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押井守監督インタビューしたことありますが

そのときの原稿、読む?

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 僕が大田区で過ごしたのは高校まで。大森で生まれたんだ。
 当時の大森は、埃が舞っていて、道路も舗装されていなかったし、走っているのもトラック。あるのは町工場、パチンコ屋に飲み屋――猥雑な街だったね。

 僕は大森海岸の近くで育ったんだけど、子どもの頃によく家族で遊びに行ったのは平和島。

 その頃かな、自分は海の近くにいるんだなって意識したのは。


 東京という街を見て回るようになったのは、映画の仕事がきっかけだけど、そこで湾岸に目をつけて。

 「機動警察 パトレイバー」あたりの湾岸を舞台にした作品には、そんな子ども時代の環境が影響していたのかもしれない。


 「機動警察 パトレイバー」のロケハンで、ふっと昔を思い出したことがある。

 何を思い出したかというと、ドブで遊んでいた光景。

 ドブっていうのはさ、高架道路の下なんかにあって、しーんと静まり返っているんだよね。断崖になっているから、都会の音が一切入ってこない。

 その光景に、僕は東京の匂いを感じたんだ。



 モノを創る人間ってさ、そうやって一度は原点回帰というか、自分の原体験や原風景に帰ろうとする時期があるんだ。

 僕はそういった作品中で東京という街を破壊しちゃってさ。

 高校時代を元にした小説「獣たちの夜」も書いたしね。


 そしたら、僕の中で何かがすっきりとしたんだよ。もう描かなくていいやっていうね。



 また自分の記憶や体験を元にして創っていく危うさも感じた。

 そこに感じるものがあるからこそ表現するんだけど、そこにばかりとらわれていると、やがて何も感じなくなる。

 自分を吐き出すことで、自分の中が空っぽになっちゃうわけだからさ。



 作品を創る上で、記憶を再現することが正しいわけではない。
 人は人生すらも捏造して生きていると僕は思う。


 どんな虚構を重ねるかは、たとえばロボットだったり、近未来的な高層ビルだったりするんだけど。

 自分の原体験から離れて、人間であることからも解放されることをテーマに撮ったのが「イノセンス」だね。



 いまでは大森にも二、三年に一度帰る程度になったけど、街はすっかり変わったね。だけどさ、人の顔というものだけは依然として残っているんだ。

 僕にとって大田区という街は、モノとして存在し続けている。

 四十年前のあの時代を知っているからこそ、いまを相対的に見られるしね。

 中学では区内で越境入学をして、大学になって大田区を離れて――結局、そうやって大田区から遠心力のように世界が広がっていったのかなと思うね、いまでは。

Written by (C)MARI OKAWAUCHI
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「人は人生すらも捏造して生きている」という表現は、
いま読み返しても「すごい」、の一言に尽きます。

ミクシィ日記キーワードランキング「攻殻機動隊」が2位になっていたので、
ちょっちゅむかしの原稿引っ張り出してみたさ~。(´ー`)

大川内 麻里のサイト OkawauhiMari.net
http://okawauchimari.net/

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