件により、命を失った犠牲者となる男性だった。

 彼は、上半身裸、内出血で身体中が紫色になってしまっている状態。手首からひじにかけて、無数の傷。出血、出血、出血……。
 職員らが包帯を巻こうとするも、男性は痛みに耐えかね、身体を激しく動かす。それに対し、頭と足を持ったり、馬乗りになったりして押さえつける職員たち。
 苦痛に暴れる男性を押さえつけることを、入寮者も手伝わされた。心中に、自分もおなじように「『拉致』されてきた」彼への思いを秘めたまま。 

同スクール代表理事の杉浦昌子容疑者は、冷たくこう言い放つ。

「こういうことはみんなが経験した方がいい」

 その『拉致』されてきた男性は、やがて、腹に鎖を巻かれて、1階の柱にくくりつけられた。眠るときでさえ、鎖は巻かれたまま。トイレにも行かせてもらえない。おむつのなかに用を足す。

 食事には、ほとんど手をつけず、ただひたすら「鎖を外してくれ」と訴え続けていた。
 その叫びは、施設内にむなしく響く。だれの耳にも、否、だれの心にも、彼のその心の叫びは届かない。だれもたすけてくれない。

 入寮者たちは、どんな気持ちであったろうか。

 4日後の18日朝。男性はぐったりとし病院に運ばれたが、間もなく亡くなった。

 杉浦容疑者は、こう嘯いていた――「男性は、自傷行為があったほか、寮でもずっと暴れていた。食事は十分に与えたが、毒が入っていると言って吐き出された」

 真相を知っているのは、果たして――。

「アイ・メンタルスクール」での生活とは?
 男性がいた1階にある2部屋を、杉浦容疑者らは「大部屋」と称していたという。

 県警によれば、事件当時の入寮者64人のうち男性21人、女性8人の計29人が、ここで寝起きしていた。

「集団生活を通してコミュニケーションの楽しさを学び、ひきこもりから脱する一歩を体得させる」――そんなふれこみだった。

 しかし、入寮者との認識には、大きな溝があった。

 杉浦容疑者らが「大部屋」と称するそこは、入寮者らにとっては「カギ部屋」。
 一日中施錠された2枚のドアで、他の部屋から隔てられ、外出が禁止されていたからだ。

「各自で自炊する」と、公称していた食事。その実体はというと、入寮者は米を炊くだけ。おかずはサンマやサバなどの缶詰か、ハンバーグやカレーといったレトルト食品を1食に1品与えられるのみだったという。

 2、3階は個室。個室の入寮者には、外出が認可され、ほとんどがアルバイトをしていた。

 寮生がアルバイトで得た給料は、職員が管理。そのうち、週に2000円~5000円程度だけが、当人のものとして与えられる。

 カギ部屋で暮らす入寮者は、杉浦容疑者の主観と独断で、生活態度を評価。すると、飲食店などのアルバイト先が紹介される。辞めずに続ければ、個室へ移ることができるということを餌にしていたのだ。

 入寮者は、原則として1階から生活をはじめる。親の依頼を受け、本人の意思に反して、カギ部屋に強引に連れ込まれるひともいる。
 死亡した彼もそうだった。

杉浦昌子容疑者の人物像とは?
 驚くべきことに、杉浦昌子容疑者は「熱血カウンセラー」「行動派カウンセラー」として知られた存在だった。今年2月には、子どもたちのさまざまな問題をとりあげた民放の討論番組にも出演している。

 若いころは、姉とともに、愛知県内で補習学習塾を経営。その塾で、不登校などの相談を受けるようになり、カウンセリングを始めたという。

 91年、アイ・メンタルスクールを設立。20代の職員を補助者に使いながら、ひきこもりや不登校に悩む本人や、親の相談に応じてきたという。長年の経験をもとに、カウンセリングした事例は2000件を超すという。

 杉浦代表はこれまで、本人が入寮に強い抵抗を示しても、家から強引に連れ出す手法をとってきた。

「私はときに屈強なひとの助けを借りて家から寮、または病院に連れ出す方法もとる」と著書で述べ、自らあえて『拉致』と表現している。

 こうした手法について、自著では、家庭内暴力など深刻な事態になっている場合、「『本人がその気になるまで待ちましょう』と、悠長なことは言えるわけがない」と正当な手段であることを強調。

 また、同書では「精神科医や評論家からすれば、誠に無手勝流の蛮行に思える指導の仕方も、なかにはあるだろう」とも語っている。

ひきこもりや家庭内暴力に悩む家族の行き場は?
 アイ・メンタルスクールの寮にはいまも40人近くが暮らしている。
 県警によると、被害者の男性が死亡し、捜査が始まると、家族に引き取られるなどして20数人が退寮。しかし、5月8日現在、なお40人弱が、施設内に残されているのだ。

 県警は、入寮者の家族と連絡をとるも、引き取りに応じない家族もいた。いったん退寮したものの、「施設に戻れ」と追い返されたひともいるという。

 ひきこもりや家庭内暴力を振るうひとで、18歳以上となると、受け入れる公的施設はなく、他の民間施設に移るのも容易ではないのが現状だ。

 しかし、年齢や体格、身体的な力の差を考えても、圧倒的に、子どもの方が強いのは自明。

 殴る。ける。家具を壊す。『親殺し』『一家心中』――そんな新聞記事を見るたびに怯える親たちも多いだろう。「次はうちかも知れない」

ひきこもりや家庭内暴力に悩む家族の現在の実情
 ひきこもりの子を持つ親の会のひとつ、愛知県江南市の「なでしこの会」代表の伊藤進さん(70)。大学の研究者らでつくる「ひきこもり家族調査委員会」のアンケートに目を通す。

 回答を寄せた約600世帯のうち、ひきこもりをしているひとの半数が30歳以上。ひきこもり期間が、10年以上にわたるひとも4割近い。ひきこもりは、年齢が高くなり、長期化するほど立ち直る道は狭まってしまうもの。

 厚生労働省の推計では、ひきこもりを抱える世帯は02年度に、全国で41万世帯。
 親の会の間には、総数160万人とする推計もある。
 しかし、これらは、あくまでも推計である。

 子どものうちは、児童福祉法の保護対象となるが、18歳以上の『大人』に行政がさしのべる手だてはないに等しい。

 また、厚生労働省精神・障害保健課は、支援施設の実態を把握していない。

 ひきこもりは、医療や福祉の谷間に置き去りにされてきたのだ。

 したがって、ひきこもりや家庭内暴力に悩む親たちには、実質的な行き場がないのが現状だ。

 保健所、行政機関、親の会など、どこに相談しても、具体的な対策は教えてもらえない。病院の精神科に行くと投薬されるだけ。

 前出の「ひきこもり家族調査委員会」のアンケートの報告書によれば、親の3割は医師やカウンセラー、公的機関に相談したことがなかった。「費用がかかる」「どこに相談すればいいのかわからない」
 相談を思い立っても、受け皿は十分ではないのだ。

