「出版人」とは(1)――“いい仕事”をするということ
わたしは、よく「出版人」という言葉を使う。
これは、たとえば編集者や著者など、出版業界に携わるひとたちの総称として使っているわけではない。
また、「編集も執筆も、あとデザインもDTPもできます~なんなら撮影もー」などといった、出版関連のスキル面の多様なひとなどを示しているわけでもない。
わたしがいう「出版人」とは、
(1)そのひとの“出版物(媒体は、書籍、ムックや雑誌、あるいは、広告媒体、WEBなど、あらゆるものを含む)”に対する「意識」「姿勢」「価値観」「目的」「そのひとなりの意味」
(2)その“出版物”を“つくる”上での「意識」「姿勢」「価値観」「そのひとなりの意味」
(3)自分のつくった“出版物”を読む“読者”に対する「意識」「姿勢」「価値観」「そのひとなりの意味」
を基準としている。
つまり、出版に対して、どんな「意識」をもって、どんな「姿勢」で取り組んでいて、その根底には、どんな「価値観」があるのか、そして、「目的」ははっきりとしているのか、そこに、どんな「意味」が込められているのか、揺るぎない思いや原点などを、常にしっかりともっているのか――といったことだ。
そこに“なにか”があるひと、それが客観的に見て(※)、なんらかの社会的な“価値あるもの”であること。
そんなひとを、わたしは「出版人」と呼んでいる。
(※・・・とはいえ、客観視においては、客観視するひと、それぞれのもつ価値観や考えなどにより、その“客観的事実”は、それぞれに違ったものとなるのは自明、万人に共通するわけではない。
ただし、出版物は、最終的には読者のためのものであるにほかならず、したがって、ここでの“客観視をするひと(それがつくられた背景を多分に含む出版物の受け手)”は、当然ながら、“読者”であるべきだと考える。その読者は、たったひとりでもいい。たったひとりにとってであっても、価値あるものであるとしたら、それは、十分なもの。たとえ、たったひとりのためにであったとしても、それを求めてくれる読者がいるとするならば、そのひとりのために、出版物をつくるべきである)
過去に、出版業界というところは、フェイクのはびこりやすい土壌であるということなどを、「リアル出版人とフェイク出版人」や「読者の自由」などでも述べた。
このころは、「出版人」という言葉を、出版に携わるひとたちへの総称として使い、その上で、リアルとフェイクという分け方をしていたのだが、しかし、後者は、たとえ「フェイク」とつけたところで、それでも「出版人」という言葉で称する価値もないと、昨今では考えている次第。
世のなか、編集者やライターなんて腐るほどいる。
しかし、そのなかで、「出版人」だと感じさせられるひとが、どれほどいることか。
わたしは、そんな「出版人」の方々と仕事をさせていただきたい。(また、ありがたいことに、仕事をさせていただいている)
なぜなら、「出版人」の方々から頂戴したり、「出版人」の方々へ、こちらからお話させていただいた仕事というのは、かならず、“いい仕事”になるからだ。
それは、おのずから、自己成長につながる。
ここでいう“いい仕事”というのは、プロセスも結果も含むが、それらが、すべて、楽しかったり、うれしかったり、売れたり、すぐれた功績を実績として残したなどといった、所謂“成功”、つまり、“一見して、わかりやすく、プラスにつながる仕事”といったものだけを示すわけではない。
つらかったり、大変な思いをしたり、売れなかったり、実績をあげることができなかったりなどといった、所謂“失敗”や“挫折”など、つまり、“一見すると、マイナスとなってしまった仕事”であっても、そこから、学べるもの、うまれるもの、自らの糧とすることができるものは、かならずある。
わたしはそう断言する。
否、むしろ、後者から学べるもの、生まれるもの、自らの糧にすることができるものは、大きいのではないか。
要は、“失敗”や“挫折”など、“一見すると、マイナス”の体験に対する、自分のあり方、捉え方、見方、姿勢なのである。
逆境という場面においてこそ、そのひとの真価というものが問われるのではないだろうか。
(これは、仕事に対してのみではなく、生きていく上でのすべての体験についておなじことがいえる)
