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2005年10月の14件の記事

活字離れや本を読まないことを“問題視すること”に対し、一編集者として反論します! ※よーく見てね、活字離れや本を読まないことへの反論なんてな凡人タイトルじゃないからね! <中高年、本離れ進む>

 

今日出たこのニュースについて。

 「本離れ」は、若者より中高年の方が深刻――。読売新聞社が15、16の両日に行った「読書」に関する全国世論調査(面接方式)で、年代が上がるにつれ「本離れ」の傾向が見られ、特に、中高生を子に持つ人が多い40歳代で、2004年の前回調査より7ポイント増の44%と、「活字離れ」が増えたのが目立った。

 この1か月間に本を「読まなかった」人は52%で、1980年から始めた同調査で3番目に高かった。年代別に見ると、20、30歳代は各41%で、前回調査より減ったのに対し、40歳代から上の年代は増加、50歳代は55%、60歳代は61%、70歳以上は66%だった。

 読んだ本の数は「1~3冊」が39%、「4冊以上」が9%で、いずれも前回調査比1ポイントの微減。

 一方、インターネット通販で、本を購入した人は03年の前回調査比3ポイント増の10%だったが、20~30歳代が2割台で、若年層を中心に読書に対する環境の変化も見られる。

 活字離れに歯止めをかける方法では、「『読書の時間』を学校の授業科目にする」40%が最も多かった。
(読売新聞) - 10月28日2時9分更新

本を作ることを生業としているわたしがいうのもなんですが、否、それを生業にしているからこそ、提言します。

活字離れのどこがわるいのかと。
本を読まないことのなにがわるいのかと。

もちろん、本を読むことになんの価値もないといっているわけではありません
これは、むかしからずーっといってるし、たぶんこのブログのプロフィールかなにかにも、それらしきことを書いていると思うけれど、「本は、たった一行がひとの人生を左右するほどの可能性を秘めた価値あるものであり、わたしは、たった一行でもいい、“この言葉に出会えてよかった”と思ってもらえるような本をつくりたい」というのが、わたしの夢・目標だしね。

だけど、これだけたくさんのメディアが出てきていて、さまざまなところでいろんなメディアミックス行なわれているというのにもかかわらず、なぜ「読む」ということに関してだけは、「本」「新聞」がよしとされて、ほかのメディアが否定されてしまうのかが、わたしには理解できません。

わたし個人は基本的にアナログ人間なので、まぁ仕事の資料を含め、本や雑誌は読みはしますが、けれど拙宅では新聞はとっていません
すこしまえまでは、新聞とネットのニュース記事のプリントアウトしたものとをスクラップしていたけれど、いまはそんなことはしていません。

ケータイ小説e-BOOKブログいいじゃありませんか
ただ、わたし個人は、積極的にその読者になろうという気はあまりしていないけれど、ケータイなりネットなりで「読ませる文章」というのは、まったく紙媒体とは違うわけで。
わたしの文章だって、まぁまだまだ下手下手なのですが、一応使い分けていますよ、紙媒体への原稿とブログとでは。あと内容や媒体によってもブログでも紙媒体向きの文章にしちゃうことがあるけれど、ストレスたまっているときとかは特にね(笑)。でも意識してはいるかな。また読者層にもよりますしね。それらの使い分けられた文章、文体の乖離ぶりは、もしかすると、ちょっと驚かれるかもしれませんってな具合ですね。
だから、わたしはケータイ小説e-BOOKブログ「読ませる文章」を書けるひとというのは、すごいとは思いますね。自分が読者になるかどうかとは別ですが

たしかに、本でしか味わえないよさはたくさんあります。でもそれは他のメディアにもいえることそのメディアでしか味わえないよさが、それぞれにかならずありますよね。
要は、そのひとそれぞれが自分に合った、好むメディアを選ぶ自由があるでしょうと。だから、なぜ、やれ活字離れだ本を読んでいないだということを問題視するんですか?と。 わかりませんね、さっぱり。わたしには。

わたしたちの子どものころは、無理に本を「読まされ」ていました(わたしは、たまたま好きということと重なったので都合はよかったのですが)。図書の時間なんかがあってね、夏休みには読書感想文なんてものがあってね。その課題図書というののラインナップといったら、それはそれはひどいものでしたね。だって小学生や中学生がおもしろがって読めるような、つまり子どもの目線に立つのではなく、大人の目線でイイとされる作品ばかりで。

どこに漱石のよさが本当にわかる小学生がいるんですか?
どこにドストエフスキーのよさが本当にわかる中学生がいるんですか?
太宰、芥川、三島、谷崎、有島……どこの世にこれらの本当のよさがわかるマセた(人間として熟した)子どもがいるんですか?

「よさが本当にわかる=理解する」ということには、それ以前に、まず「楽しく読むことができる」ことが、大前提でしょう。

わたしだって、漱石や谷崎あたりなんかを感慨に浸りながら読んで、そのよさが本当にわかったのは、大人になってからですよ。
それも、その時代の歴史背景ジェンダー論に立脚した男女観など、さまざまな知識を得て、さらに、その上に、心の病気にイカレて、高校を中退して、たくさんの恋愛を重ねて、身体売って、心理学を学んで、出産して、離婚して、また恋愛に狂いながら、3つほどの会社を渡り歩いて……というような、おそらく一般的な視点では突飛な生き方(わたしは「てか、ふつーってなによふつーって??」ってかんじなんだけど)を歩んできてからようやくですよ。

わたしのもっとも敬愛してやまない出版人である、K出版のS社長おっしゃっていました。
 「本というのは、いろんなひとの人生を味わえる、ということだ」と。

「本離れ」は、若者より中高年の方が深刻
活字離れに歯止めをかける方法では、「『読書の時間』を学校の授業科目にする」40%が最も多かった。

何度読んでもばかばかしい、の一言ですね。

これほど、メディアが充実してきているなか、本や活字にいつまでもこだわるなんて、前時代的ではありませんか? それに、こういった問題視大人の考える対策とやらが、ますます子どもたちが本や活字を嫌いになってしまうファクターだということに、なぜまだ気付かないんですかね?