 国立精神・神経センターの研究者らは、00~02年度に各地の行政関係の窓口を調べた。
 「ひきこもりを支援するうえでどれだけ困難感があるか」との問いに、全国の保健所の約7割が「かなり困難」と答えた。「困難なく対応できる」としたのは1%ほどしかない。

 よって、こういった家庭には、アイ・メンタルスクールのような民間の施設に頼るほか、道は残されていないに等しいのだ。

「自立支援に教科書はない」
 東京都福生市で三つの寮を運営するNPO法人「青少年自立援助センター」の理事長、工藤定次さん(55)は、知人らと全国の入所型施設を調べ、生活ぶりなどを紹介する本を03年に出した。

 インターネットなどで当時把握できたのは79施設。「今は100カ所程度はあるだろう」と推測する。それぞれが、それぞれのやり方で入所者と接していた。

 約30年の経験がある工藤定次さんも、手探りしながら多くの人たちと向き合ってきた。「自立支援に教科書はない」からだ。

「なかで何をやっているのかわからない現状では、いつかどこかでこういう事件が起きると思っていた」

 それだけに、工藤定次さんは力をこめて言う。

 「情報を共有できるような風通しのいい環境をつくり、互いの経験をやりとりしていきたい」

子どもと正面から向き合わず、安易に民間施設を頼る親
 なかには、こんな親もいる。
 不登校気味の中学生息子を、民間施設入寮させたいという。施設の職員が結論を急がないよう勧めると、母親は言った。
「子どもが学校に行っていないのでは、世間体が悪くて私が困る」

 自分の手に負えなくなると、他の道を考えず、「面倒見のいい」施設に飛びつく。
逃げているのだ。子どもと正面から向き合うことから。そこに大きな落とし穴があること、ことの本質があることに気付くこともなく。

 愛知県の市民団体「子どもの権利を考える会」の共同代表、永野千津さん(49)も、別の親から同様の相談を受け、安易な入寮に反対した。

 テレビやインターネットで、成功例ばかり紹介される『ひきこもりビジネス』に危機感を感じる。「親の弱みにつけ込むやり方だ」と手厳しい。

 親が正面から、自分と向き合ってくれること。体当たりでもいいから、逃げないこと。

 それこそを、ひきこもりのひとたちや家庭内暴力を振るうひとたちは求めているのではないか。
 それに早期に気付くべきは、親自身なのではないか。(しかし、気付いたときには、時、すでに遅しであることが多い……。)

 わたしは、そう考える。

家庭という密室、施設という密室の狭間で
 フリースクールのガイド本を発行する田口教育研究所(東京)の所長、田口正敏さん(51)は、杉浦容疑者について、複雑な心中を告白する。

 今回の犯罪行為を認めるわけではない。だが、別の思いもぬぐえない。

「亡くなった男性にしても、もし彼女が入寮を断ったら、一体誰が面倒をみたのか」

●精神科医・学者らの話
▽適切な知識なく受け入れ
「社会的ひきこもり」の著者で精神科医の斎藤環さんの話》 事件は、引きこもりに関する適切な知識やまっとうな方法論を持たないまま、力量以上に対応困難な人を受け入れようとした結果だ。引きこもりの社会復帰に必要なことは、最初の一歩として本人の自発性を待つことだ。だが、この施設は、強制的な介入で本人の自尊心を破壊し、そのうえで若者の「怠け心」を治療しようという発想をしていた。こうした間違った考えは、一般に根強く残っているのが現状だ。

▽親の不安背景 ビジネス化
《愛知県立大学の長谷川俊雄助教授(家族相談援助論)の話》 社会制度が貧困で、民間施設が代替的に親の不安を解消している。児童福祉法の対象は18歳未満で、それより上の年齢に公的な保護施設はない。家庭内暴力で危険を感じたら親は逃げるのが基本だが、ホテルを転々とするには経済力がいるし、安く逃げ込める避難所も十分にない。そういった中で、子どもを閉じこめるビジネスが成立している。こうした施設を容認する社会や制度とは何かを問い直す必要がある。

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「物事には、原因と結果がある。
なのに、ひとは、なぜか原因ではなく、結果の方をなんとかしようとする。
ここにきているひとたちは、みんな、その家族の代表として、家族に潜む病理の代表としてきているんだ。
そして、その結果となるのは、常に、子どもなど、その家族のなかで一番弱い立場の人間だ」

 なぜだろう。
 12年まえ。16歳のわたしが、神経症・不安神経症と病名を付けられ、入院していた精神病院にいた、壮年の男性の言葉が思い起こされた。
 彼は、自身に躁病という病名が付けられていることを知らなかった。

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大川内 麻里の“人生がより心豊かになる”コトバ 1日1文
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産休・育休後の働く母が本当に求めているものとは?<「マザーハローワーク」来年お目見え=子育て女性の再就職支援-厚労省

今日は、すこしまえの記事だけれど、下記から。

■「マザーハローワーク」来年お目見え=子育て女性の再就職支援-厚労省

 厚生労働省は10日、来年度から「マザーハローワーク」を新設し、企業の求人情報だけでなく、子育て中の女性が働く時間を確保するための保育所や託児サービスの情報を提供することを明らかにした。少子化にブレーキをかけるとともに、生産年齢(15~64歳)人口の減少を女性の就業率向上で穴埋めする政策効果も期待している。当面、北海道から九州まで12の大都市でスタートする予定だ。 
(時事通信) - 11月10日15時0分更新


実際の女性たちの求めるものを満たしていないよねぇ。
別にわるいことだとはいいません、いいことだと思いますよ。
ただ、ちょっと実際に求められていることからは、ことごとくはずれた対策だなぁと。

彼女たちが求めているのは、まさに「出産・育児か」「仕事か」の二択をせまられることなく、出産まえからの仕事に、同待遇で戻れることですよ。
「出産・育児か」「仕事か」の二択をせまられることが、少子化の追い風となっているんですよ。

ただやはり育児の問題は現実としてあるのはたしかなことなので、この「マザーハローワーク」の託児施設が、金銭面や時間の面などで、しっかり働く母親たちをサポートすることができるまでのものになるかどうか注目したいところですね。