「生きていく上での体験に、マイナスも無駄もない。すべてが、自らの糧となる」――13歳くらいのころのわたしの持論であるが、おおむね、間違いではなかろう。
(生きていく上での体験=「人生」……とも換言できるのだが、わたしには、これを考えていた13歳当時は無論のこと、たかが28歳そこらのいまも、「人生」を語るなど、大それたことは、まだできないので)
さて、今回はここまでにして、次回は、“いい仕事”をしていくことが与えてくれるもの、“いい仕事”をしていくために、「出版人」と仕事をしていくために必要なこと、自分がどうあるべきかなどについて、お話ししたいと思います。
【関連記事】
「「出版人とは」(2)――“いい仕事”をしていくために自分はどうあるべきか。そして、“夢”を叶えるということとは?」
「【編著新刊】「夢を実現した わたしの仕事 わたしの方法」(ダイヤモンド社)に思うこと――仕事には、“経験”や“成果物(作品)”、“年齢制限”よりも、もっと大切なものがある」
「編集者の仕事を一言でいうと? そのために必要なこととは?」
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コメント
ちょっと突っ込もうと思って書こうと思ったんですが
>>リアル出版人とフェイク出版人
のリンク先を読んだら解決というか、「あ、そこ突っ込もうとしたのに」という状態でした。つまり、「本当に伝えたい事があるか?」というモノがあるか無いかというかなり大きな問題だと思う。銀行員なら逆に排除すべきですが。
金の成る木と言う面で見れば、堀江氏が現在、狭い部屋で執筆をし、「本当の事全て」みたいな本を出し、帯びも自分で書いちゃって「本当の事を書きます金儲けがメインではない。だから価格もワンコインである」と書かれていて500円で売れば大量に売れるだろう。これはまだ良い方だ。もっとどろどろして、読者をひっかける作り話でっちあげたりしているんであろう。
しかーし、「出しても売れないけど、すげー良い事を書いた。金ではない、出版しなければ」
というメラメラしたものが貴重だと思います。
後、文章を書くのって個人作業なので、週末にちょこちょこ書き貯めて小説書きましたというより、ひきこもりが生活、社会的に煮詰まった状態で書いた方が完成度が高いものができると思うので、素晴らしい作品というのはエリートコースの人とか、なんとか社長とかではなく、もっと社会の闇で一人でこけて頭を打ってクラクラしている人の方がポテンシャルがあるんじゃねーのかと思う次第です。作家を発掘するなら、ひきこもり、精神病院、ま、こう言ったところでしょうね。
最近売れてる作家を見ると、そういう底辺からの叩き上げじゃなくて、頭脳的な手法によって読者の心を掴んでる感があります。全て予測してあった手法さ…なんて影でニヤリとしてそうです。
投稿: gigababa | 2006/02/26 16:11
>ぎがばばさん
そうそう、ぎがばばさんのいうとおり。そういう気概のある編集者や著者が、驚くほどすくない。
もちろん、「いいことを伝えるため」に「売る」ことは必要だとは思うんです。売れなきゃ、せっかくのいいことも伝わらないから。
でも、いまの出版社・編集者・著者は、ただ「お金」のために「売る」、それが目的になっている。わたしは、そういう連中は「出版人」だと思っていないので、ハナから関わらないんだけれど。
著者としてのポテンシャルは、エリート連中よりも……っていうのも、おおむね同意。いまだに大手出版社では、学歴や家柄(!)で編集者を採用しているなーんて、時代錯誤なことが行われていて、だーかーらー、おなじような価値観をもった著者としか付き合えない。そんな連中だけで本つくってる限り、本当にいい本なんてつくれないよ。
あ、おおむね同意って書いたのは、書くことって、作業自体は、たしかに「個人作業」なんだけれど、かならず、その先には読者が見えていないといけないもので、それを編集者といっしょに見つめて、コミュニケーションしながら書き進めていくのが、本来あるべき姿だと思うので。
しっかし、コミュニケーション能力のない編集者モドキの多いこと多いこと!
ところで、もうすぐ、著書を上梓します。覚えてくれているかなー、ずーっとまえに、ジャパニーズコリアンの方のインタビューをしたって話をしたの。その原稿も含まれてます。
投稿: 大川内 麻里 | 2006/03/05 18:54