夏休みの宿題の読書感想文、ばかばかしいことに、先述のように指定図書・推薦図書みたいなラインナップがあって、そこからしか選べなかったんですよ。

小学生のころ、読書感想文では(その他もいろいろあるけれど、ここでは省いて)毎年、県だかなんだかから賞をいただいておりました先生が学年だか学校だかの代表を、みんなの作品のなかからいいものを選んだという対面をつくりながら、最初からわたしの作品にすることを決めていて、内密に「これ書いてね」といわれていました
中学生の読書感想文では、読書感想ならぬ作品を通して分析したドストエフスキーの狂気的人物考察論みたいなことを書いてみたら、先生がびびって感想もろくに述べることができずにいらっしゃいました

そんな指定図書・推薦図書なんてな本なんぞ、どっこもおもしろくもなんともねーんだよ。

本当に、本離れ、活字離れを喰い止めたかったら、漫画だってティーン用のライトノベルだってなんだっていいじゃん、好きなものを読ませろよ好きなものをよぉぉぉ!!!!
そうしてりゃ、子ども自身が本なんて自発的に読むようになるよ。大人が自分たちの価値観でリードしようとするから反発力が働いてしまっているってだけのことでしょう?

まぁ個人的な話をすると、まぁわたしは本は読みます仕事用の資料としても含めて、単純に好きなので
普段の情報収集は、ネットですね。それもいまはずいぶんと便利になっているではないですか。これまでは、いくつかのニュースサイトをブックマークしておき、一日のうち、何度かアクセスしてチェックするという方法をとっていたのですが(連邦のゲットニュースから飛ぶってのもずいぶんやったなぁ^^;)、いまはいくつかニュースサイトとブログをRSSリーダーに登録しているだけいちいち、いくつかのサイトにアクセスして云々なんてしませんね。

中高年の方に読書率の低下が見られたというのは、単純にそういった別のメディアを使うことを知っていること、活用していることを示唆しているだけなのではというのが私見ですね。

わたしの使っているRSSリーダーはメーラーに届くようになっていて、あちらの設定次第ではHTMLでも情報を取得して保存しておくことができるので、非常に便利です。一応、下記にご紹介しておきます。ただし、ごめんなさい、わたしが使っているのは、Becky!というメーラー専用のものなのです。Outlookなんかでも、おなじようなフリーウェアなんてあるのかしら? もしご存知の方がいらっしゃいましたら、コメントをよろしくお願いしますね。

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Becky! BlogReader プラグイン
http://www.vector.co.jp/soft/win95/net/se357783.html

ニュースサイト
http://news.ceek.jp/
まず、ここがなかなか秀逸かと。連邦のゲットニュースっていうか、Yahoo!のトピックスみたいに、報道各社から情報を収集していますから。わたしはここのヘッドラインと関心のある分野の記事だけ引っ張ってこられるようにしていますね。ニュースに関しては、タイトルだけで内容がだいたいわかりますし。一定の文字量はRSS配信されてきますしね。
●あとは、朝日新聞さん。これはHTMLを取得できます。
http://www3.asahi.com/rss/index.rdf
●それから、日経さんですね。これは記事のURLだけがきます。
http://nikkeibp.jp/jp/flash/index.rdf

 +個人ブログでも、また情報源にもなって勉強になるブログをいくつか登録させていただいています。

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以下、わたしにとっては役立たずだったので使っていませんが、こんなのもありまっせってことで。
Yahoo!新着情報 - 話題先読み情報

http://picks.dir.yahoo.co.jp/topics/rss/
注目のトピックス - gooニュース
http://news.goo.ne.jp/news/rss/topics/chumoku/index.rdf
スラッシュドット ジャパン
http://slashdot.jp/slashdotjp.rss
--------------

仕事柄、情報収集は欠かせないのですが、いまはこれで十分事足りていますね。効率いいし。
新聞、いらない
雑誌も買う量が減りましたねぇ。雑誌は電車のなかで読むことが習慣づいていたので、そのせいもありますが。
パブロフの犬ですから。古典的条件づけですから。

でも古典的条件づけをされたパブロフの犬は、この底の浅い分析と提案をしているひとたちにとっても、実は有効で、要は、そんなに本を読ませたけりゃあ子どもに古典的条件づけをすればいいんだよ。
ただし、紙媒体にこだわることなく、また大人が推奨するものではない、好きなものを読む習慣を条件づけしちゃえばいいんです。

 もう一度いいます。
 そんなに活字離れを憂うのであれば、読む習慣を条件づけしちゃえばいいんです。
 ただし、紙媒体にこだわることなく、また大人が推奨するものではない、好きなものを読む習慣をな!!

本日のBGM♪EVIL EMPIRE/RAGE AGAINST THE MACHINE
ライヴも行きましたけど、単純にすんごい楽しかったですね~。AUDIOSLAVEはチケとっていたんだけど、先輩の送別会でいけなかったんですよね~(T社時代ね)。「AUDIOSLAVEか○○さんかいうたら、そりゃ○○さんやろ」と。
ところで、むかし「rage_against_the_machine@……」ってフリーメアドをもっていたら、「どういう意味?!」ときいてくる一般人と「なげーんだよ!」とキレる至極正統派なひととにわかれました。

 

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【読者のみなさまへ、ご了承いただきたく!】編集者の推薦本

えーっと、わたしの3つのブログ
 ●SEX-Therapy【セックスセラピー】
 ●元フリーター編集者の出版日記
 ●27歳起業女子の一言、二言、いや三言くらい言わせてよ。
すべてについて、ひとつ共通のお知らせがあります。

Amazonさんが、「Amazonライブリンク」というサービスをはじめました。

これは、記事に関連するキーワードを入力すると、Amazonさんが、それに適した人気商品をピックアップしてきてリンクしてくれるというものです。
すでにわたしのブログの各記事の最下部に「Amazon.co.jp トップセラー」と書かれたリンクバナーがありますが、それがAmazonさんがわたしの入力したキーワードに適切だと思ってピックアップしてきてくれた本です。(その他のAmazonさんの商品もリンクできるのですが、現段階では、まだとりあえず試験的に本のみにしています)

以前からサイドバーに表示させている「書籍編集者、推薦! よりよいセックスとよりよい生き方を手に入れるためのBOOKリスト」は、その名のとおりというか、「大川内責任特選! オススメBOOKリスト」(←「デイブ責任取材スターまる見えちゃんのぅぇ~る」を意識したことに気付いてくれたひとがいらっしゃいましたでしょうか……)、あるいはわたしが編集や執筆をした本(笑)です。

