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2005年11月の9件の記事

ブログは、どこまで情報&コミュニケーションツールとして発展するか

ブログには、ふたつの側面がある。
「情報ツール(収集・発信・提供・活用)」として、そしてまた「コミュニケーションツール(現実社会で知っているひと、知らないひと含め)」としての両側面である。

わたしは、それらのいずれも否定はしないし、いずれもニーズのあるものだと考えている。そもそもブログを書こうが書くまいが個人の自由だ。

ブログが日本で流行りはじめたころ、それまでのWEB日記をブログに移行するひとが多かったため、日本のブログは「日記型」のものが主流だった。
当時、懇意の編集者らのあいだでは、そもそものブログのはじまりが、イラク戦争時の現地記者のオフィシャルで流せないレポートだったこともあり「ブログはもっと情報ツールとして活用できるようなものになるべき」という声があがっていた。
ある編集者の言を借りると、日記型のブログをして「そんな情報にどれだけの価値があるのか」と。
でも、わたしは、そういったブログの存在に否定的な姿勢ではなかったため「いいんじゃ~ん、それはそれで楽しんでるひとたちがいるんだからさぁ~。見なきゃ~済むことだし。まぁたしかに検索するときにうざいのが引っかかってくるけどねぇ~」くらいのかんじでいた。
ただ、ほかのひとに見せることを前提としているところ(ブログに限らず)で「私信」というのは……たしかにちょっと見ていて気分のいいものではないかもしれないとはわたしも思う。

その後、なんやかんやあって、3つのブログを運営するに至ったわたし。
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 ●SEX-Therapy【セックスセラピー】
 http://blog01.okawauchimari.net/
 ●元フリーター編集者の出版日記
 http://blog02.okawauchimari.net/
 ●27歳起業女子の一言、二言、いや三言くらい言わせてよ。
 http://blog04.okawauchimari.net/
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以前にWEBサイトをもっていたときに、さまざまなテーマを入れ込みすぎてしまいユーザーによって、心理学を活かした掲示板は利用するけれど、映画評には興味がないといった、使用コンテンツの偏りを招いてしまったため、あえて、今回は3つにわけたのである。

それぞれのブログにもたせている役割も、それぞれで若干異なる。また、それによる工夫も多少ながらしてはいる。

基本的に、情報発信・提供のためのブログは下記のふたつ。もちろん、来訪者とのコメントやトラックバックなどによって、意見を交わし、コミュニケーションが発生する場でもある
工夫としては、より読者が求める情報にたどり着きやすくなるように、カテゴリはあくまでもブログ内で取り上げた内容を主体としてわけており、またブログ内検索もつけている。また当然ながら情報の正誤には配慮している。
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 ●SEX-Therapy【セックスセラピー】
 http://blog01.okawauchimari.net/
 ●元フリーター編集者の出版日記
 http://blog02.okawauchimari.net/
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日記型でコミュニケーションツール性の方が高いブログは下記。ただし、パニック障害と鬱病については、治療過程が、誰かへの情報発信・提供になるかもしれないと、それだけはわかりやすいように整理している。ただカテゴリは、基本的にココログのカテゴリに準じ、+「鬱病」「パニック障害」というカテゴリをつくっている
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 ●27歳起業女子の一言、二言、いや三言くらい言わせてよ。
 http://blog04.okawauchimari.net/
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情報ツールとして、コミュニケーションツールとして、それぞれのバランスを見ながら、わたしはこうして3つのブログを活用している。
情報ツールだけに偏ってしまっても、コミュニケーションツールだけに偏ってしまっても、ブログのよさを活かしきれていないように思うからだ

また最近ではブログを営業ツールとして使おうといった時流もあるようだ。
ブログを副業にしようという時流もある。情報ツールとして、的確に求める情報を取得するために使っているという層もいると聞く。

そんなこんなで、「日記型」のみのブログは、だんだんとすたれはじめ昨今よく目にするのは
 「日記+写真」
 「ニュース+感想」

といったタイプだ。とても多くなった。

後者は、できれば「感想」にとどまらず、「考察」にまで及んでほしいな……というのが、わたしの勝手な願い。「感想」レベルだけなら、よほどおもしろい視点のひとのものしか読む気が起きない。「感想」もなく、ただニュースだけを逐一アップロードしている層もいるが、その目的はなんなのだろう? 純粋に不思議に思ってしまう。

まえに活字離れの記事にも書いたのだけれど、わたしはいまRSSリーダー主な情報収集源としている。
わたしの使っているRSSリーダーはメーラーに届くようになっていて、あちらの設定次第ではHTMLでページごと情報を取得して保存しておくことができるので、非常に便利。ただし、ごめんなさい、わたしが使っているのは、Becky!というメーラー専用のものなの。OutlookExpressなんかでも、おなじようなフリーウェアなんてあるのかしら? ありそうだと探したんだけれど見つからなかったなー。もしご存知の方がいらっしゃいましたら、コメントをよろしくお願いしますね。

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■Becky! BlogReader プラグイン
http://www.vector.co.jp/soft/win95/net/se357783.html

■ニュースサイト
http://news.ceek.jp/
まず、ここがなかなか秀逸かと。連邦のゲットニュースっていうか、Yahoo!のトピックスみたいに、報道各社から情報を収集していますから。わたしはここのヘッドライン関心のある分野の記事だけ引っ張ってこられるようにしていますね。ニュースに関しては、タイトルだけで内容がだいたいわかりますし。一定の文字量はRSS配信されてきますしね。
●あとは、朝日新聞さん。これはHTMLでページを取得できます。
http://www3.asahi.com/rss/index.rdf
●それから、日経さんですね。これは記事のURLだけがきます。
http://nikkeibp.jp/jp/flash/index.rdf

 +個人ブログでも、また情報源にもなって勉強になるブログをいくつか登録させていただいています。

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以下、わたしにとっては役立たずだったので使っていませんが、こんなのもありまっせってことで。
●Yahoo!新着情報 - 話題先読み情報
http://picks.dir.yahoo.co.jp/topics/rss/
●注目のトピックス - gooニュース
http://news.goo.ne.jp/news/rss/topics/chumoku/index.rdf
●スラッシュドット ジャパン
http://slashdot.jp/slashdotjp.rss
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さて、そんなこんなのブログ。
今後、あなたはブログになにを求めますか? ブログがどのように発展していくことを望みますか?
また現状のブログで不満にかんじていることはありませんか? もっとこうだといいな~と思うことはありませんか?



