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#004 ひとに物事を任せる技術は、信頼関係と協力しあえる関係を構築する

「人に頼むより自分でやってしまったほうが早くできるじゃないか」
 などと言って、人に仕事を任さない人もいますが、どんなに早く仕事をしても、それにかかる時間を0(ゼロ)にすることはできない
のです。その反対に、
「この仕事は誰かに任せることができるのではないか」
 という発想をつねに持っている人は、それだけタイムパフォーマンスに優れている
人といえます。


出典:
『1時間の仕事を20分で終わらせる――ダンドリ上手になる技術』 秋庭道博 著 (かんき出版)
 46頁/45-48頁「自分でやらなければ時間はかなり浮く」より
 初版:2006年1月5日

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 かつてのわたしは、ひとに仕事をお願いするのが苦手な人間でした。ひとさまに頼ることが苦手で、頼ることのできる、自分の弱みを見せることのできる相手というのは限られていたのです。

 当時、口にしていた理由は、二つあります。

まず、ひとつめ。
「こんなことまで、わざわざやってもらうのは、わるいから……わたしがやっちゃうよ」

 そして、ふたつめ。これがまさに
「指示出ししている時間がもったいない。自分でやっちゃった方が早いじゃん」
 だったのです。

 これら、二つの言葉の背景にある、当時のわたしの心理状態を分析してみましょう。

 まず、ひとつめの「こんなことまで、わざわざやってもらうのは、わるいから……わたしがやっちゃうよ」のとき。具体的に、どんな行動をとっていたか。

 たとえば、わたしが編集者をやるときには、事前にライターさんに原稿を発注する際、テイストや文体、盛り込んでほしい内容の注釈を入れた、見本原稿を作成し、渡していました。
 それに添っていない原稿がきたとき。わたしは、「編集意図が十分に伝わっていなかった。これはわたしの責務であり、編集の仕事のうち」と、原稿を全文書き直していたのです。
 たしかに、ライターと編集の仕事の境界はあいまいではあります。しかし、編集者のやるべき原稿の手直しは、全文を書き直すといった、根底からのやり直しではないのだと気付きました。
 このとき、わたしがやるべきだったのは、いま一度、事前に打ち合わせた原稿の発注内容を、ライターさんに確認することだったはずです。
 全文を書き直されたものを、あとで目にするよりは、時間の許す限り、自分で手直ししたい――文章を書く仕事のプロフェッショナルとして、当然の思いでしょう。相当、気分を害したライターさんもいたであろうと思います。

 これは、わたしとしては「ひとさまに、お手間をおかけするのに、気が引けてしまう」という遠慮の気持ちのつもりであったのですが、わたしの『完璧主義』の現われでもあったと振り返ります。

 その後に、わたしは、編集方針書を出し、それに基づいて、ライターさんへの要望を明記。その要望も、ある程度フレキシブルにし、ライターさんの自由度をあげるようにしました。
 そして、あがってきた原稿に、不備な点、こうした方が読者に伝わるといった点は、原稿内に質問として書き込むようにしました。
 次に、ふたつめの「指示出ししている時間がもったいない。自分でやっちゃった方が早いじゃん」。具体的に、どんな行動をとっていたか。

 わたしは、企画から執筆、編集、デザインやDTPまでできるスキルをもっているため、編集者として、どのセクションの仕事に対しても、要求水準が高く、鬼のように厳しくなってしまっていたのです。
 ですから、タイムリミット(印刷所へ、完成したデータを渡さなければならない期限など)が近づくと、最後の作業をやってくれているDTPの方々に対し、半ばキレて、朱字を入れて修正してもらうべきところを、データを引き上げて、自分で直してしまっていたのです。

 これは、『驕り』以外のなにものでもなかったと振り返ります。

 最初から最後までのスキルをもっているから、ひとりで本をつくれちゃう」とひとからもいわれていたし、自分でもそう思い込んでいたのです。
 実際に、そうして、ひとりでつくった本もあります。しかしながら、執筆なら執筆、編集なら編集、デザインならデザイン、DTPならDTPと、ひ とつの作業に集中しなければ、それは決して仕上がりのいい本にはならないのです。ひとりの人間がやることで、他人の目というフィルターを通さないため、ど こかに、普段ならやらないような見落としなどがある。
 単純なスキルの有無の問題ではないのです。
「餅は餅屋」、それぞれのプロフェッショナルにお願いすることはお願いして、分業し、自分は自分のやるべきことに集中すべきなのです。その方が、絶対にいい本が仕上がるのです。

 さて、『完璧主義』と『驕り』というふたつの心理上の問題があったことが浮き彫りになりました。
 これらは、換言すれば、『ひとさまのプロフェッショナルとしての力を、100%信頼しきれていなかった』ともいえます。

 こんなわたしに、変化が現れはじめたのは、自分にアシスタントの子がついてくれたこと。そして、自分で会社を興して、実務だけではなく、マネジメントも仕事になったこと。
 これらが契機でしょうか。

 では、これらを契機として、わたしに新しく芽生えたものがあるとすれば、それはなんでしょうか。

 それは、『ひとを育てる』という意識にほかなりません。

 いま、わたしの会社では、アメリカでは、スタンダードな働き方となっている『インディペンデント・コントラクター』(プロジェクトごとに、仕事 に参加し、社員と同様の動きをする)のスタイルを取り入れて、フリーランスの方々などに、お仕事をお願いさせていただいています。

 そこには、絶対的な『信頼関係』が必要であり、また、弊社において、そういった働き方をしていただくからには、相手の方にもメリットがなければならない。
 もし、弊社の仕事を通じて、そのひとが、新たな可能性を展開することができたり、能力を伸ばすことができたりすることができれば――それは、相手の方にとっても、メリットとなりうるのではないか。そう考えています。

 それは、同時に、わたしたちにとっても、相手の方に『喜び』を伴って、仕事に『ご協力いただける』という『喜び』にもなるのです。
 そこに、お互いの『喜び』が伴わないのであれば、それは『仕事』ではなく、ただの『作業』以外のなにものでもない。

 協力者なしには、仕事ばかりか、生きていくことすら困難です。ひとは、決して、ひとりでは生きていけませんよね。

 あなたは、どんなとき、どんなひとに支えてもらって生きていますか?


#000 この記事は、2006年4月~1年間、ブログ「大川内 麻里の“人生がより心豊かになる”コトバ 1日1文」で連載していたものを転載しております。

#000 タイトルに「#番号」のついている記事についてはこちらをお読みください。

 

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