しかし「ハローワーク」自体もなんだかなぁ……って印象を受けますね。
いかにも「仕事のない失業者」と「彼らを“働かせてやってもいい”企業」のマッチングといったかんじで。
わたしもいったことがありますが(新宿六本木)、結局のところ、お世話にはならなかったです。もちろん、ハローワークを利用して、自分に合った職場とめぐり合い、いいお仕事をなさっている方もいらっしゃるでしょうから(わたしの母もそうですしね^^)、あまり変なことを書くつもりはないのですが……ただ、わたし個人が受けた印象としては「自立支援」とはいいがたいなと。もちろんハローワークが介入しているから仕方ないのだけれど、入社試験や面接のアポも職員の方が取ってくれることに悲しくなってしまって、「そんなことくらい自分でできるよ」って思ってしまったんです。それに空気もすさんでいるというか……みんな神経をピリピリとさせてとげとげしくて隣のひとがすこしでも物音でも立てようものなら、殴らんばかりの勢いでいるような殺伐とした場でしたね、わたしが見たところに限ってはすくなくとも。おまけに六本木のハローワークで仲良くなったアメリカ人はしつこく口説いてくるし(爆)

えっと、これは意外としられていないことかもしれないので、書いておきます。
ハローワーク・職業安定所・職業支援センターなどと一口にいっても、場所柄によって求人の傾向も若干違います。たとえば新宿だったら飲食業といったように。
もちろん各所に入ってきた求人情報を共有しあいはするんだけれど、共有までのタイムロスを考えると、自分の探している仕事にもっとも近いところを選んだ方がいいですよね。

それから、昨今では農業をやりたい若い世代がすくなからずいて、世襲制だった農家の仕組みも法人化される向きなどがあるようですが、「就農等支援コーナー」は、都内では六本木と渋谷にあります。その他はココ

あと、新卒既卒用の窓口は六本木にあります。その他はココ
ハンディキャップをもった新卒・既卒の方の窓口はココ。「大学等学校と連携をとりながら、大学(院)、短大、高専、専修学校、公共職業能力開発校(2年課程)の新卒者及び大学等卒業後1年未満の方の就職支援」というのが、実際のところ、かなりハードルの高いものなのではないか、もっとハードルを低くした職業斡旋所があってもいいのではないかとは思いますが。

総じて、ココでは総合的にさまざまな情報が見られると思います。



本日のBGM♪ 街路樹 / 尾崎豊
わたしがむかし尾崎ファンだったって信じます? つか、尾崎の曲なら、すべてギターやピアノで弾き語れる(弾き語るなよ笑)って信じます??
てか、こんなこともありましたなぁ……懐かしい。

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ネットと少年犯罪の相関への曲解<少年犯罪 ネットで犯行誇示 専門家分析…心奥の敵意表出

■少年犯罪 ネットで犯行誇示 専門家分析…心奥の敵意表出

 母親(47)に劇物のタリウムを飲ませて殺人未遂容疑で逮捕された静岡県伊豆の国市の県立高校一年の女子生徒(16)が、ブログ(日記風簡易ホームページ)に衰弱する母親の様子を記録していたことが社会に衝撃を与えたが、重大な事件を起こした少年や少女がネット上で“犯行予告”や“犯行過程”を書き込むケースが続いている。「過剰な自己顕示欲」「深層心理の中の敵意が表出しやすくなっている」…。専門家の指摘からは、少年たちの「心の闇」の深さが浮かび上がる。(豊吉広英) 
 平成十二年五月、九州自動車道で起きた西鉄高速バス乗っ取り事件。わずか十七歳の少年が起こした凶行への恐怖とともに、少年のネット上での言動が驚きを持って伝えられた。
 「佐賀県佐賀市17歳 ネオむぎ茶 ヒヒヒヒヒ」。犯人の少年が犯行の約四十分前に、インターネット掲示板にこう書き込んでいたことが、事件後に発覚した。警察は“犯行予告”めいたメッセージとみて調べた。
 十五年十一月。家族三人を殺傷した大阪府河内長野市の大学一年の少年=当時(18)=に同行していた交際相手の高校一年の少女=同(16)=は、自身のホームページで、少年と共通の趣味だった奇抜なファッション「ゴスロリ」(ゴシック・ロリータ)に関する記述とまじえ、犯行をこう“予告”していた。
 「いってきます。捜さないで下さい。その方が幸せだから」
 精神科医の町沢静夫氏は「お互いに『これだけやった』という顕示欲の競争が行われているようだ」と分析する。「平成九年に神戸で発生した児童連続殺傷事件の『酒鬼薔薇聖斗』を頂点として、『悪の英雄になりたい』という気持ちがあるのではないか」
 今年六月に高知県土佐市の私立明徳義塾高校の教室で同級生をナイフで刺した少年=同(17)=は、犯行前日に自分のHPで「明日こそ殺してやる」と明確に犯行を予告していた。警察の調べに「他人の日記を見て、自分でもつけてみようと思った」と、ほかから影響されたことを供述した。
 このほかに、いたずら目的でネット上に「犯罪を起こす」という予告を書き込む例にいたっては、全国各地で次々と発覚している状態だ。
 「自分の事件を人々に知られ、報道されることが犯行の目的になっている」。帝塚山学院大教授(犯罪精神医学)の小田晋氏は「情報発信手段が多様化する中、不特定多数に自分の行為を知らせる手段としてネットを利用し、達成感を感じている」としたうえで、「自己顕示欲を満たしたいなら犯行後に自首すればいいはずだが、実際には捕まるのは嫌で、逮捕されれば、否認したり、のらくらと逃げ回る。子供たちの心の内に矛盾する感覚がある」と指摘する。
 一方で、ネットでの激しい書き込み内容と、少年、少女の実像のギャップに驚く捜査関係者も少なくない。河内長野市の事件の少女は逮捕後、関係者から「あなたのホームページに皆が驚いている」と言われ、「あれは冗談ですよ。真に受けたんですか?」と淡々と答えたという。「少女の様子は普通で、真意がどこにあるのか分からなかった」。警察のベテラン捜査員でさえ、凶悪犯罪を起こした少年、少女の実像をはかりかねるケースが出ているほどだ。
 静岡の女子生徒のブログについて町沢氏は、「自己顕示欲だけではない、違うものを感じる。自分の親を殺害しようとし、それを冷静に観察し、書き表すことができるというのは、普通の精神状態ではない。自分が自分ではないような感覚があったのではないか。アイデンティティー(自己同一性)がおかしくなっているような感じを受ける」と驚く。
 一方、小田氏は「同性の親への敵意自体はどの子供にも起き得る。娘の母親への敵意は『エレクトラコンプレックス』と呼ばれるが、通常は強く抑圧されるもの。しかし最近の教育の中で、親への孝行ということが軽視されるようになり、また、尊属殺人に対する処罰が以前より軽くなってきた流れを受け、抑圧してきたバリアが低くなり、心の深層にあった敵意が浮上してきた可能性がある」と指摘している。
     ◇
 【ネット上で犯行を“誇示”した主な少年犯罪】
 ■西鉄高速バス乗っ取り事件(平成12年5月)犯行前、「ネオむぎ茶」のハンドルネーム(筆名)で「ヒヒヒヒヒ」とネット掲示板に書き込み。17歳の少年
 ■新宿駅前の刃物突き付け人質事件(13年12月)犯行前にネット掲示板に「今日新宿にて何かが起きる」「人質とって立てこもる」などと“犯行予告”。16歳少年
 ■大阪府の一家3人殺傷事件(15年11月)自身のHPに「いってきます。捜さないで下さい」と書き込み。16歳の少女
 ■明徳義塾高同級生殺人未遂事件(17年6月)「『明日こそ』にならないように、ちゃんと殺そう」とブログに記す。17歳少年
 ■静岡県の母親毒殺未遂事件(17年10月)ブログで、「殆ど動けなくなってしまいました」「原因は解っています。タリウムです」などと母親の“観察日記”を記す。16歳少女(少年少女の年齢は当時)
(産経新聞) - 11月14日3時3分更新

