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2006年2月の2件の記事

「出版人」とは(1)――“いい仕事”をするということ

わたしは、よく「出版人」という言葉を使う。

これは、たとえば編集者や著者など、出版業界に携わるひとたちの総称として使っているわけではない
また、「編集も執筆も、あとデザインもDTPもできます~なんなら撮影もー」などといった、出版関連のスキル面の多様なひとなどを示しているわけでもない

わたしがいう「出版人」とは、
 (1)そのひとの“出版物(媒体は、書籍、ムックや雑誌、あるいは、広告媒体、WEBなど、あらゆるものを含む)に対する「意識」「姿勢」「価値観」「目的」「そのひとなりの意味」
 (2)その“出版物”を“つくる”上での「意識」「姿勢」「価値観」「そのひとなりの意味」
 (3)自分のつくった“出版物”を読む“読者”に対する「意識」「姿勢」「価値観」「そのひとなりの意味」
基準としている。

つまり、出版に対して、どんな「意識」をもって、どんな「姿勢」で取り組んでいて、その根底には、どんな「価値観」があるのか、そして、「目的」ははっきりとしているのか、そこに、どんな「意味」が込められているのか、揺るぎない思いや原点などを、常にしっかりともっているのか――といったことだ。

そこに“なにか”があるひと、それが客観的に見て)、なんらかの社会的な“価値あるもの”であること。

そんなひとを、わたしは「出版人」と呼んでいる。

(※・・・とはいえ、客観視においては、客観視するひと、それぞれのもつ価値観や考えなどにより、その“客観的事実”は、それぞれに違ったものとなるのは自明、万人に共通するわけではない
ただし、出版物は、最終的には読者のためのものであるにほかならず、したがって、ここでの“客観視をするひと(それがつくられた背景を多分に含む出版物の受け手)”は、当然ながら、“読者”であるべきだと考える。その読者は、たったひとりでもいいたったひとりにとってであっても、価値あるものであるとしたら、それは、十分なもの。たとえ、たったひとりのためにであったとしても、それを求めてくれる読者がいるとするならば、そのひとりのために、出版物をつくるべきである)

過去に、出版業界というところは、フェイクのはびこりやすい土壌であるということなどを、「リアル出版人とフェイク出版人」「読者の自由」などでも述べた。
このころは、「出版人」という言葉を、出版に携わるひとたちへの総称として使い、その上で、リアルフェイクという分け方をしていたのだが、しかし、後者は、たとえ「フェイク」とつけたところで、それでも「出版人」という言葉で称する価値もないと、昨今では考えている次第。

世のなか、編集者やライターなんて腐るほどいる。

しかし、そのなかで、「出版人」だと感じさせられるひとが、どれほどいることか。

わたしは、そんな「出版人」の方々と仕事をさせていただきたい。(また、ありがたいことに、仕事をさせていただいている)

なぜなら、「出版人」の方々から頂戴したり「出版人」の方々へ、こちらからお話させていただいた仕事というのは、かならず、“いい仕事”になるからだ。

それは、おのずから、自己成長につながる。

ここでいう“いい仕事”というのは、プロセスも結果も含むが、それらが、すべて、楽しかったり、うれしかったり、売れたり、すぐれた功績を実績として残したなどといった、所謂“成功”、つまり、“一見して、わかりやすく、プラスにつながる仕事”といったものだけを示すわけではない

つらかったり、大変な思いをしたり、売れなかったり、実績をあげることができなかったりなどといった、所謂“失敗”“挫折”など、つまり、“一見すると、マイナスとなってしまった仕事”であっても、そこから、学べるものうまれるもの自らの糧とすることができるものは、かならずある

わたしはそう断言する。
否、むしろ、後者から学べるもの、生まれるもの、自らの糧にすることができるものは、大きいのではないか。

要は、“失敗”や“挫折”など、“一見すると、マイナス”の体験に対する、自分のあり方、捉え方、見方、姿勢なのである。
逆境という場面においてこそ、そのひとの真価というものが問われるのではないだろうか。
(これは、仕事に対してのみではなく、生きていく上でのすべての体験についておなじことがいえる

「生きていく上での体験に、マイナスも無駄もない。すべてが、自らの糧となる」――13歳くらいのころのわたしの持論であるが、おおむね、間違いではなかろう。
生きていく上での体験=「人生」……とも換言できるのだが、わたしには、これを考えていた13歳当時は無論のこと、たかが28歳そこらのいまも、「人生」を語るなど、大それたことは、まだできないので)

さて、今回はここまでにして、次回は、“いい仕事”をしていくことが与えてくれるもの、“いい仕事”をしていくために、「出版人」と仕事をしていくために必要なこと、自分がどうあるべきかなどについて、お話ししたいと思います。

【関連記事】 
「「出版人とは」(2)――“いい仕事”をしていくために自分はどうあるべきか。そして、“夢”を叶えるということとは?」
「【編著新刊】「夢を実現した わたしの仕事 わたしの方法」(ダイヤモンド社)に思うこと――仕事には、“経験”や“成果物(作品)”、“年齢制限”よりも、もっと大切なものがある」
「編集者の仕事を一言でいうと? そのために必要なこととは?」

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元フリーター編集者が語る! 圧迫面接は、相手の目的を見失うな!――採用の突破術(4)最終編

さて、この「元フリーター編集者が語る! 採用の突破術」連載も、今回で最後。
最後は、圧迫面接についてです。

圧迫面接で、パニックになったり、しどろもどろになったりしてしまわないための方法を教えます。
それは、圧迫面接の目的、それがなんのために行われているのかを見失わないことです。

圧迫面接で見られているのは、ストレス耐性、質問に切り替えす頭の回転の速さ、ずるずると凹んだままの気持ちをひきずらない態度、すぐに気持ちの切り替えができるかどうかなどです。
質問そのものにどう答えるかは、さほど重要ではないといってしまっていいと、わたしは考えています。見られているのは、質問の答えそのものよりも、もっと周辺的なことなのですから。

それさえ、頭に入れておけば、圧迫面接は、圧迫面接とも捉えられないほど、楽に乗り切れるはずです。

出版業界の圧迫面接として、よく使われる質問は「編集セクションではなく、営業に配属になったらどうするか?」といったもの。
でも、「出版業界の仕事とは?(2)――出版社の営業って……? 配属先や職種によって、勝ち組・負け組かわかれるのか?」を読んでみてください。編集センスというものは、出版営業力によってこそ培われるといっていいほど、営業はぜひ積極的に経験しておくべき仕事なのです。

ではでは、これまで読んでくださったみなさん、ありがとうございました。
みなさんが、フリーターからの一発逆転をしてくれる日を楽しみにしています

【関連記事】
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