ごめんなさい、いまレビューを書かずに掲載だけしているものは、①まだ読んでいる最中のもの(だけど書店でナナメ読みをしてオッケ~と思った本や、わたしが社長や編集長、編集者と懇意にしていただいており、「このひとの編集した本なら、いいはず!」というもの)②読んだのがずいぶんまえすぎて、どんな本だったっけ?とぱっと思い出せないものです^^;ただいい本だった、オススメできる本だったという記憶だけはたしかです)
それらのレビューも、おいおい書きますね。おいおい……。

そういったレビューをしつつも、今回「Amazonライブリンク」を取り入れたのは、わたしが読んでいない、買っていない本でも、記事に関連することで役立ちそうな場合も、そりゃあるだろうよってことで、そういった本をみなさんにご紹介できればと思ったからです。

★ただこの「Amazonライブリンク」には、一点だけ注意事項があります。
「Amazonライブリンク」は、リンク商品がランダムに切り替わっていくようになっているんですね。
なので、どの本が紹介されるかは、わたしが完全には把握できないようになっています。ですので、わたしがキーワードを入れて、より適切なものが表示されるようになっているとはいえ、たま~に、わたしの意図せぬものが混在されるリスクがあるんですね^^;

なので、もしそういったものが混在してしまったときには、たとえば大川内の品格を疑ったり、脳内構造を怪しんだり、編集者としてのセンスを疑ったりせずに、えーっと笑ってさっくり許してください(笑)
それから、もしウケるものを目撃した場合には「こんなもん表示されてましたっせ、ねぇやん」と、ネタをコメントしてください(笑)

ってことで、よろしくでっす~♪

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仕事はひとりでやりなさい――チームワークと個人プレイヤーの仕事術

 

「大事な仕事はチームワークでやらせるのではなく、社内の優秀な人間ひとりにやらせるべきだ」――そう述べたのは、株式会社ワイキューブの代表取締役社長、安田佳生氏である。

これは、非常に理にかなっているというか、心理学的にも説明できる妥当なことだ。
では、の考えに社会心理学の観点からアプローチしてみよう。

1964年のアメリカ・ニューヨークで、Kitty Genoversという女性が強姦された上、殺害されてしまうという事件が起こった。
驚くべきは、後の調べによって明らかにされた目撃者数――Kittyが暴漢に襲われた悲鳴を聞き、そして強姦されてから殺されるにいたるまでの30分もの時間に、それを目撃しながらも、通報も助けることもせず、ただ傍観していただけのひとたちが、なんと38人もいたというのだ。

当初、これは都会の人間の冷淡さや、目撃者たちにとって、普段抑制されているサディステッィクな欲求を充足するものだったなどとして話題に取り上げられたが、後に心理学者のLataneらは、それに真正面から異論を唱える――「否、Kittyが誰からも援助行動を受けることができなかったのは、むしろ大勢の目撃者がいたからこそなのではないか?」

まず、①大勢が見ていたことによって、ひとりあたりの責任感が分散され、軽くなる(責任の分散)が起き、「自分が援助行動を起さなくてもいいだろう。誰かがやるだろう」とする『社会的手抜き』が行なわれてしまったのではないか?

そして、②おなじことを目撃している他人を見ることによって、他人の判断をあてにする、換言すると、他人の判断から得た情報から、実在する現実とは違った『社会的現実』がそこに生じてしまい、ひとりひとりの判断が鈍化してしまったのではないか?

その他の諸説は省くが、冒頭の「大事な仕事はチームワークでやらせるのではなく、社内の優秀な人間ひとりにやらせるべきだ」という安田佳生社長の言は、このふたつの説で、十分に説明がつくだろう。
Kitty Genovers事件での援助行動を仕事に置換してみればいいだけのことだ。

まず①になぞらえると、チームワークでは、「自分がやらなくったって誰かがやってくれるさ」「すべてが自分の責任になるわけではない」「赤信号みんなでわたれば怖くないだろう」という気が起きてしまい、仕事に手を抜く者が出てしまう。
ならば、優秀な人間ひとりに任せた方が、質の高い仕事をし、いい成果をあげることができるだろう。

次に②になぞらえると、どんな仕事にも大切な「自分で判断する力」が養われないどころか、もともとの資質としてもっている判断力さえ落ちてしまう
ならば、優秀な人間ひとりに任せた方が、迅速で的確な判断力を発揮することだろう。

安田佳生社長が、こういった心理学的アプローチを意識しているかいないかはわからないが、わたしはこのふたつの説をもって、彼の「大事な仕事はチームワークでやらせるのではなく、社内の優秀な人間ひとりにやらせるべきだ」という言を支持する。

しかし、わたしは決してすべての仕事がチームプレイではなく、個人プレイで行なわれるべきだと考えているわけではない

というわけで、次回は仕事をチームプレイで行なっていくことを、心理学的に考察します。


採用の超プロが教える伸ばす社長つぶす社長


採用の超プロが教える仕事の選び方 人生の選び方


採用の超プロが教えるできる人できない人

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ビジネスマナーは誰かから教わるものだと思っていませんか? マナーがなっているだけでいいと思ってはいませんか?

メールの書き方、手紙の書き方、敬語や謙譲語の使い方、電話の応対、来客時の応対などなど……目にあまるほどビジネスマナーがなっていないビジネスパーソンが多すぎますね。ビジネスメールに署名がないだけで、相手の能力を見限る大川内です。

新入社員研修では、まぁそこそこ教わるんでしょうが、そんなことは関係ありません。
社会に出た以上、そしてそれがどんな雇用形態(アルバイト、派遣社員、契約社員、嘱託社員、正社員)であれ、「教わっていないから知らない、できない」は通用しません

社会人としての常識は、自ら学ぶものでしょう。
先輩の姿から見習うのもいいでしょう。

「どこで教わったの?」「どうして知ってるの?」……バカじゃねぇの?!としか返しようのない質問は御免こうむりたいところです。

会社勤めのころに、フリーランスの方々のつながりで、メールやお電話だけでのお付き合いだった方もいました
そんな方々は、出版記念パーティーなどの名簿で、わたしの名前を見つけると「お会いしてみたかったんです!」と嬉々として飛んできてくださるんです。
参加を予定していたのに急遽いけなくなってしまったパーティーのあとには、それがたとえ600人規模のものであっても「お目にかかれなくて残念でした」とのメールを多数いただくんです。600人規模のパーティーでひとりくらいいなくても平気だろうと思っていても、「大川内さん、今日いらしてませんね?」と話題にのぼってしまうんです(笑)