パソコンやインターネットは、ただのツールにしかすぎない。
それをあたかも少年犯罪を助長するものであるかのように分析するのは短絡的である。

また、これらの書き込みは「犯行を誇示」したものではなく、彼らのクラクションSOSのシグナルであったとわたしは考える。

芥川だって「曖昧な不安」を遺書に書き残しているし、三島だって「魂のとりかえしのつかぬ癌症状」という言葉を残して自害しているし、太宰だってどれだけの言葉を残して未遂も含めて情死したか。彼らの時代にパソコンやインターネットがあれば、それ使ってるって。

町沢さんの下記の分析についてですが、
静岡の女子生徒のブログについて町沢氏は、「自己顕示欲だけではない、違うものを感じる。自分の親を殺害しようとし、それを冷静に観察し、書き表すことができるというのは、普通の精神状態ではない。自分が自分ではないような感覚があったのではないか。アイデンティティー(自己同一性)がおかしくなっているような感じを受ける」
だから、自己顕示欲ではないってば。
アイデンティティがおかしいのではなく、いまちょうどアイデンティティが確立される時期にあって不安定なところにあったのでしょう。そのプロセスでなにかうまくいかなかったのが犯行原因だと思いますが。わが娘に殺されかけた母親の心情は察した上で、そう思いますね。

それから小田さん。
 一方、小田氏は「同性の親への敵意自体はどの子供にも起き得る。娘の母親への敵意は『エレクトラコンプレックス』と呼ばれるが、通常は強く抑圧されるもの。しかし最近の教育の中で、親への孝行ということが軽視されるようになり、また、尊属殺人に対する処罰が以前より軽くなってきた流れを受け、抑圧してきたバリアが低くなり、心の深層にあった敵意が浮上してきた可能性がある」と指摘している。
尊属殺人に対する処罰が軽くなってきたことなんて、この子ら、知りませんって(笑)
刑法200条の削除箇所について、わたしも詳しく知りたいくらいですから。
エレクトラコンプレックスは100%抑圧されるわけではないですよ。通常の母娘関係でも表出します。しかし「敵意」って語弊があるなぁ。

……つーか、いま思ったんだけど。
これ、産経の記者が曲解記事を書いているだけか? てか、そうだな。
町沢さんの言葉なんて、本人がいったそのままを解釈したものとは思えないし。小沢さんしかり。
あぁ大人って怖いねー。

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どんな親であっても、親を尊敬でき、心から赦せる幸福。親を憎む不幸。

本日のBGM♪ Hybrid Theory / Linkin Park
好きでもないけど嫌いでもない。箸にも棒にもかからないバンド^^;の1st。

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どんな親であっても、親を尊敬でき、心から赦せる幸福。親を憎む不幸。

■母親殺人未遂「観察日記」まで作った女子高生の素顔――衰弱状態を冷静に記録
この事件のこの記述について。

 劇物のタリウムを母親(47)に投与し、殺人未遂容疑で逮捕された静岡県伊豆の国市の県立高校1年の女子生徒(16)。ネット上の日記「ブログ」に男性の名前を使い、母親が衰弱していく様子を冷静に記録していたほか、1960年代に英国で「毒殺魔」として知られたグレアム・ヤングに強い関心を寄せていたという。幼いころから毒物に魅せられ、ついには母親を毒殺してしまったヤングと自分を心の中で重ねあわせていたのだろうか。

 静岡県警の調べでは、ブログは6月下旬から10月中旬まで続いていた。そのなかで“観察日記”が始まったのは8月中旬。「実験01日目」として劇物を投与したハムスターの観察経過を書き始めた。また、8月19日には「昨日から母の具合が悪いです。全身に発疹が起こり…」との記述が。

 さらに9月12日に「2、3日前から脚の不調を訴えていたけど、ついに殆ど動けなくなってしまいました」とあり、10月2日には母親が入院したことが記入されていた。

 自室からは、切断されたネコの頭部やウサギやハトをばらばらに切断して標本状にしたものが発見されており、動物を“実験材料”にしていたようだ。

 このほか、自室からはグレアム・ヤングに関する本や写真もみつかった。ヤングは日ごろから周囲の人間にひそかに毒を盛って実験を重ねた末、14歳のときにそりの合わなかった継母を毒殺した人物。逮捕後、一度は社会復帰するが、再び会社の同僚らを毒殺し、1990年に刑務所の中で自殺とみられる死を遂げた。

 女子生徒はブログでヤングを「尊敬する人」としており、捜査関係者も「劇物を人体実験した点やその様子を記録していた点、母親の入院直後に劇物を飲んで自殺を図った点など、ヤングを参考にしたと思われる」と話している。

ZAKZAK 2005/11/02

どうせ、したり顔の社会学者なんかが、ブログの匿名性が云々、ネットでの猟奇的な情報が云々、十代の心の闇が云々と、非常につまらーんことばかりをおっしゃるのが、目に見えているのですが。そんなコメント、聞かされる方が迷惑ってものですよねぇ。

この事件のポイントは、たったひとつです
「彼女には尊敬できる大人像(親、それも同性の親であれば、もっとも望ましい)がいなかった」
その代わりが、たまたまグレアム・ヤングであったというだけの話です。

この年代の子どもは、そのほとんどが、親、とりわけ同性の親との心理的葛藤を体験します。
避けては通れない道です。それまでは、同化(同一化)してきた存在であった同性の親が、子どもの自我の確立をめぐって葛藤します。
ここでスムーズに、ひとりの女性として心理的な自立ができ、あるいは一対一の人間同士としての関係を親、こと同性の親と結べるというケースは、ほとんどありません
逆にいえば、この時期に、そういった心理的葛藤を経てこなかった親子関係は、どこか屈折さえしており、将来的にもっともっと大きな問題を引き起こしかねません

なので、この時期の親子葛藤は、避けられないものとして、親が受け入れるべきなのです。

わたしは被虐待児です。それでも、両親を心から赦し、尊敬しています

親を尊敬できるということ、かつての激動のような葛藤をすべて赦すことができているということ、これはとても幸福なことです。わたしはそんな幸福な人間のひとりです。

そして、それができるのは、もうひとりの親が、たとえば拙宅でいうと、母が父をどんなに素晴らしい人間で若いながらも大事業をやっているのか、父の語らない父の偉大な姿を母はわたしと弟に子どものころから、ずっとずっと繰り返し聞かせてきてくれました
そう、母がそうして語り聞かせてきてくれたからこそ、わたしと弟は、父を誇らしく思い、尊敬することができるのです。