本日のBGM♪ 街路樹 / 尾崎豊
わたしがむかし尾崎ファンだったって信じます? つか、尾崎の曲なら、すべてギターやピアノで弾き語れる(弾き語るなよ笑)って信じます??
てか、
こんなこともありましたなぁ……懐かしい。

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産休・育休後の働く母が本当に求めているものとは?<「マザーハローワーク」来年お目見え=子育て女性の再就職支援-厚労省

今日は、すこしまえの記事だけれど、下記から。

■「マザーハローワーク」来年お目見え=子育て女性の再就職支援-厚労省

 厚生労働省は10日、来年度から「マザーハローワーク」を新設し、企業の求人情報だけでなく、子育て中の女性が働く時間を確保するための保育所や託児サービスの情報を提供することを明らかにした。少子化にブレーキをかけるとともに、生産年齢(15~64歳)人口の減少を女性の就業率向上で穴埋めする政策効果も期待している。当面、北海道から九州まで12の大都市でスタートする予定だ。 
(時事通信) - 11月10日15時0分更新


実際の女性たちの求めるものを満たしていないよねぇ。
別にわるいことだとはいいません、いいことだと思いますよ。
ただ、ちょっと実際に求められていることからは、ことごとくはずれた対策だなぁと。

彼女たちが求めているのは、まさに「出産・育児か」「仕事か」の二択をせまられることなく、出産まえからの仕事に、同待遇で戻れることですよ。
「出産・育児か」「仕事か」の二択をせまられることが、少子化の追い風となっているんですよ。

ただやはり育児の問題は現実としてあるのはたしかなことなので、この「マザーハローワーク」の託児施設が、金銭面や時間の面などで、しっかり働く母親たちをサポートすることができるまでのものになるかどうか注目したいところですね。

しかし「ハローワーク」自体もなんだかなぁ……って印象を受けますね。
いかにも「仕事のない失業者」と「彼らを“働かせてやってもいい”企業」のマッチングといったかんじで。
わたしもいったことがありますが(新宿六本木)、結局のところ、お世話にはならなかったです。もちろん、ハローワークを利用して、自分に合った職場とめぐり合い、いいお仕事をなさっている方もいらっしゃるでしょうから(わたしの母もそうですしね^^)、あまり変なことを書くつもりはないのですが……ただ、わたし個人が受けた印象としては「自立支援」とはいいがたいなと。もちろんハローワークが介入しているから仕方ないのだけれど、入社試験や面接のアポも職員の方が取ってくれることに悲しくなってしまって、「そんなことくらい自分でできるよ」って思ってしまったんです。それに空気もすさんでいるというか……みんな神経をピリピリとさせてとげとげしくて隣のひとがすこしでも物音でも立てようものなら、殴らんばかりの勢いでいるような殺伐とした場でしたね、わたしが見たところに限ってはすくなくとも。おまけに六本木のハローワークで仲良くなったアメリカ人はしつこく口説いてくるし(爆)

えっと、これは意外としられていないことかもしれないので、書いておきます。
ハローワーク・職業安定所・職業支援センターなどと一口にいっても、場所柄によって求人の傾向も若干違います。たとえば新宿だったら飲食業といったように。
もちろん各所に入ってきた求人情報を共有しあいはするんだけれど、共有までのタイムロスを考えると、自分の探している仕事にもっとも近いところを選んだ方がいいですよね。

それから、昨今では農業をやりたい若い世代がすくなからずいて、世襲制だった農家の仕組みも法人化される向きなどがあるようですが、「就農等支援コーナー」は、都内では六本木と渋谷にあります。その他はココ

あと、新卒既卒用の窓口は六本木にあります。その他はココ
ハンディキャップをもった新卒・既卒の方の窓口はココ。「大学等学校と連携をとりながら、大学(院)、短大、高専、専修学校、公共職業能力開発校(2年課程)の新卒者及び大学等卒業後1年未満の方の就職支援」というのが、実際のところ、かなりハードルの高いものなのではないか、もっとハードルを低くした職業斡旋所があってもいいのではないかとは思いますが。

総じて、ココでは総合的にさまざまな情報が見られると思います。



本日のBGM♪ 街路樹 / 尾崎豊
わたしがむかし尾崎ファンだったって信じます? つか、尾崎の曲なら、すべてギターやピアノで弾き語れる(弾き語るなよ笑)って信じます??
てか、こんなこともありましたなぁ……懐かしい。

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他人を羨ましがる気持ちは、あなたを貶める。他人を尊敬し感謝する気持ちは、あなたを理想像に近づける。

外交官をお父さまにもち、幼いころから世界各国をまわって、帰国後に東大を卒業、在学中からすでに執筆などさまざまな表現活動に携わり、いまは堪能な語学力と幅広い見識を活かして、ラジオパーソナリティーや評論家として活躍中の七尾藍佳ちゃん(著書:「ホメコトバ」――まっすぐな目をした女の子が、世界中からいいひとと言葉を集めた/石田衣良氏)を取材させてもらっていたときに話題に上ったこと。

「羨ましがり方にも、いい羨ましがり方とそうじゃない羨ましがり方があって……」

藍佳ちゃんの経歴は、誰が見ても一見華やかなもの。だけど、その裏には、彼女が彼女自身の力で乗り越えてきたことつかみとってきたことが、多分にある。
わたしは彼女と出会って、すぐにそれがわかった――彼女の瞳を見て。彼女のまっすぐできれいな瞳は、なにも語らずとも、彼女の生きてきた道程を物語るかのようだった。