みなさんにおうかがいした結果、これらは、どうやらわたしがメールであれ電話であれ対面であれ、誠心誠意を尽くして、お相手と接しているとかんじとられたこと、その印象の強さが理由のようでした。

たしかに、わたしは父が経営者(会社役員)で、携帯電話などがなかったころに、自宅にかかってくる父の仕事の電話に対する母の応対の仕方を見てきたり――それを真似て小学生の分際で「その件に関しましては、わたくしではわかりかねますので、恐れ入りますが、社の方にお電話いただけますでしょうか。えぇ、こちらは大川内の自宅となっておりますので。はい。社の番号を申し上げます。よろしいでしょうか? 092-……」だのという口をきいていた(笑)、また入学祝などをさまざまなエグゼクティヴの方から頂戴し、そのお礼状を書く機会も多かったりしましたから、その点ではラッキーだったといえるでしょう。

しかし、それがベースになっているとはいえ、その上に自分自身の手で積み重ねてきたものが、もっともっとありますからねぇ。

ビジネスマナーを身につけているのは当然のこと。でもそれだけでは必要十分とはいえません。

まずビジネスマナーありきで、それに加えて、さらに誠心誠意、心を込めること
社会人としての基本なのではないでしょうか?

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わたしがホンモノをかんじるとき――プロ根性とプロフェッショナル性

わたしがホンモノをかんじるときについて、出版人に関しては「リアル出版人とフェイク出版人」「出版社や編集プロダクションにて、編集者/ライターのアルバイト志望のみなさんへ」「編集者という伴走者――編集者たるもの、かくあるべき!」などに書いた。

IMGP0293わたしには5歳下の弟がいるのだが、これがどうしようもない愚弟で(……とわたしが思っていたのもいけなかったんだろうな、いまにして思えば)、将来どうなることやらと案じていた。

彼は、わたしが前回帰省したときには、他県の美容専門学校を卒業し、美容師として働きはじめ、専門学校時代の他県の部屋を引き払って実家に戻ってきていた

そんな彼の荷物は家中に散乱していたのだが(笑)、わたしはその荷物と彼の姿から、はからずも美容師としてのプロ根性をみることに。

彼の荷物の大半は、膨大なブランドモノの服やアクセサリー……であることは置いておいて(笑)、とにかく家中に女性誌マネキン美容道具が散乱しているのだ。

彼は朝5~6時起き、深夜0~1時帰宅、夜3~4時就寝という激務をこなしている(彼がオサレをすこしはおさえれば、もうすこし寝ていられるとは思うんだけど^^;)。ヤンキーだかチーマーだかわからんが、そんな十代のころの影をかんじさせることはない。
帰宅すると、食事もそこそこに、マネキンに向かってカットやカラーリング、パーマなどの練習をする。そして、寝室では毎月あらゆるものを買うという女性雑誌を広げて流行のヘアースタイルを研究するのだ。

「俺の美容室には、ある程度コアな層はあるけれど、でも年齢層もファッションも幅広く多種多様のお客さんがくる。そんなひとりひとりのオーダーに応えて、どんなニーズを満たさなければならない」

余談だが、彼がだらしのない格好をしている姿を、わたしはみたことがない
ちょっと近くへ外出するというだけでも、家のなかでも、きっちりとしたファッションとヘアースタイルでキメる。

これというのも、彼なりのプロ根性なのだと思う。
原型は、十代のころに彼にもわたしにもすくなからずあった醜形恐怖なのだろうが、なにが源となっていようが構わない。美容師(スタイリスト)という職業を選んだのも、もとはおなじであろう。でもそんなことは一向に構わない。結果として、それがプロ根性というかたちで活かされているのならば

わたしは、「プロ根性」と「プロフェッショナル性」とは区別して考えている。でなければ、すべてのプロフェッショナルたちが、根性論だけで語られてしまうからだ。わたしはそうは考えていない。
しかし、「プロフェッショナル性」は「プロ根性」が実り、花を咲かせたものであることが多いとは思う。

わたしはいまプロフェッショナルとして仕事をこなせているだろうか。
やはり、まだまだ甘いと思う。編集者として、ライターとしての自分に、もっともっと厳しくありたい。当然ながら、わたしなんかより能力のある編集者やライターなんて数えきれないほどいる常に上を向いていきたい

これまで100%の満足ができた仕事なんて一度もない100%の姿勢で取り組まなかったということではない成果物として満足できるもの、納得できるものなのかどうなのかという話である。
120%、150%……とにかく、できる限りの姿勢で取り組むことは当然だ。そんなことは当然のことであって、評価されるべきことでも、ましてや能力などと呼べるような代物ではない
また「できる限り」と書いたが、それは単なる自分のなかに内在する枠組みにすぎず、本当の限界はもっともっと先にあるはず。常にそこまで挑戦しているつもりではあるが……。

反面、「自分の仕事に満足して納得したら終わりだ」とも思っている。ひとは、その職業人として、満足や納得をしてしまった時点で、向上することがないと思うからだ。

編集者として、ライターとしてはもちろん、これからどんな仕事に出合うことになるにすれ、「プロフェッショナル性」だけは忘れたくないと思う。

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消去法で夢を選ぶ人々

わたしには「やりたいことがない」という時期をすごした経験がない。

やりたいことは、仕事だったり、恋愛だったり、友だちと遊ぶことだったり、さんざんバカもやったし、たくさん失敗もしたけれど、それでも常にやりたいことをやってきてよかったと思っている。

わたしはこれが至極あたりまえのことだと思っていたのだが、実は、とても恵まれたことなのだということに、あるときに気付いた。

消去法でやりたいこと探しをしているひとをみたときだ。
正確に言葉を選ぶとすれば、消去法だから、それはもはや「やりたいこと」ではなく、「やりたくないこと」をあげていって、残った選択肢をいやいやながら選ぶというやり方。