ですから、わたしが離婚したときに、元夫とたったひとつだけ約束を交わしたのです。この先どちらに親権・看護養育権があろうとも、お互いのことを娘に対してわるくはいわないと
これは、決して自分たちの保身などではなく、自分の親がどんな人間であるかは、自分のルーツとして、娘自身のアイデンティティにかかわる問題だからと

わたしにできるのは、「どんなにパパが、華月のことを愛してくれて、大事にしてくれているか、パパは華月の最高のパパなんだよ」と伝えることだけ……そして、母が女性として生き生きと生きている姿を見せることだけ……。

親を憎んで赦しきれないひとを何人も見てきましたわたしの元夫も、そうでした
赦しとは、すべてを忘れて帳消しにすることではありません
心のなかに、「それは人間として、あるいは親として、やってはならないことだった」という記憶を残しておいていい、いやむしろ残しておくべきなのです。それを残すことで、今度は自分が親になったときに子どもにどう接することができるかですから。

親を憎んで赦しきれない不幸。
彼らは、一様に、自分の男性性(ジェンダーアイデンティティ)の危機にさらされていました。

本当に不幸なことだと思います。……誰にとっても。

親を憎み続けても、誰のためにもなりません

岸田秀氏の弁をお借りします――「憎しみとは、愛情からくる執着感情である」
裏を返せば、愛情があるから、憎むんです憎むというかたちで執着してしまうんです。親から心理的に自立しきれていないんです。

静岡県の母親に毒を盛った16歳の少女も、母親を憎んでいたのでしょう愛していたのでしょう

ただこの年齢であれば、母娘のごく当たりまえの心理的葛藤の時期
母は娘がひとりの女性として心理的に自立しようとすることに対し、自我を確立していく姿に対し、「受け入れる」(これだけで必要十分)ことをしていたのでしょうか?

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活字離れや本を読まないことを“問題視すること”に対し、一編集者として反論します! ※よーく見てね、活字離れや本を読まないことへの反論なんてな凡人タイトルじゃないからね! <中高年、本離れ進む>

 

今日出たこのニュースについて。

 「本離れ」は、若者より中高年の方が深刻――。読売新聞社が15、16の両日に行った「読書」に関する全国世論調査(面接方式)で、年代が上がるにつれ「本離れ」の傾向が見られ、特に、中高生を子に持つ人が多い40歳代で、2004年の前回調査より7ポイント増の44%と、「活字離れ」が増えたのが目立った。

 この1か月間に本を「読まなかった」人は52%で、1980年から始めた同調査で3番目に高かった。年代別に見ると、20、30歳代は各41%で、前回調査より減ったのに対し、40歳代から上の年代は増加、50歳代は55%、60歳代は61%、70歳以上は66%だった。

 読んだ本の数は「1~3冊」が39%、「4冊以上」が9%で、いずれも前回調査比1ポイントの微減。

 一方、インターネット通販で、本を購入した人は03年の前回調査比3ポイント増の10%だったが、20~30歳代が2割台で、若年層を中心に読書に対する環境の変化も見られる。

 活字離れに歯止めをかける方法では、「『読書の時間』を学校の授業科目にする」40%が最も多かった。
(読売新聞) - 10月28日2時9分更新

本を作ることを生業としているわたしがいうのもなんですが、否、それを生業にしているからこそ、提言します。

活字離れのどこがわるいのかと。
本を読まないことのなにがわるいのかと。

もちろん、本を読むことになんの価値もないといっているわけではありません
これは、むかしからずーっといってるし、たぶんこのブログのプロフィールかなにかにも、それらしきことを書いていると思うけれど、「本は、たった一行がひとの人生を左右するほどの可能性を秘めた価値あるものであり、わたしは、たった一行でもいい、“この言葉に出会えてよかった”と思ってもらえるような本をつくりたい」というのが、わたしの夢・目標だしね。

だけど、これだけたくさんのメディアが出てきていて、さまざまなところでいろんなメディアミックス行なわれているというのにもかかわらず、なぜ「読む」ということに関してだけは、「本」「新聞」がよしとされて、ほかのメディアが否定されてしまうのかが、わたしには理解できません。

わたし個人は基本的にアナログ人間なので、まぁ仕事の資料を含め、本や雑誌は読みはしますが、けれど拙宅では新聞はとっていません
すこしまえまでは、新聞とネットのニュース記事のプリントアウトしたものとをスクラップしていたけれど、いまはそんなことはしていません。

ケータイ小説e-BOOKブログいいじゃありませんか
ただ、わたし個人は、積極的にその読者になろうという気はあまりしていないけれど、ケータイなりネットなりで「読ませる文章」というのは、まったく紙媒体とは違うわけで。
わたしの文章だって、まぁまだまだ下手下手なのですが、一応使い分けていますよ、紙媒体への原稿とブログとでは。あと内容や媒体によってもブログでも紙媒体向きの文章にしちゃうことがあるけれど、ストレスたまっているときとかは特にね(笑)。でも意識してはいるかな。また読者層にもよりますしね。それらの使い分けられた文章、文体の乖離ぶりは、もしかすると、ちょっと驚かれるかもしれませんってな具合ですね。
だから、わたしはケータイ小説e-BOOKブログ「読ませる文章」を書けるひとというのは、すごいとは思いますね。自分が読者になるかどうかとは別ですが

たしかに、本でしか味わえないよさはたくさんあります。でもそれは他のメディアにもいえることそのメディアでしか味わえないよさが、それぞれにかならずありますよね。
要は、そのひとそれぞれが自分に合った、好むメディアを選ぶ自由があるでしょうと。だから、なぜ、やれ活字離れだ本を読んでいないだということを問題視するんですか?と。 わかりませんね、さっぱり。わたしには。

わたしたちの子どものころは、無理に本を「読まされ」ていました(わたしは、たまたま好きということと重なったので都合はよかったのですが)。図書の時間なんかがあってね、夏休みには読書感想文なんてものがあってね。その課題図書というののラインナップといったら、それはそれはひどいものでしたね。だって小学生や中学生がおもしろがって読めるような、つまり子どもの目線に立つのではなく、大人の目線でイイとされる作品ばかりで。

どこに漱石のよさが本当にわかる小学生がいるんですか?
どこにドストエフスキーのよさが本当にわかる中学生がいるんですか?
太宰、芥川、三島、谷崎、有島……どこの世にこれらの本当のよさがわかるマセた(人間として熟した)子どもがいるんですか?