けれども、そういったところに目を向けず、ただ表面だけを見て「藍佳ちゃんはいいよね、東大出て、こうして輝いていて……」と羨ましがられることがやはり多いという。一生懸命勉強ばかりに打ち込んできてやっと東大に入って、ふと気付いたら「わたしっていったい……?」そんなアイデンティティクライシスのひとに多い。

さて、わたしは、いつだって、まわりのひと、こと尊敬するひとに恵まれて生きてきたという実感が、確実にある
とてもありがたいことだと、日々感謝するばかりだ

でも、他人さまに「恵まれていて羨ましい」といわれると、なぜだか、とても違和感を覚える

まず、わたしはそんな他人さまに羨ましがっていただけるような人間ではないし、羨ましがっていただけるほどの環境で育ったかといわれると、それも「ある一定の年齢以上になったら、環境は与えられるものではなく、自ら作り出すものだと考えている。
でも、そのひとがそう思うのは、そのひとの勝手であって、第三者がそのひと個人の思考に立ち入ることはできない。たとえ、そこで「恵まれていて羨ましい」と思われている対象であるわたしであってもだ。

他人さまのことなので、どうこう口出しをするつもりはないが、ただ第三者として余計なおせっかいで思うのは、「それではそのひとの自己成長は望めないのではないか」と。

わたしは尊敬するひとにすこしでも近づきたくて、いつもいつも「自分のこうなりたい像」を描いてきたそれが、いまのわたしという人間を形成している。

もしも、それをもって「恵まれていて羨ましい」といっていただけるのであれば、それよりも何倍も「あなた自身が尊敬できるひとを見つけること」をお勧めする。それが、あなたにとって、あなた自身の手で開拓した、あなた自身を伸ばしてくれる「恵まれた環境」となるはずだ。そして、それらに慢心することなくまわりへの感謝の気持ちをいつも忘れないでいてほしい

恵まれていて羨ましい。そう考えるのは、自分を貶めてしまうだけ。
他人を尊敬し感謝する。その気持ちは、あなたを恵まれた環境へと導いてくれる。

藍佳ちゃんが、わたしが取材させてもらったときにいっていた「いい羨ましがり方、そうではない羨ましがり方」というのも、こういったことがいいたかったんじゃないかな。
そんな物事の本質を見極めることのできる藍佳ちゃんが、「一見華やかに見えるかもしれないけれど、ジブン、まじでそんっなにほんっとにイケてないんです」という気持ちで綴ったという著書「ホメコトバ」他人を恵まれている、羨ましいと思ってしまうあなたには、特に一読の価値あり!

わたしは思う。
素晴らしいひとに出会ったら、素晴らしいひとを見たら、常にそのひとのバックボーンアティテュードに目を向けていたい。

それは、自分にとって、なによりもの恵み実りになるはずだから。

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本日のBGM♪ EMINEM SHOW / EMINEM

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ネットと少年犯罪の相関への曲解<少年犯罪 ネットで犯行誇示 専門家分析…心奥の敵意表出

■少年犯罪 ネットで犯行誇示 専門家分析…心奥の敵意表出

 母親(47)に劇物のタリウムを飲ませて殺人未遂容疑で逮捕された静岡県伊豆の国市の県立高校一年の女子生徒(16)が、ブログ(日記風簡易ホームページ)に衰弱する母親の様子を記録していたことが社会に衝撃を与えたが、重大な事件を起こした少年や少女がネット上で“犯行予告”や“犯行過程”を書き込むケースが続いている。「過剰な自己顕示欲」「深層心理の中の敵意が表出しやすくなっている」…。専門家の指摘からは、少年たちの「心の闇」の深さが浮かび上がる。(豊吉広英) 
 平成十二年五月、九州自動車道で起きた西鉄高速バス乗っ取り事件。わずか十七歳の少年が起こした凶行への恐怖とともに、少年のネット上での言動が驚きを持って伝えられた。
 「佐賀県佐賀市17歳 ネオむぎ茶 ヒヒヒヒヒ」。犯人の少年が犯行の約四十分前に、インターネット掲示板にこう書き込んでいたことが、事件後に発覚した。警察は“犯行予告”めいたメッセージとみて調べた。
 十五年十一月。家族三人を殺傷した大阪府河内長野市の大学一年の少年=当時(18)=に同行していた交際相手の高校一年の少女=同(16)=は、自身のホームページで、少年と共通の趣味だった奇抜なファッション「ゴスロリ」(ゴシック・ロリータ)に関する記述とまじえ、犯行をこう“予告”していた。
 「いってきます。捜さないで下さい。その方が幸せだから」
 精神科医の町沢静夫氏は「お互いに『これだけやった』という顕示欲の競争が行われているようだ」と分析する。「平成九年に神戸で発生した児童連続殺傷事件の『酒鬼薔薇聖斗』を頂点として、『悪の英雄になりたい』という気持ちがあるのではないか」
 今年六月に高知県土佐市の私立明徳義塾高校の教室で同級生をナイフで刺した少年=同(17)=は、犯行前日に自分のHPで「明日こそ殺してやる」と明確に犯行を予告していた。警察の調べに「他人の日記を見て、自分でもつけてみようと思った」と、ほかから影響されたことを供述した。
 このほかに、いたずら目的でネット上に「犯罪を起こす」という予告を書き込む例にいたっては、全国各地で次々と発覚している状態だ。
 「自分の事件を人々に知られ、報道されることが犯行の目的になっている」。帝塚山学院大教授(犯罪精神医学)の小田晋氏は「情報発信手段が多様化する中、不特定多数に自分の行為を知らせる手段としてネットを利用し、達成感を感じている」としたうえで、「自己顕示欲を満たしたいなら犯行後に自首すればいいはずだが、実際には捕まるのは嫌で、逮捕されれば、否認したり、のらくらと逃げ回る。子供たちの心の内に矛盾する感覚がある」と指摘する。
 一方で、ネットでの激しい書き込み内容と、少年、少女の実像のギャップに驚く捜査関係者も少なくない。河内長野市の事件の少女は逮捕後、関係者から「あなたのホームページに皆が驚いている」と言われ、「あれは冗談ですよ。真に受けたんですか?」と淡々と答えたという。「少女の様子は普通で、真意がどこにあるのか分からなかった」。警察のベテラン捜査員でさえ、凶悪犯罪を起こした少年、少女の実像をはかりかねるケースが出ているほどだ。
 静岡の女子生徒のブログについて町沢氏は、「自己顕示欲だけではない、違うものを感じる。自分の親を殺害しようとし、それを冷静に観察し、書き表すことができるというのは、普通の精神状態ではない。自分が自分ではないような感覚があったのではないか。アイデンティティー(自己同一性)がおかしくなっているような感じを受ける」と驚く。
 一方、小田氏は「同性の親への敵意自体はどの子供にも起き得る。娘の母親への敵意は『エレクトラコンプレックス』と呼ばれるが、通常は強く抑圧されるもの。しかし最近の教育の中で、親への孝行ということが軽視されるようになり、また、尊属殺人に対する処罰が以前より軽くなってきた流れを受け、抑圧してきたバリアが低くなり、心の深層にあった敵意が浮上してきた可能性がある」と指摘している。
     ◇
 【ネット上で犯行を“誇示”した主な少年犯罪】
 ■西鉄高速バス乗っ取り事件(平成12年5月)犯行前、「ネオむぎ茶」のハンドルネーム(筆名)で「ヒヒヒヒヒ」とネット掲示板に書き込み。17歳の少年
 ■新宿駅前の刃物突き付け人質事件(13年12月)犯行前にネット掲示板に「今日新宿にて何かが起きる」「人質とって立てこもる」などと“犯行予告”。16歳少年
 ■大阪府の一家3人殺傷事件(15年11月)自身のHPに「いってきます。捜さないで下さい」と書き込み。16歳の少女
 ■明徳義塾高同級生殺人未遂事件(17年6月)「『明日こそ』にならないように、ちゃんと殺そう」とブログに記す。17歳少年
 ■静岡県の母親毒殺未遂事件(17年10月)ブログで、「殆ど動けなくなってしまいました」「原因は解っています。タリウムです」などと母親の“観察日記”を記す。16歳少女(少年少女の年齢は当時)
(産経新聞) - 11月14日3時3分更新