それは、彼にとって「仕事(アルバイト)」だったのだが、そんな姿勢では「本当は積極的にやりたくないし、でももっとやりたくないことよりはマシだから、ここにきているんだよね」というのが、人事担当者の目には明らかだったのだろう。
彼は、どんな仕事を受けても受けても採用されることはなかった

その理由を指摘しても、かえってくるのは、投げやりな言葉だけ。
「どんなアティテュードを決め込もうと、おまえはカート・コバーンやトレント・レズナーにはなれないんだよ」――これをいわなかったことがよかったのかどうかは、いまとなってはわからない。

正直なところ、「やりたいことがない」という心理状態が、どのようなものなのか、わたしには実体験としてわからない
想像してはみるが、自分には縁遠いことだという思いが、かすかにでもあるからか、やはりわからない。たとえわかった気になったとしても、それはあくまでも想像の範囲でしかない

そんなひとたちを目のまえにしたとき、わたしはこうきいてみる。
「あなたにとって、自分にしかできないこと、自分だからできること、これだけはって自信のあることがあるでしょ?」ほら、あれがあったじゃない、これがあったじゃないと、思い出の風呂敷を広げてみせてみる。特に自信のもてるはずであろうところを。

先日、ある起業家の方を取材させていただいたときに、話にあがったことがある。

それは「誰もに夢を選ぶ自由、選択肢が増えてきたことで、かえって“夢をもつことができない”という悩みをもつひとたちが増えてきた」ということ。

「夢なんてなくったっていいんだ。
目標なんてなくたって生きていけるよ」

投げやりに、ではなく。

そこを突き抜けたところに、消去法ではなく、主体的に選びとりたい、つかみとりたいと思えるなにかがみえるのではないだろうか。

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救われた一言――「おまえ、もうがんばるな」

たしがこれまで他人にいわれてもっとも嬉しかった言葉。もっとも救われた言葉を挙げるとすれば、それは……

「おまえ、もうがんばるな」

高校の担任の先生がいってくれた一言だった。両手のひらいっぱいの睡眠薬で自殺を図り、幸い一命はとりとめたものの、三日三晩だか昏睡して、一週間は記憶がない。

ようやくやや回復して、ふらふらとした足どりで学校にいったわたしに。

「もういいから、がんばるな」

その一言で、わたしは高校を中途退学することを決めた
すぅっと心が軽くなるのをかんじた。

「レールの上を歩くのは簡単。みんなとおなじ生き方をするのは簡単。
ひとりでは生きていけない弱いひとたちが、怖くて勇気がなくて、学校や会社に属するんだ。
あんたは強い。ひとりで誰も歩かない道を歩こうと決めたあんたは、誰よりも強い人間なんだよ」

「がんばって」っていうことは簡単だよね。
でも「がんばるな」っていうことって、すごいことだと思う。

だから、わたしの脳裏には、10年経っても、あの言葉が忘れられることなく刻まれているんだ。

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採用試験とは「自分」という商品のプレゼンテーションだ!

採用試験とは「自分」という商品のプレゼンテーションだとむかしから思っています。

プレゼンテーション資料は、ここでは履歴書職務経歴書になります。作品があれば、それも含みましょう。

「自分」という商品をプレゼンテーションするのには、客観的な目で、そしていろんな角度から、その商品をみなければなりません。弱みも強みに変えようという姿勢で観察しなければなりません。

むかし、恋人が、何度もアルバイトの採用試験に落ち続けるのをそばでみていた時期があります。

彼は、毎回「不採用だった」という事実を、そのままただの事実としてしかとらえていないようにみえました。そこから学ぼうとする姿勢などは、一切かんじられませんでした。

そうではなく、「事象」としてとらえ、なぜ不採用だったのかを考えること、それは自分にたりないものを知るチャンスでもあるのだからと、わたしはいいました。

(わたしが、アドバイスのかたちをとったり、強要したりする、つまり成功者ヅラをして上から押しつけるような物いいをすることは、彼にとって押し付けがましく、また自尊心を傷つけられることだろうと、できるだけ、自分の失敗談などをもちだしたり、冗談を交えたりしながら伝えました。)

不採用となった理由の分析は、すなわち、相手の求めていたものと、自分プレゼンや自分プレゼン資料とのギャップを考察することであり、それはまた強みも弱みも含めて、自分自身を深く知ることができるので、かならず次の採用試験に活かせるはずだからと。

さて、具体的に、自分プレゼン資料に一工夫できる方法をお話しておきましょう。
たとえば履歴書の項目欄。最近では、WEB応募やWordなどのデータで送るようにとの指定、書式が先方から指定されたPDFなどが使われているようですが、そうでない場合。

履歴書の項目にも、本当にさまざまなものがあります。
そのなかから、もっとも自分をアピールできるものはなにか、企業別ということもあるでしょうから、いくつか選んでおくといいでしょう。

そして、書類選考が先にある場合。履歴書や職務経歴書には書けるだけのことをびっちり書き尽くしましょう
それとともに、作品があるならば、それも相手にみていただきやすいかたちで同封することです。
先述のわたしの恋人は、WEB制作の仕事を希望していたのですが、彼は何度いっても履歴書に作品のURLを書くことだけしかしませんでした。そんなもの、いちいちみてくださる人事担当者なんていないよと。
たとえば、プリントアウトされたものでも、CD-ROMに焼かれたものでもいいでしょう。
作品は、みていただかなければ、なんの意味ももちませんから、かならず相手にみていただけるようなかたちにしましょう

また、それに対して、事前の書類選考なしにいきなり面接という場面もありますね。
その場合、履歴書はできるだけ簡素なものを選び、各項目も、箇条書き程度にしておきます。
なぜなら、前者のようにびっちり書き尽くしたものであると、先方が読むのに集中してしまい、大事な面接時間を損してしまうからです。
ですから、履歴書や職務経歴書は、できるだけ簡素なかたちにしておき、そして面接の場で話すことで、思いっきりプレゼンさせてもらいましょう履歴書は、その話をのちに思い起こさせるようなサマリーなどの書かれたものだと理想的ですね。

自分自身をしっかりプレゼンテーションして。恥ずかしがることなんてありません。いくらでも貪欲になりましょう。自分自身をプレゼンテーションするというだけで恥ずかしがっているようでは、採用などほど遠いところにあります。

あなた自身は、あなた自身の大切な「商品」。しっかりプレゼンテーションしてきてくださいね!