「よさが本当にわかる=理解する」ということには、それ以前に、まず「楽しく読むことができる」ことが、大前提でしょう。

わたしだって、漱石や谷崎あたりなんかを感慨に浸りながら読んで、そのよさが本当にわかったのは、大人になってからですよ。
それも、その時代の歴史背景ジェンダー論に立脚した男女観など、さまざまな知識を得て、さらに、その上に、心の病気にイカレて、高校を中退して、たくさんの恋愛を重ねて、身体売って、心理学を学んで、出産して、離婚して、また恋愛に狂いながら、3つほどの会社を渡り歩いて……というような、おそらく一般的な視点では突飛な生き方(わたしは「てか、ふつーってなによふつーって??」ってかんじなんだけど)を歩んできてからようやくですよ。

わたしのもっとも敬愛してやまない出版人である、K出版のS社長おっしゃっていました。
 「本というのは、いろんなひとの人生を味わえる、ということだ」と。

「本離れ」は、若者より中高年の方が深刻
活字離れに歯止めをかける方法では、「『読書の時間』を学校の授業科目にする」40%が最も多かった。

何度読んでもばかばかしい、の一言ですね。

これほど、メディアが充実してきているなか、本や活字にいつまでもこだわるなんて、前時代的ではありませんか? それに、こういった問題視大人の考える対策とやらが、ますます子どもたちが本や活字を嫌いになってしまうファクターだということに、なぜまだ気付かないんですかね?

夏休みの宿題の読書感想文、ばかばかしいことに、先述のように指定図書・推薦図書みたいなラインナップがあって、そこからしか選べなかったんですよ。

小学生のころ、読書感想文では(その他もいろいろあるけれど、ここでは省いて)毎年、県だかなんだかから賞をいただいておりました先生が学年だか学校だかの代表を、みんなの作品のなかからいいものを選んだという対面をつくりながら、最初からわたしの作品にすることを決めていて、内密に「これ書いてね」といわれていました
中学生の読書感想文では、読書感想ならぬ作品を通して分析したドストエフスキーの狂気的人物考察論みたいなことを書いてみたら、先生がびびって感想もろくに述べることができずにいらっしゃいました

そんな指定図書・推薦図書なんてな本なんぞ、どっこもおもしろくもなんともねーんだよ。

本当に、本離れ、活字離れを喰い止めたかったら、漫画だってティーン用のライトノベルだってなんだっていいじゃん、好きなものを読ませろよ好きなものをよぉぉぉ!!!!
そうしてりゃ、子ども自身が本なんて自発的に読むようになるよ。大人が自分たちの価値観でリードしようとするから反発力が働いてしまっているってだけのことでしょう?

まぁ個人的な話をすると、まぁわたしは本は読みます仕事用の資料としても含めて、単純に好きなので
普段の情報収集は、ネットですね。それもいまはずいぶんと便利になっているではないですか。これまでは、いくつかのニュースサイトをブックマークしておき、一日のうち、何度かアクセスしてチェックするという方法をとっていたのですが(連邦のゲットニュースから飛ぶってのもずいぶんやったなぁ^^;)、いまはいくつかニュースサイトとブログをRSSリーダーに登録しているだけいちいち、いくつかのサイトにアクセスして云々なんてしませんね。

中高年の方に読書率の低下が見られたというのは、単純にそういった別のメディアを使うことを知っていること、活用していることを示唆しているだけなのではというのが私見ですね。

わたしの使っているRSSリーダーはメーラーに届くようになっていて、あちらの設定次第ではHTMLでも情報を取得して保存しておくことができるので、非常に便利です。一応、下記にご紹介しておきます。ただし、ごめんなさい、わたしが使っているのは、Becky!というメーラー専用のものなのです。Outlookなんかでも、おなじようなフリーウェアなんてあるのかしら? もしご存知の方がいらっしゃいましたら、コメントをよろしくお願いしますね。

--------------
Becky! BlogReader プラグイン
http://www.vector.co.jp/soft/win95/net/se357783.html

ニュースサイト
http://news.ceek.jp/
まず、ここがなかなか秀逸かと。連邦のゲットニュースっていうか、Yahoo!のトピックスみたいに、報道各社から情報を収集していますから。わたしはここのヘッドラインと関心のある分野の記事だけ引っ張ってこられるようにしていますね。ニュースに関しては、タイトルだけで内容がだいたいわかりますし。一定の文字量はRSS配信されてきますしね。
●あとは、朝日新聞さん。これはHTMLを取得できます。
http://www3.asahi.com/rss/index.rdf
●それから、日経さんですね。これは記事のURLだけがきます。
http://nikkeibp.jp/jp/flash/index.rdf

 +個人ブログでも、また情報源にもなって勉強になるブログをいくつか登録させていただいています。

-------

以下、わたしにとっては役立たずだったので使っていませんが、こんなのもありまっせってことで。
Yahoo!新着情報 - 話題先読み情報

http://picks.dir.yahoo.co.jp/topics/rss/
注目のトピックス - gooニュース
http://news.goo.ne.jp/news/rss/topics/chumoku/index.rdf
スラッシュドット ジャパン
http://slashdot.jp/slashdotjp.rss
--------------

仕事柄、情報収集は欠かせないのですが、いまはこれで十分事足りていますね。効率いいし。
新聞、いらない
雑誌も買う量が減りましたねぇ。雑誌は電車のなかで読むことが習慣づいていたので、そのせいもありますが。
パブロフの犬ですから。古典的条件づけですから。

でも古典的条件づけをされたパブロフの犬は、この底の浅い分析と提案をしているひとたちにとっても、実は有効で、要は、そんなに本を読ませたけりゃあ子どもに古典的条件づけをすればいいんだよ。
ただし、紙媒体にこだわることなく、また大人が推奨するものではない、好きなものを読む習慣を条件づけしちゃえばいいんです。

 もう一度いいます。
 そんなに活字離れを憂うのであれば、読む習慣を条件づけしちゃえばいいんです。
 ただし、紙媒体にこだわることなく、また大人が推奨するものではない、好きなものを読む習慣をな!!