パソコンやインターネットは、ただのツールにしかすぎない。
それをあたかも少年犯罪を助長するものであるかのように分析するのは短絡的である。

また、これらの書き込みは「犯行を誇示」したものではなく、彼らのクラクションSOSのシグナルであったとわたしは考える。

芥川だって「曖昧な不安」を遺書に書き残しているし、三島だって「魂のとりかえしのつかぬ癌症状」という言葉を残して自害しているし、太宰だってどれだけの言葉を残して未遂も含めて情死したか。彼らの時代にパソコンやインターネットがあれば、それ使ってるって。

町沢さんの下記の分析についてですが、
静岡の女子生徒のブログについて町沢氏は、「自己顕示欲だけではない、違うものを感じる。自分の親を殺害しようとし、それを冷静に観察し、書き表すことができるというのは、普通の精神状態ではない。自分が自分ではないような感覚があったのではないか。アイデンティティー(自己同一性)がおかしくなっているような感じを受ける」
だから、自己顕示欲ではないってば。
アイデンティティがおかしいのではなく、いまちょうどアイデンティティが確立される時期にあって不安定なところにあったのでしょう。そのプロセスでなにかうまくいかなかったのが犯行原因だと思いますが。わが娘に殺されかけた母親の心情は察した上で、そう思いますね。

それから小田さん。
 一方、小田氏は「同性の親への敵意自体はどの子供にも起き得る。娘の母親への敵意は『エレクトラコンプレックス』と呼ばれるが、通常は強く抑圧されるもの。しかし最近の教育の中で、親への孝行ということが軽視されるようになり、また、尊属殺人に対する処罰が以前より軽くなってきた流れを受け、抑圧してきたバリアが低くなり、心の深層にあった敵意が浮上してきた可能性がある」と指摘している。
尊属殺人に対する処罰が軽くなってきたことなんて、この子ら、知りませんって(笑)
刑法200条の削除箇所について、わたしも詳しく知りたいくらいですから。
エレクトラコンプレックスは100%抑圧されるわけではないですよ。通常の母娘関係でも表出します。しかし「敵意」って語弊があるなぁ。

……つーか、いま思ったんだけど。
これ、産経の記者が曲解記事を書いているだけか? てか、そうだな。
町沢さんの言葉なんて、本人がいったそのままを解釈したものとは思えないし。小沢さんしかり。
あぁ大人って怖いねー。

【関連記事】
どんな親であっても、親を尊敬でき、心から赦せる幸福。親を憎む不幸。

本日のBGM♪ Hybrid Theory / Linkin Park
好きでもないけど嫌いでもない。箸にも棒にもかからないバンド^^;の1st。

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無駄こそが効率のよさを生む!?

一見、無駄足を踏んでいるように見えて、実は非常に効率のよい仕事につながっているということがある。

当方、ここ数日ばかり、なんだかずいぶんと久方ぶりに、ちこっとだけ仕事をした気がしておりまして(笑)、つっても、ちょっとしたパソコン系の記事広告ビジネス書の原稿を、ちょろちょろっと書いただけですが。本気でちこっとだけやな。

ビジネスパートナーのササキは、ゼネラリストスペシャリスト
企画から執筆・編集・DTP/WEB制作までをこなすことができるのはもちろんのこと、得意分野とそれらの知識や情報も広く深くさまざまなことに精通し、すぐれた見識を備えている。
それでも、本人は自らの成果物に対してまったく納得していないし、納得してしまったら終わりだとも思っている。それは、経験による話の次元は違うものの、わたしもおなじだ。