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女性が社会で働くということ――逆差別スパイラルに陥らないように

社会で働く女性にはさまざまな方、さまざまなスタイルがあるでしょうが、わたしはあまりにも「女性であること」を強調しすぎる女性には疑問を覚えます
「女性であること」の過剰な強調というのは、たとえば「女性限定の○○」「女性に特化した○○」「女性が優遇される○○」「女性だからこそできる○○」といったサービスや商品など、そして「女性は差別される存在であったから、男女平等を求めて云々」と、女性だけでかたまる社会集団、団体などのことを指します。

わたしは、こちらのブログこの記事の末尾に、自身のある書籍企画書の一部から抜粋して、このようなことを書きました。

※大川内は、働く女性を世代ごとに3種類に大別します。

①男性と同等に働くことを社会から要請され、さらに自発的にも「女性が働く=女を捨てること」と思い込んでいる男女雇用機会均等法第一期~の世代(35~40歳以上)

②女性は女性として社会の中で生きていくことを目指し、①のように肩肘を張らず、また肩の力の抜けた自然体でいる世代。「女性は女性として生きる。その延長線上に仕事がある」と考えている世代(20代半ば~30代半ば=F1層)

③「いや~ん、ワタシ、オンナだからデキなぁ~い♪わかんなぁ~い♪やってぇ~♪」と、女性であることを仕事上でも武器にしようという世代(10代後半~20代前半)

これには賛否両論あるでしょうし、先人の働く女性のみなさまからは「あなたは、(彼女たちの体験した)時代を知らないからだ」と指摘されるかもしれません。

たしかに、わたしは、上記の3種にあてはめれば、②の存在であり、①や③の方々が体験してきたようなことを身をもって感じできたわけではありません。

ただ、わたしが疑問を呈しているのは、冒頭で述べた“「女性限定の○○」「女性に特化した○○」「女性が優遇される○○」「女性だからこそできる○○」といったサービスや商品など、そして「女性は差別される存在であったから、男女平等を求めて云々」と、女性だけでかたまる集団、団体など”が、「女性が、女性が」と過剰に女性性を強調しすぎるがあまり、かえって自らを差別される存在たらしめているのではないか。そして、男性を排斥し仕返しのごとく差別してしまう結果になってはいまいかということです。それはいかがなものかと。

わたしは、こういった状況を見るにつけ、「女性が逆差別スパイラル」に陥ってしまっているのではとかんじます。

また間もなく「女性性を強調する時代は終わるだろう」とみています。というよりも、わたしのなかでは、すでにほぼそんな価値観は終わっているのですが。

振り返ってみてください。
あなたは、逆差別スパイラルに陥ってしまってはいませんか?

そして、やはり「シゴトのココロ」で松永真理さんがお書きになられていた「女性は損と思うことが損」というのは正しいと、つくづくかんじてしまうのです。

(※これは、フリーターやニート、転職ジプシー、学歴コンプレックスなどにも通ずるものがありますね。次回にでも、そのお話をしたいと思います。)

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「生きているだけでいいじゃん。言い訳なんていらないよ」

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「起業することが、自分のやりたいことを仕事にする、一番の近道だ」

「起業することが、自分のやりたいことを仕事にする、一番の近道だ」とおっしゃる起業家の方がいらっしゃいました。

でも、わたしはかならずしもそうだとは限らないと思うのです。

来春、会社法が改正されます。2005年9月1日に正式成立しました。

「1円起業」と通称されていた、「中小企業挑戦支援法」による、確認有限会社・確認株式会社の制度が、実質上なくなります(資本金が1円のまま継続していいことに)。
当初(資本金の増資が不要になるまえ)、この制度の目に余るほどの現実味のなさに気付かないひともいたんだろうな。考えてもみなさいよ、3年だ5年だって期間で、利益を出しながら、300万だ1000万だというお金を貯めるだなんて。よほどのアタリ事業を見つけでもしないと無理ですよ。
わたしの友人にも何人か、この制度を手放しで喜び、安易に起業しようとするひとがいましたが、さくっといかに現実味がないかを突きつけて差し上げましたら、ひとりも起業に踏み切ったひとはいませんでした。

来春の会社法改正も、国が個人からとれない税金を法人からとるためのものですから、もちろん、安易な起業を促す制度が満載です。

●有限会社と株式会社の統合
●最低資本金制度の撤廃
●確認有限会社・確認株式会社の増資が不要となるに伴う同企業形態の恒久化
●LLC(Limited Liability Company:合同会社)の誕生
(●「有限責任事業組合(LLP)法」/2005年8月1日施行)

わたしは、専属フリーランスを2年半、二束のわらじ的フリーランスを半年、本物のフリーランスを数ヶ月……と経たのちに、もっとも尊敬する編集者/ライターの方とともに有限会社を設立いたしました。

余談ですが、法人化するまえ、否、フリーランスになるまえに、わたしの描いていた将来像は

○27~28歳くらいでフリーランスになる
○32歳くらいで法人化する

こうして、いま振り返ると、3~5年早く目標を達成していますね。

もちろん、フリーランスだ法人化だと、雇用形態というか働き方のスタイルそのものを目標にしてきたのではなく、あくまでも、公私ともに自分のやりたいことを実現するためには、いつなにをどうすればいいかという視点から考えた年齢の目安ですが。

余談ですが、「もっとも尊敬する編集者/ライターの方とともに有限会社を設立」させていただく機会に恵まれたのは、私にとって、望外の喜びでした。もちろん、そうなるまえから、「法人化」というのが頭にありましたから、そのとき、漠とはしながらも、誰といっしょにやろうか、誰にパートナーになっていただこうか、誰にご協力いただこうか――ということを考えていました。そのときに、もちろん、その方のことが、第一に思い浮かびました。けれど、自分のような者が、彼のようなすごい方に認められるわけはない……と弱気になってしまっていたんですね。

しかし、わたしの出版業界に入った原点、そして志すもの、将来的なビジョン、そしてそのためにいま自分はどうあるべきと考えていているのかなどを、お話しさせていただきましたら、思いがけず、二人で力をあわせていこうということに(!)
もう飛び上がらんばかりの嬉しさだったのですが、ここで浮かれてはいけない、きちんと足元を見なくてはと、彼とともに現実をシビアに見つめました