本日のBGM♪EVIL EMPIRE/RAGE AGAINST THE MACHINE
ライヴも行きましたけど、単純にすんごい楽しかったですね~。AUDIOSLAVEはチケとっていたんだけど、先輩の送別会でいけなかったんですよね~(T社時代ね)。「AUDIOSLAVEか○○さんかいうたら、そりゃ○○さんやろ」と。
ところで、むかし「rage_against_the_machine@……」ってフリーメアドをもっていたら、「どういう意味?!」ときいてくる一般人と「なげーんだよ!」とキレる至極正統派なひととにわかれました。

 

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「起業することが、自分のやりたいことを仕事にする、一番の近道だ」

「起業することが、自分のやりたいことを仕事にする、一番の近道だ」とおっしゃる起業家の方がいらっしゃいました。

でも、わたしはかならずしもそうだとは限らないと思うのです。

来春、会社法が改正されます。2005年9月1日に正式成立しました。

「1円起業」と通称されていた、「中小企業挑戦支援法」による、確認有限会社・確認株式会社の制度が、実質上なくなります(資本金が1円のまま継続していいことに)。
当初(資本金の増資が不要になるまえ)、この制度の目に余るほどの現実味のなさに気付かないひともいたんだろうな。考えてもみなさいよ、3年だ5年だって期間で、利益を出しながら、300万だ1000万だというお金を貯めるだなんて。よほどのアタリ事業を見つけでもしないと無理ですよ。
わたしの友人にも何人か、この制度を手放しで喜び、安易に起業しようとするひとがいましたが、さくっといかに現実味がないかを突きつけて差し上げましたら、ひとりも起業に踏み切ったひとはいませんでした。

来春の会社法改正も、国が個人からとれない税金を法人からとるためのものですから、もちろん、安易な起業を促す制度が満載です。

●有限会社と株式会社の統合
●最低資本金制度の撤廃
●確認有限会社・確認株式会社の増資が不要となるに伴う同企業形態の恒久化
●LLC(Limited Liability Company:合同会社)の誕生
(●「有限責任事業組合(LLP)法」/2005年8月1日施行)

わたしは、専属フリーランスを2年半、二束のわらじ的フリーランスを半年、本物のフリーランスを数ヶ月……と経たのちに、もっとも尊敬する編集者/ライターの方とともに有限会社を設立いたしました。

余談ですが、法人化するまえ、否、フリーランスになるまえに、わたしの描いていた将来像は

○27~28歳くらいでフリーランスになる
○32歳くらいで法人化する

こうして、いま振り返ると、3~5年早く目標を達成していますね。

もちろん、フリーランスだ法人化だと、雇用形態というか働き方のスタイルそのものを目標にしてきたのではなく、あくまでも、公私ともに自分のやりたいことを実現するためには、いつなにをどうすればいいかという視点から考えた年齢の目安ですが。

余談ですが、「もっとも尊敬する編集者/ライターの方とともに有限会社を設立」させていただく機会に恵まれたのは、私にとって、望外の喜びでした。もちろん、そうなるまえから、「法人化」というのが頭にありましたから、そのとき、漠とはしながらも、誰といっしょにやろうか、誰にパートナーになっていただこうか、誰にご協力いただこうか――ということを考えていました。そのときに、もちろん、その方のことが、第一に思い浮かびました。けれど、自分のような者が、彼のようなすごい方に認められるわけはない……と弱気になってしまっていたんですね。

しかし、わたしの出版業界に入った原点、そして志すもの、将来的なビジョン、そしてそのためにいま自分はどうあるべきと考えていているのかなどを、お話しさせていただきましたら、思いがけず、二人で力をあわせていこうということに(!)
もう飛び上がらんばかりの嬉しさだったのですが、ここで浮かれてはいけない、きちんと足元を見なくてはと、彼とともに現実をシビアに見つめました

あの、先に一応ことわっておきますが、わたしは決してナポレオン・ヒルのまわしものではありません(笑)。これを前提にしてほしいのですが、
  しかしながらも、「思考は現実化する」というのは本当だ
と思いますね。というより、これは心理学的に説明できてしまうロジックにすぎないのですが。そんな話をしはじめると、キリなく、延々と大学の講義かってな大川内節が展開されていますので、ロジカルな話は避けますね^^;

人間、「こうなりたい」と目標や夢を打ち立てて、それをイメージすれば、いつしか願いは叶うものです。
わたしだって、いまのビジネスパートナーとともに協力しあうことを一瞬でもイメージしたことがなかったら、いまこうなってはいないはずです。やはり、漠然とでも、また自分なんかには無理かもと弱気にでも、夢や目標、将来の自分像を描くことは大切なことです。

そして、自分が何歳のときにとか、何年後にとか、時期を設定しておくんです。そうすると、先述したように、決めた時期よりも早くチャンスはめぐってきます

さて……、

わたしは、いまの働き方が気に入っているし、性にあっていると思っています。
この働き方が、ライフスタイルの一環として、好きなのです。
わたしは、いまの仕事が大好きです。ずっと続けていきたいと思っています。
この仕事で出会うひとたちも、大好きなのです。

でも、それは偶然に自分に適していたというだけのこと。

だから、ここで話を冒頭に戻しますが、「起業することが、自分のやりたいことを仕事にする、一番の近道だ」とおっしゃる起業家の方もいらっしゃいますが、わたしはそうとは限らないと思います。
いいたいことはわかります。たしかに一理あるなというところもあります。

でも、ひとには、それぞれ適性というものがあります。
かならずしも
「自分で会社を興して業務内容にしてしまうこと」=「自分のやりたいことを仕事にすることができる」
とは限らない
んです。

会社を興すことで問われるのは、その仕事自体の実務能力だけではありません

まず、それと同時に、経営者としての度量やセンス、コミュニケーションスキルなどが求められます。会社を興せば、あなたは、その職業人であると同時に「経営者」になるのです。
また、取引先や顧客も含め、その他にも十分な人脈をもっているかどうか、そして事業計画やビジネスモデル、数年、数十年単位の具体的な目標が、起業した時点で用意されていなければなりません。こういったことを用意しておかず、安易に構えていると、まもなく非常に痛い目にあうことになるでしょう。

ですから、会社を興すかどうかは、どこかの会社やお店などで必要十分なほど、その仕事について学んで(アルバイトだろうが契約社員だろうが派遣社員だろうが、雇用形態は関係ありません。本気で学ぶ気になれば、どんな立場であっても学べることはあるはずです。わたしだってアルバイトからはじめたのですから)、自分を磨いてから、そして機が熟するのを待って再検討しても、まったく遅くはないと思うんです。

そのときに、あらためて、本当に起業するのか、フリーランスとして独立するのか、いまいるところに勤め続けるのか、異動願いを出すか、転職するか、アルバイトをするかなど、どの選択が自分にとってベストであるかを検討すればいいと思うんです。安易に起業を目指すまえに、いま置かれている環境をもう一度振り返ってみてほしいと思います。会社勤めと一口にいっても、さまざまな選択肢や形態、業種などがあるのですから。

だから、わたしは「起業することが、自分のやりたいことを仕事にする、一番の近道だ」という考えに、もろ手をあげて賛同する気にはなれないのです。

【ちなみにぃ~】
プロフィール更新しました~♪見てね!^^ブログ本文も長けりゃ、プロフィールも長いけど!(爆)

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「オタク」の定義――ちょっと待ったぁっ!