わたしはというと、企画・執筆・編集・DTP/WEB制作のスキルは、それなりにありはする。また自分が得意だったり、好きだったりする分野への探究心によってつくられた情報のデータベースが、頭のなかに格納されている。それらを自分の視点や読者ターゲットへ向けた視点など、さまざまな切り口から(この切り口はケースバイケースだけれど)文字で表現することもできはする
けれども、自分のスペシャリティーがなにかというと、それを証明する成果物があるかなどと考えると、先述したように、う~ん……というかんじ。でも、それは経験によって一歩一歩積み重ねていくことだと考えている。

ここで、話をわたしがずいぶんと久方ぶりに仕事をした、ということに戻します。

パソコン系の記事広告なんて、まさにササキのフィールドだから、彼が書いた方が断然早い。
また、ビジネス書は心理学が応用されていることもあって、モロにわたしの得意分野。でもメインの舵取りはササキにお願いしている。

また、わたしが苦手意識をもっている分野の仕事であっても、ササキはわたしが積極的に携われるように促してくれるし、逆にわたしからササキにそういったお願いをすることもある。
そして、たいていは、最初と最後には、二人の意見をすりあわせたり、得意な方がチェックしたりする。

それから、これも偶然にしてササキと共通していたことなんだけれど、原稿の文字数はじめから文字数を意識して書くことって、まずあまりないですね。文字数の指定があっても、ガーッと書くだけ書いて、それから削ります

たとえば、指定が200字であっても、インタビューなんかだと、まぁ軽い雑談から入って、その時間も含めて1時間もあれば、だいたい600字にはなる話を引き出すことができる。インタビュー初体験の不慣れな相手であってもだ。
インタビュー慣れしている著明な方なんかであれば、15分ももらえれば、軽く600字を超える原稿になるね。
まじでつまんねー相手だと、すんなり200字に収まっちゃうけれど(爆)

それで、頭のなかでだいたいのアウトラインを描いてから、原稿に取り掛かるんだけれども、とにかく書きたいことを書いて書いて書きまくるわけ。そうすると、だいたい3~5倍くらいの文字量になっているんだけど、「あぁ~書いた書いた~」とすっきりして(笑)、そこではじめて文字数の調整に入る

だから、媒体に載せてはいない原稿っていうのが大量にあるわけだけれど、こうする方が早いんだよね、わたしらにとっては。

なぜ、このように一見効率のわるそうなことをしているかというと、わたしはこの会社を「長期的な目線で見て成長率の高いものにしよう」というビジネスプランを立てているからだ。

苦手意識をもっていたり経験がなかったりする分野の仕事をすること、それは時間がかかってしまったり、資料などの経費がかかってしまったり、精神的に負担となる場合もあることだけれど、それをすることによって、各自のフィールドは広がる。それはすべからく一企業としての成長につながるもの。

だから、一見効率のわるいように見えるやり方だろうが、得意な方に任せた方が早く仕上がることだろうが、苦手な分野だろうが、(もちろん、ときと場合によるが)こういうやり方をしている

たとえ遠回りをしてでも、長期的に見て成長率の高い会社にしたいのだ。

 それが、わたしの働き方。
 それが、わたしの生き方。


本日のBGM♪ 2台のピアノのための組曲 第一番「幻想的絵画」作品5 / 作曲:ラフマニノフ 演奏:ニコライ・ルガンスキー、ワディム・ルデンコ
 家中、ずぅ~~~っと探していたのよ~、この一枚。見つけたときには、もう感動すらしてしまったよー。聴きたいCDが見つからないときって、むかついてさえくるよね(笑)
 で、本作ですが、ラフマニノフの「2台のピアノのための組曲 第一番・第二番」のほか、ラヴェルの「ラ・ヴァルス」プーランクの「2台のピアノのためのソナタ」を収録した名盤です。わたしが一番好きなのは、組曲第一番の「復活祭」美しすぎて背筋が凍るような単音にはじまり、絶望的な不協和音。そして、ラフマニノフらしい官能的な旋律に、鋭利なほどの情熱が強く込められた一作。
 ルガンスキーとルデンコの呼吸と表現力も高く評価すべきだろう。
 ……え?! 「大川内ってクラシックも聴くんだ?!」ってか?? あの~、じ、実はわたし、出はクラシックなんですが~……不釣合い?^^;(出→5歳ではじめたクラシックピアノから

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祝★【Yahoo! JAPANに登録されました】<SEX-Therapy【セックスセラピー】

え~っと、わたくし、大川内麻里は以下の3つのブログを運営させていただいておるわけですが。

 ●SEX-Therapy【セックスセラピー】
 ●元フリーター編集者の出版日記
 ●27歳起業女子の一言、二言、いや三言くらい言わせてよ。

うち、SEX-Therapy【セックスセラピー】が、このたび、Yahoo! JAPANに、めでたく登録されるハ……ありがたく、ご登録いただくこととなりました。

きゃ~まじで載ってるわ~! ココココ~! ちぇ、ちぇ、ちぇ、ちぇきらーーー(笑)

これも、いつもいらしてくださるみなさまのおかげです♪
ありがとうございます。

当初は、自分の幼少期の性的トラウマをはじめとした、この病んだ心をどうにかするためのひとつの試み、回復への試験的アプローチのひとつとして、いってしまえば、ただそれだけのために立ち上げた、非常に個人的でクローズドなブログでした。
また、立ち上げたのは2004年10月ですが、実際に書き始めたのは2005年4月……と、書こうにもなかなか書けない、いったいなにを文字にしたらいいのか、なにを文字にすべきか、自らカタチをつくっておきながら、わたしにはわからなかったのです。

けれど、ぎこちなく拙い言葉を、すこしずつ、すこしずつ、書き綴っていくうちに気付いたのです――「これは、わたしだけの問題ではない」と。

それからは、「書きたいこと」「これは書かなくては」ということが止まらず、いつしか頭のなかが、いつもあのブログで取り上げたいテーマ、その内容であふれかえっているわたしがいました。