あの、先に一応ことわっておきますが、わたしは決してナポレオン・ヒルのまわしものではありません(笑)。これを前提にしてほしいのですが、
  しかしながらも、「思考は現実化する」というのは本当だ
と思いますね。というより、これは心理学的に説明できてしまうロジックにすぎないのですが。そんな話をしはじめると、キリなく、延々と大学の講義かってな大川内節が展開されていますので、ロジカルな話は避けますね^^;

人間、「こうなりたい」と目標や夢を打ち立てて、それをイメージすれば、いつしか願いは叶うものです。
わたしだって、いまのビジネスパートナーとともに協力しあうことを一瞬でもイメージしたことがなかったら、いまこうなってはいないはずです。やはり、漠然とでも、また自分なんかには無理かもと弱気にでも、夢や目標、将来の自分像を描くことは大切なことです。

そして、自分が何歳のときにとか、何年後にとか、時期を設定しておくんです。そうすると、先述したように、決めた時期よりも早くチャンスはめぐってきます

さて……、

わたしは、いまの働き方が気に入っているし、性にあっていると思っています。
この働き方が、ライフスタイルの一環として、好きなのです。
わたしは、いまの仕事が大好きです。ずっと続けていきたいと思っています。
この仕事で出会うひとたちも、大好きなのです。

でも、それは偶然に自分に適していたというだけのこと。

だから、ここで話を冒頭に戻しますが、「起業することが、自分のやりたいことを仕事にする、一番の近道だ」とおっしゃる起業家の方もいらっしゃいますが、わたしはそうとは限らないと思います。
いいたいことはわかります。たしかに一理あるなというところもあります。

でも、ひとには、それぞれ適性というものがあります。
かならずしも
「自分で会社を興して業務内容にしてしまうこと」=「自分のやりたいことを仕事にすることができる」
とは限らない
んです。

会社を興すことで問われるのは、その仕事自体の実務能力だけではありません

まず、それと同時に、経営者としての度量やセンス、コミュニケーションスキルなどが求められます。会社を興せば、あなたは、その職業人であると同時に「経営者」になるのです。
また、取引先や顧客も含め、その他にも十分な人脈をもっているかどうか、そして事業計画やビジネスモデル、数年、数十年単位の具体的な目標が、起業した時点で用意されていなければなりません。こういったことを用意しておかず、安易に構えていると、まもなく非常に痛い目にあうことになるでしょう。

ですから、会社を興すかどうかは、どこかの会社やお店などで必要十分なほど、その仕事について学んで(アルバイトだろうが契約社員だろうが派遣社員だろうが、雇用形態は関係ありません。本気で学ぶ気になれば、どんな立場であっても学べることはあるはずです。わたしだってアルバイトからはじめたのですから)、自分を磨いてから、そして機が熟するのを待って再検討しても、まったく遅くはないと思うんです。

そのときに、あらためて、本当に起業するのか、フリーランスとして独立するのか、いまいるところに勤め続けるのか、異動願いを出すか、転職するか、アルバイトをするかなど、どの選択が自分にとってベストであるかを検討すればいいと思うんです。安易に起業を目指すまえに、いま置かれている環境をもう一度振り返ってみてほしいと思います。会社勤めと一口にいっても、さまざまな選択肢や形態、業種などがあるのですから。

だから、わたしは「起業することが、自分のやりたいことを仕事にする、一番の近道だ」という考えに、もろ手をあげて賛同する気にはなれないのです。

【ちなみにぃ~】
プロフィール更新しました~♪見てね!^^ブログ本文も長けりゃ、プロフィールも長いけど!(爆)

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コンビニエンスストアのアルバイトでわかる! 働く能力

わたしはコンビニエンスストアのアルバイトこそが、もっともそのひとの働く能力の表れる業務だと思っている。
わたし自身には、コンビニでのバイト経験はないのだが、客としての視点から。

■たとえば、客がお菓子やらジュースやらお弁当やらおにぎりやらを入れたカゴをレジへと差し出す。
○そのとき、ぱっとカゴ全体を見渡し、まずお弁当など温める可能性の高いものを取り出す。そして客に温めるかどうかをきく。ほかの商品をすべてレジに通したころには、ちょうどそのお弁当は温め終わって、客は待つことなく、すぐに店をあとにすることができる

これはそのひとの仕事の効率のよさ、手際のよさ、ひいては生産性の高さを示す。

○なにも考えず、カゴの上の方にあるものから、ひとつずつ商品をレジに通して行き、カゴの底にあったお弁当にいたって、やっと温めるかどうかをきく。そして、長々と客を待たせる

こんな生産性効率のわるい人間は論外。企業にとっては無用の長物である。仕事を点でしか見ることができず、線や面、そして仕事の全体像を見渡すことができない

商品の陳列のため、(夜中や早朝などでは特に)レジがガラ空きというときがある。そんなときに、客がきて商品を選び、無人のレジに行ったとき

来客の時点で客の様子を気にかけつつ、商品陳列の作業をしながら、客がレジへ向かったことをさとると、さっと商品陳列をやめてレジへ向かう

これはそのひとが周囲へどれほど注意を払い、配慮できているかを示す。また同時に複数の仕事をスムーズに進行する能力を備えているということを示す。

○一方、「すみませーん」と客からキレ気味の声で呼ばれるまで、延々と商品陳列に夢中になっていて、あわててレジに戻るような、ひどい者になればあわてる風すらない人間。

こういった人間は、仕事のマルチタスクがきかない上、周囲へも無関心なため、自分がいまなにをすべきかに鈍感、上司から子どもにかんで含めるように指示をしてもらわないと動かない。また人間関係に摩擦を起こす危険性もはらんでいる。

■また客に対する態度や声に心がこもっているかどうかで、客は好感や不快感を受ける。「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」「またお越しくださいませ」」声のトーン、イントネーションなどに、客へのありがたみや「お客さま」という意識が感じられるかどうか。またたった一言をプラスするだけで、客の受ける印象というのは一変するというのに、それができない。

「お客さま」という意識がない人間は、取引先に平気で外車で乗りつけ、ROLEXの時計をぎらつかせる。そして、客に対して気のきいた一言どころか、伝えるべきこと、言うべきことにも気付けず、客を逃す。本来ならば、ここで猛省して学ぶべきところなのだが、客を逃した原因が自分にあるとは夢にも思わず、なぜだかわからないまま、会社のせいなど、自分のなかで責任転嫁をして済ませてしまう

■それから、これは賛否両論だろうが、客の手の上におつりをレシートの重石のようにして渡すひと。
わたしはこれが不快で仕方がないのだが、もしかしたら客の手に自分の手が直接触れてしまうことを避けるのがマナーだと思っているのかもしれないと黙ってはいるが。

しかし、そうであった場合でも、客とのコミュニケーションを自ら遮断しているということに変わりはない

このように、コンビニエンスストアのアルバイトは、社会の縮図といっても過言ではないほど、社会人として大事にするべき、さまざまな要素を含んでいるものなのだ。

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「オタク」の定義――ちょっと待ったぁっ!