昨日出た、以下の記事について。

「オタク」は172万人=市場規模4110億円-野村総研

 野村総合研究所は6日、強いこだわりを持つ分野に対しては可能な限り金額を注ぎ込む、いわゆる「オタク」の実態と商業的価値に関する調査結果を発表した。コミック、アニメーション、鉄道など12分野でオタクは172万人に上り、市場規模は4110億円に達すると推計。「萌芽(ほうが)期の商品の市場が拡大するかは、オタク層にどう評価されるかがポイント」とその影響力の大きさを強調している。
 (時事通信) - 10月6日17時1分更新

この記事に、わたしは大きな疑問を抱いている。
「強いこだわりを持つ分野に対しては可能な限り金額を注ぎ込む」人たちを=「オタク」と定義づけているようだが、ならば、たとえば、ブランドモノ、ファッション、コスメ、エクササイズなど美と健康を保つもの、本、車、映画、音楽、テレビ、芸能人、お笑い……どんな分野に対しても、この定義を適用すべきではないか? 「強いこだわりを持つ分野に対しては可能な限り金額を注ぎ込む人たち」=「オタク」ならば、わたしは間違いなく洋服オタクだ。

「コミック、アニメーション、鉄道など12分野」というのは、滑稽な話である。同社のリリースを見ると、

マニア消費者層(いわゆる「オタク層」)の
主要5分野をアニメ、コミック、ゲーム、アイドル、組立PCとし、
コンテンツに関連する4分野をアニメ、アイドル、コミック、ゲーム

としている。

そして、

またマニア消費者層はインターネット利用率と情報発信能力が高く社会的影響力が強いことや、関連する分野をまたがり集団を形成していることも明らかになりました。この層は、「独自の価値観に基づいて、金銭および時間を優先的に配分する消費行動」、「自己流の解釈に基づく世界観の再構築と二次的創作活動」、を繰り返しながら、理想像を追求しています。つまり、マニア消費者層は、購買意欲が高いだけでなく、コミュニティー形成の核、次世代技術の革新の場、新商品の実験対象としての価値も高く、近未来の商材を見極める意味で産業的視点からの期待される役割が大きい母集団であると言えます。NRIでは今後も、車、AV機器、旅行などの分野にも対象を広げたマニア消費者層の行動実態の調査分析を進め、そのビジネス的価値を示唆していきます。

訳知り顔で得意げにのたまっていらっしゃる。

同社「マニア消費者層(いわゆる「オタク層」)」という考えはいかがなものか
これぞ、日本の偏見を象徴しているものだ。

だから、個性が伸びないんだよ。出る杭は打たれるんだよ。優等生は劣等性に転落するんだよ。子どもは学校に行かなくなるんだよ。

働くならルーティンワークのアルバイトをしてれば、フリーターだって生きていけんじゃんって思うんだよ。

外出できなくて困っている人、そしてそれを周囲にさとられまいと隠し、誰にも悩みを打ち明けられないひきこもりや家庭内暴力を抱えた家庭があるんだよ。

そして勉強することにも働くことにも魅力を感じられないでいると、やがてニートと呼ばれるんだ。

精神科は心療内科をかたることでイメージアップを図って患者を集め、特にSSRIができてからは猫も杓子も鬱病と診断しておけばいいという風潮になっている。本当はもっと根源の解決が必要だというのに、その受け皿となってくれるような良心的な病院になんて、よほど運がよくないと出会えないよ。薬を飲ませて、何も考えられないようにして、寝かせておけばいいと思ってるんだろ。薬を飲んで副作用に苦しみ、またその副作用のために薬を飲む。そんな投薬療法スパイラルに陥っていく。相変わらず、精神医学と心理学の連携した治療は、いまの日本ではまだまだ水と油のような対立構造すらあって未発達だ。

そして社会になんて出たところで、没個性的な社会人ばかりが没個性的なサルにでもできるようなビジネス展開をしているだけなんだよ。それでも正社員幻想は消えないから、やつらは「勝ち組」を名乗り続け、人と同じことをしない、できない人を「負け組」と蔑むんだよ。

高度成長期を支えてきてくださったみなさん、過去の栄光を引きずっているのはみっともないよ。人にはリタイアすべき時期っていうのがあるんだ。
バブルを味わったみなさん、そろそろ目を覚まさないと、いまはもう2005年ですよ

どうかお気をつけて。

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またしても見当違いなニート対策

■各界の知恵集めニート対策 国民会議が初開催
学校に行かず、仕事もしない「ニート」の増加など、深刻化する若者の就労問題について、経済、教育、労働、学識経験者ら各界代表が集まり、対策を議論する「若者の人間力を高めるための国民会議」の第1回会合が26日、都内のホテルで開かれた。
議長に就任した日本経団連の奥田碩会長は「資源の乏しいわが国では、人材の問題は将来を考える上で深刻。若者の『人間力』の在り方について、幅広い議論をし全国的な運動とすることが必要だ」とあいさつした。
意見交換では、就職意欲すらないニート対策では、中学校、高校など教育現場と企業の連携した対応が重要との発言が相次いだ。(共同通信)

ニートを生み出した者たちが集結して「ニート対策」を論議するとは、まったくもってお笑い種である。
高度経済成長期を支えてきたという自負があるのだろうが、時代の変遷とともに変容する価値観に目を向けず、自分たちの時代の価値観を押し付けることの無謀さにまだ気付かないのか。

彼らは、とかく「就職」ではなく「就社」することを若者に植え付けてきて、またさらに追い討ちをかけようとしている。
受験も「学びたい学問を学ぶ」という教育本来の目的から逸脱し、「偏差値の高い学校」を「いい学校」として、壮絶な受験戦争を若者に強いてきた

そんなことを棚に上げて、『人間力』を高める云々とは何事か。ニートやフリーター、現代の若者には『人間力』が欠けているというのか
わたしには、訳知り顔で「ニート対策」とやらを語る者の方が、よほど『人間力』が欠落していると見える。

ニートには就職意欲すらない?! 本人たちの生の声に耳を傾けたことがあるのか。
そもそもここで語られているのは、「就職」ではなく「就社」であろう。その区別もできないくせに、教育現場と企業を連携させてなにをしようというのか。企業に教育現場で、現実とはかけ離れた自社のいい面だけを見せる「就社」教育でもさせようというのか。

それこそ、若者たちの夢や希望、目標を摘みとり、閉塞感を与えるものである。
また大人たちのこういった焦りが、若者の自立を遅らせる結果になる。

夢、希望、目標。こういったものが育つ環境をつくってこなかった、否、逆にそれらを奪ってばかりの家庭、教育現場、社会(企業)
「ニート対策」をするとすれば、これらが三位一体となって、己の罪を振り返り、反省することが第一歩だ。本物の「ニート対策」とは、その代償を払うことである。

わたしがこんな会議の場で発言するなら、こう言ってやるね。
「厳しく躾るべきところで甘やかしてきた、あるがままを受容すべきところではねつけてきた、あんたたちの責任だ。もう一度、親、教育者、社会人を、あんたたちがやり直せ」

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