そんなこんなですが、今後とも、すこしでもみなさまのお役に立てるようなものを提供していくことができればいいな……と思っております。

最後に。ブログのプロフィールにも書いている、わたしの夢をここにあらためて記したいと思います。


★目標・夢:
 過去の自分とおなじように悩み苦しんでいるひとがいたら、すこしでもいいから役に立ちたい。つらかったあのころのわたしが求めていたひとになりたい。求めていた本をつくりたい。
 そして、世の中に怒るべきことがあれば、その怒りのエネルギーを昇華しモチベーションとしたいし、また真っ向から立ち向かっていきたい。いつだって、わたしは強者よりも弱者の視点に立ってものごとを見ていたい。
  ――それが、わたしの出版人としての原点だから。

 たった一行でもいい。ほんの一言でもいい。「この言葉に出会えてよかった」「救われたような気持ちになれた」と読者の心に刻まれ、何度でも読み返したくなるような本を、もし生涯に一冊でもつくることができたとしたら、わたしはこれでようやく出版人としてのミッションを果たすことができたと思えることでしょう。


……って、なんで金八・卒業式の言葉風みたいになっとんのんやですが(笑)、みなさん、これからもよろしくね~!

あっ、ほかの2つのサイト(「元フリーター編集者の出版日記」「27歳起業女子の一言、二言、いや三言くらい言わせてよ。」にも、忘れずに遊びにきてね! 普段いわんだけでなぁ、そういうところ、意外と寂しがり屋なんやって、ジブン(爆)

みんな、いつも本当にありがとう!!
そんでもって、これからも、
よろすくお願いいたしたく~!^^

あ~んど、またブログを通じて新たな出会いが生まれることを楽しみにしています。
なにかのご縁で、わたしのブログにたどり着かれた方、仲良くしてやってくださいね~♪

本日のBGM♪ Relationship of command / At The Drive-In
 「いや~若いっていいよね。なんとなく」

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自分では「いやいやいやいや、ジブン、まったくそんなことないっす!」と思っているのに、なぜかまわりには「完璧主義者」「まじめすぎる」「上昇志向が高い」「自分に厳しい」などといわれるひとの“仕事への妥協点”の見つけ方

今日のお話はタイトルどおりです(笑)

え~っと、自分ではそうは思っていないのに、「完璧主義者」「まじめすぎる」「上昇志向が高い」「自分に厳しい」――そういった類のことをまわりにいわれてしまうひとっていますよね。
……って、わたしのことですが(爆)
この自覚のなさが、なんともタチがわるいもの。

結論から先にいいます。
そういったひとの仕事は、いずれ破綻することが見えています。あえて数字でカウントするとすれば、破綻は、0あるいはマイナスとなります。
そうなるくらいなら、別の打開策を考えてプラスの域にとどまっていられるようにしましょうっていうお話が、今日のテーマです。

いま、わたしの仕事を一番そばで見てくれているビジネスパートナーであり、人生のパートナーでもあるひとに、こう評されたことがあります。
 「大川内は、誰よりも上昇志向が高くて、誰よりも自分に一番厳しくて……」
そして、彼はこう続けました。
 「でも、まわりはそれについていけないって思っちゃうことがあるよ」

彼は、わたしのもっとも尊敬する編集者/ライターであり、その能力の高さといったら尋常ではなく、わたしなんか到底足もとにも及ばない。決して贔屓目ではなく。
世のなかに「天才」と目されるひとや「才能」というものがあるとしたら(基本的には、わたし個人は、それ+αのところを重視する派です)、彼こそがそれに相応しい編集者なのではないかとさえ思ってしまう。

たまに「ん?」と思うことはあるが(笑)、広く深い興味と知識、あらゆる分野へのすぐれた見識をもち、それでいて遊び心もしっかりちゃっかり(?笑)もっている。
そして、その遊び心のなかに、勤勉さを含んでいて、本人も楽しみながら学ぶことができる。彼の脳内にある情報量といったら膨大すぎるものがあります。
もちろん、その裏に隠された苦しみや努力があることもわかっている。見ている方がつらくなるほどの……それに、わたしの見ていないところ、想像の至らないところでも、かなりの重責を果たしていることも、わたしは知っている。

それでも、彼の根底には、スコーンと突き抜けたポジティヴ思考があって、どんな逆境においても、かならず最終的には前向きに物事をとらえられるひとだし、迅速かつ的確な問題解決能力や判断力をもち、仕事全体を鳥瞰して即座にもっとも効率的な段取りをする。

また環境適応力というか、編集者として、必須であるともいえる、自我を抑え、相手や状況に適した応対をする柔軟性があって……などなど、挙げはじめたらきりがないのだが、とにかく、わたしの目指すところにあるひとなのです。

そんな彼は、一応わたしの能力(これから伸びる可能性のある潜在的な能力も含め)に対しては、一定の評価をしてくれているようです。(じゃねーと、いっしょに会社なんて経営しないか^^;笑)

しかしながら、先述のようなことも指摘されてきたし、これまでも「完璧主義とプロフェッショナルかどうかということは別物だ」「周囲に対して要求する水準が高すぎる。それは傲慢さともいえる」などなど、さまざまな忌憚のない意見をいただいてきました。(とても感謝しています)

恋人がビジネスパートナーでもあるなどというと、さぞやスポイルされまくりだろうと想像されるかもしれないが、ウチは仕事と生活は完全に別

厳しいことを指摘されることもあるし、叱られるべきときは叱られるし、謝るべきときは謝るし、わたしが強気に(笑)物申すこともある。(でもお互い軽い遠慮をしても構わない事態であれば、わたしは軽く遠慮しているし、彼が遠慮してくれているときがあることもわかるので、彼の言外の部分も推測して、いわれたことの3割増しくらいで自己反省、自分で自分を叱っています

第一、呼び名と言葉遣いからして違うもの。「ササキさん」相手には仕事上は敬語だし……って、まぁ実をいうと、出会ってつきあいはじめて、いっしょに生活しはじめてから、ずいぶん長らくのあいだまでは、ずっと「ササキサン」「カワチャン」で、お互い敬語だったんだけどね^^;……って、容易に想像できるわれわれの様子に笑わないよソコ!(爆)>関係各位

話を戻すと、彼に限らず、わたしをして「完璧主義者」「まじめすぎる」「上昇志向が高い」「自分に厳しい」といったことを指摘してくれた方々が、これまでもいらっしゃいました……とても多く^^;

たしかに、自分でも、これでは破綻が見えているので……というか、事実、破綻したことがありますので、はじめにいったように、「破綻=0∨-」ですから、∴仕事への取り組み方を変えましょうと。「破綻=0∨-」というのは、∵誰しもにキャパシティーがあるからです。

数学記号って、たまに使うとおもしろいな~……って、ひとりでおもしろがっててスミマセン>特にPCの環境上、見られない方々。
m(__ __;)m
お忘れの方に、一応……∨は「もしくは」∴は「ゆえに」∵は「なぜならば」です。

つまるところ、
破綻というものは、(あえて数字で表すとすれば)0かマイナスに値しますから、そうならないために仕事への取り組み方を変えましょう。
なぜならば、誰しもにキャパシティーというものがあるからです
」と。

具体的にいうと、仕事は、まず段取り8割、実務が2割

また、わたしの経験則ですが、この種のひとの場合、自分では80%にしか思えなくても、他人からは120%程度に見られる傾向にあるようです。そのくらいの程度で、仕事を仕上げていきましょう

あなたは、きっといつも120%、150%、200%……と自分の能力とキャパシティーを超えた仕事の仕上げ方をしているのではないでしょうか。それは、極論すると、ときとして、ただの「他人に評価されたい」という欲求や「自己満足をしたいという欲求」の表われにしかなりません。所謂、空回りです。

Take it easy!――わたしの好きな言葉です。自分がコントロール不能、抑制のきかない熱暴走をはじめだしたら、自分にいいきかせるように心がけています。

Take it easy! でも、重要なポイントだけは確実におさえて。逆にいえば、要は重要なポイントさえおさえておけばいいんです。
仕事は、「ひとからどう見られるのか(評価懸念)」も大事ですが、「自分がどう見るか」ということも大事なことのひとつですよね。

いったい、なんのために、誰のために、仕事をするのかということですね。

 あなたは、なんのために、誰のために、仕事をしているのですか?

さまざまな答えがあるとは思いますが、普段から意識をしていないと、そうそう簡単には回答できない問いでしょう。でも普段から意識しておくべきことだと思います。

こうして、いまはかなり仕事に対して、(いい加減という意味ではなく!)楽な姿勢で、無理なく向かうことができています。


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本日のBGM♪ The Marshall Mathers LP / EMINEM
EMINEMの最高傑作だと思う。わたしの一番好きな名曲Stanを含め、Kill You、The Way I Am、The Real Slim Shady Listen Listen Listen、Remember Meなどなどの収録された完成度の高いアルバム。
ところで、ボブ・ゲルドフが今夏開催した<ライヴ8>への出演オファーをEMINEMにかけたが、シカトされた……ということを、Yahoo!JAPANのトピックス名で「エミネム 有名人の電話を無視」となっていたことに爆笑してしまった。ちなみに、
記事の内容も笑えます。
ところで、EMINEMの睡眠薬中毒は治ったのかな~? もう退院しているの?? これも「米人気ラッパーのエミネムさん、睡眠薬による薬物依存で入院」――「エミネムさん」って「さん」づけに不謹慎にも笑ってしまったのだが^^; 誰か、その後の情報ご存知ありませんか~?

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どんな親であっても、親を尊敬でき、心から赦せる幸福。親を憎む不幸。

■母親殺人未遂「観察日記」まで作った女子高生の素顔――衰弱状態を冷静に記録
この事件のこの記述について。

 劇物のタリウムを母親(47)に投与し、殺人未遂容疑で逮捕された静岡県伊豆の国市の県立高校1年の女子生徒(16)。ネット上の日記「ブログ」に男性の名前を使い、母親が衰弱していく様子を冷静に記録していたほか、1960年代に英国で「毒殺魔」として知られたグレアム・ヤングに強い関心を寄せていたという。幼いころから毒物に魅せられ、ついには母親を毒殺してしまったヤングと自分を心の中で重ねあわせていたのだろうか。

 静岡県警の調べでは、ブログは6月下旬から10月中旬まで続いていた。そのなかで“観察日記”が始まったのは8月中旬。「実験01日目」として劇物を投与したハムスターの観察経過を書き始めた。また、8月19日には「昨日から母の具合が悪いです。全身に発疹が起こり…」との記述が。

 さらに9月12日に「2、3日前から脚の不調を訴えていたけど、ついに殆ど動けなくなってしまいました」とあり、10月2日には母親が入院したことが記入されていた。

 自室からは、切断されたネコの頭部やウサギやハトをばらばらに切断して標本状にしたものが発見されており、動物を“実験材料”にしていたようだ。

 このほか、自室からはグレアム・ヤングに関する本や写真もみつかった。ヤングは日ごろから周囲の人間にひそかに毒を盛って実験を重ねた末、14歳のときにそりの合わなかった継母を毒殺した人物。逮捕後、一度は社会復帰するが、再び会社の同僚らを毒殺し、1990年に刑務所の中で自殺とみられる死を遂げた。

 女子生徒はブログでヤングを「尊敬する人」としており、捜査関係者も「劇物を人体実験した点やその様子を記録していた点、母親の入院直後に劇物を飲んで自殺を図った点など、ヤングを参考にしたと思われる」と話している。

ZAKZAK 2005/11/02

どうせ、したり顔の社会学者なんかが、ブログの匿名性が云々、ネットでの猟奇的な情報が云々、十代の心の闇が云々と、非常につまらーんことばかりをおっしゃるのが、目に見えているのですが。そんなコメント、聞かされる方が迷惑ってものですよねぇ。

この事件のポイントは、たったひとつです
「彼女には尊敬できる大人像(親、それも同性の親であれば、もっとも望ましい)がいなかった」
その代わりが、たまたまグレアム・ヤングであったというだけの話です。

この年代の子どもは、そのほとんどが、親、とりわけ同性の親との心理的葛藤を体験します。
避けては通れない道です。それまでは、同化(同一化)してきた存在であった同性の親が、子どもの自我の確立をめぐって葛藤します。
ここでスムーズに、ひとりの女性として心理的な自立ができ、あるいは一対一の人間同士としての関係を親、こと同性の親と結べるというケースは、ほとんどありません
逆にいえば、この時期に、そういった心理的葛藤を経てこなかった親子関係は、どこか屈折さえしており、将来的にもっともっと大きな問題を引き起こしかねません

なので、この時期の親子葛藤は、避けられないものとして、親が受け入れるべきなのです。

わたしは被虐待児です。それでも、両親を心から赦し、尊敬しています

親を尊敬できるということ、かつての激動のような葛藤をすべて赦すことができているということ、これはとても幸福なことです。わたしはそんな幸福な人間のひとりです。

そして、それができるのは、もうひとりの親が、たとえば拙宅でいうと、母が父をどんなに素晴らしい人間で若いながらも大事業をやっているのか、父の語らない父の偉大な姿を母はわたしと弟に子どものころから、ずっとずっと繰り返し聞かせてきてくれました
そう、母がそうして語り聞かせてきてくれたからこそ、わたしと弟は、父を誇らしく思い、尊敬することができるのです。

ですから、わたしが離婚したときに、元夫とたったひとつだけ約束を交わしたのです。この先どちらに親権・看護養育権があろうとも、お互いのことを娘に対してわるくはいわないと
これは、決して自分たちの保身などではなく、自分の親がどんな人間であるかは、自分のルーツとして、娘自身のアイデンティティにかかわる問題だからと

わたしにできるのは、「どんなにパパが、華月のことを愛してくれて、大事にしてくれているか、パパは華月の最高のパパなんだよ」と伝えることだけ……そして、母が女性として生き生きと生きている姿を見せることだけ……。

親を憎んで赦しきれないひとを何人も見てきましたわたしの元夫も、そうでした
赦しとは、すべてを忘れて帳消しにすることではありません
心のなかに、「それは人間として、あるいは親として、やってはならないことだった」という記憶を残しておいていい、いやむしろ残しておくべきなのです。それを残すことで、今度は自分が親になったときに子どもにどう接することができるかですから。

親を憎んで赦しきれない不幸。
彼らは、一様に、自分の男性性(ジェンダーアイデンティティ)の危機にさらされていました。

本当に不幸なことだと思います。……誰にとっても。

親を憎み続けても、誰のためにもなりません

岸田秀氏の弁をお借りします――「憎しみとは、愛情からくる執着感情である」
裏を返せば、愛情があるから、憎むんです憎むというかたちで執着してしまうんです。親から心理的に自立しきれていないんです。

静岡県の母親に毒を盛った16歳の少女も、母親を憎んでいたのでしょう愛していたのでしょう

ただこの年齢であれば、母娘のごく当たりまえの心理的葛藤の時期
母は娘がひとりの女性として心理的に自立しようとすることに対し、自我を確立していく姿に対し、「受け入れる」(これだけで必要十分)ことをしていたのでしょうか?

【関連記事】
「ネットと少年犯罪の相関への曲解<少年犯罪 ネットで犯行誇示 専門家分析…心奥の敵意表出」

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生きているだけでいいじゃん。言い訳なんていらないよ。

女性限定の○○」「女性に特化した○○」「女性が優遇される○○」「女性だからこそできる○○」といったサービスや商品など、そして「女性は差別される存在であったから、男女平等を求めて云々」と、女性だけでかたまる集団、団体などが、「女性が、女性が」と過剰に女性性を強調しすぎるがあまり、かえって自らを差別される存在たらしめているのではないか。そして、男性を排斥し仕返しのごとく差別してしまう結果になってはいまいか
これは「女性が社会で働くということ――逆差別スパイラルに陥らないように」で、問題提起をしました。

今回は、それを書いているときに、ちらりと浮かんだ「フリーターやニート、転職ジプシー、学歴コンプレックスなどにも通ずるものがあるな」ということをテーマに書きます。
(「次回にでも」がいまになりました。ごめんなさい)

「彼ら」と総称しましょう。
社会と彼らとのあいだに起きていることは、鶏が先が卵が先かといった話

差別視があるから、閉塞感を感じる。閉塞感を感じて自暴自棄になったり、社会に積極的に+の方向でかかわろうという気が起きない。それが、またさらに差別を助長する。

わたしは、上記の条件(フリーターやニート、転職ジプシー、学歴コンプレックス)すべてに当てはまります
正社員で働いたことなんてないし。自分のやりたいことにたどりつくまで何度か転職してるし。学歴は高校中退の大検取得、短大卒だし。

だから、わたしとおなじ立場であった方々の痛みがわかるだけに、それを打破するように応援したくなるのです。
わかるからこそ、厳しくもなるのです。いつまでも自分に言い訳ばかりをしていてはいけないと。
わかるからこそ、やさしくもなれるのです。生きているだけでいいじゃんって。言い訳なんかいらないよって。

彼らは、もっと社会に大事にされるべき存在だと考えています。
でも、その前提として、彼らの側にだって、大きな問題や意識の低さがあり、まずはそこを改善せねばなりません。
彼らの意識を向上することが、彼らを社会に受け止めてもらい、企業にとっても被雇用者にとっても、いい好循環を生み出すのではないかと考えています。

だから、彼らと立場の近い存在として、まずわたしやるべきミッションは、彼らの意識向上、意識改革であると思っています。

フリーターへの自己啓発書。あってもいいと思いませんか?

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「フリーターに自信をもって「仕事」をしてほしい」
「ニートがアルバイトをしようとすると」
「出版社や編集プロダクションにて、編集者/ライターのアルバイト志望のみなさんへ」
「女性が社会で働くということ――逆差別スパイラルに陥らないように」
「消去法で夢を選ぶ人々」
「ビジネスマナーは誰かから教わるものだと思っていませんか? マナーがなっているだけでいいと思ってはいませんか?」など

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