昨日出た、以下の記事について。

「オタク」は172万人=市場規模4110億円-野村総研

 野村総合研究所は6日、強いこだわりを持つ分野に対しては可能な限り金額を注ぎ込む、いわゆる「オタク」の実態と商業的価値に関する調査結果を発表した。コミック、アニメーション、鉄道など12分野でオタクは172万人に上り、市場規模は4110億円に達すると推計。「萌芽(ほうが)期の商品の市場が拡大するかは、オタク層にどう評価されるかがポイント」とその影響力の大きさを強調している。
 (時事通信) - 10月6日17時1分更新

この記事に、わたしは大きな疑問を抱いている。
「強いこだわりを持つ分野に対しては可能な限り金額を注ぎ込む」人たちを=「オタク」と定義づけているようだが、ならば、たとえば、ブランドモノ、ファッション、コスメ、エクササイズなど美と健康を保つもの、本、車、映画、音楽、テレビ、芸能人、お笑い……どんな分野に対しても、この定義を適用すべきではないか? 「強いこだわりを持つ分野に対しては可能な限り金額を注ぎ込む人たち」=「オタク」ならば、わたしは間違いなく洋服オタクだ。

「コミック、アニメーション、鉄道など12分野」というのは、滑稽な話である。同社のリリースを見ると、

マニア消費者層(いわゆる「オタク層」)の
主要5分野をアニメ、コミック、ゲーム、アイドル、組立PCとし、
コンテンツに関連する4分野をアニメ、アイドル、コミック、ゲーム

としている。

そして、

またマニア消費者層はインターネット利用率と情報発信能力が高く社会的影響力が強いことや、関連する分野をまたがり集団を形成していることも明らかになりました。この層は、「独自の価値観に基づいて、金銭および時間を優先的に配分する消費行動」、「自己流の解釈に基づく世界観の再構築と二次的創作活動」、を繰り返しながら、理想像を追求しています。つまり、マニア消費者層は、購買意欲が高いだけでなく、コミュニティー形成の核、次世代技術の革新の場、新商品の実験対象としての価値も高く、近未来の商材を見極める意味で産業的視点からの期待される役割が大きい母集団であると言えます。NRIでは今後も、車、AV機器、旅行などの分野にも対象を広げたマニア消費者層の行動実態の調査分析を進め、そのビジネス的価値を示唆していきます。

訳知り顔で得意げにのたまっていらっしゃる。

同社「マニア消費者層(いわゆる「オタク層」)」という考えはいかがなものか
これぞ、日本の偏見を象徴しているものだ。

だから、個性が伸びないんだよ。出る杭は打たれるんだよ。優等生は劣等性に転落するんだよ。子どもは学校に行かなくなるんだよ。

働くならルーティンワークのアルバイトをしてれば、フリーターだって生きていけんじゃんって思うんだよ。

外出できなくて困っている人、そしてそれを周囲にさとられまいと隠し、誰にも悩みを打ち明けられないひきこもりや家庭内暴力を抱えた家庭があるんだよ。

そして勉強することにも働くことにも魅力を感じられないでいると、やがてニートと呼ばれるんだ。

精神科は心療内科をかたることでイメージアップを図って患者を集め、特にSSRIができてからは猫も杓子も鬱病と診断しておけばいいという風潮になっている。本当はもっと根源の解決が必要だというのに、その受け皿となってくれるような良心的な病院になんて、よほど運がよくないと出会えないよ。薬を飲ませて、何も考えられないようにして、寝かせておけばいいと思ってるんだろ。薬を飲んで副作用に苦しみ、またその副作用のために薬を飲む。そんな投薬療法スパイラルに陥っていく。相変わらず、精神医学と心理学の連携した治療は、いまの日本ではまだまだ水と油のような対立構造すらあって未発達だ。

そして社会になんて出たところで、没個性的な社会人ばかりが没個性的なサルにでもできるようなビジネス展開をしているだけなんだよ。それでも正社員幻想は消えないから、やつらは「勝ち組」を名乗り続け、人と同じことをしない、できない人を「負け組」と蔑むんだよ。

高度成長期を支えてきてくださったみなさん、過去の栄光を引きずっているのはみっともないよ。人にはリタイアすべき時期っていうのがあるんだ。
バブルを味わったみなさん、そろそろ目を覚まさないと、いまはもう2005年ですよ

どうかお気をつけて。

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不採用となった出版社からもらった原動力

今日、あるメールを書いていたところ、思い出した。
いまから3年ほどまえ、出版社、T社に入社しようかするまいかといったころのこと。

実をいうと、T社の入社試験を受けていた当時、すでに数社から採用通知をいただいておりながらも、思うところあって、わたしはお断りをし続けていた。何件もの「なんとか入社してほしい」「条件面を(求人広告より)優遇するから、どうか入社を」といったお電話をいただいている状況だった。

そんな最中、わたしはいまの原動力のひとつとなるほどの出来事にあう。
出版社、K川書店さまから当時いただいたご対応だ。そのとき、K川書店さまは編集ではなくデスクを募集していらしたのだが、それでもいいかなと受けてみていたのだった。

結果からいうと、K川書店さまからは不採用をいただいた。

しかし、同社は不採用の際には連絡をしない方針だったのだが、驚くことに、わざわざわたしへはこのようなお電話をいただいたのだ。

「現在、やはりどうしてもデスク枠しかない。デスクをしてもらいながら、編集枠に空きが出たときに編集セクションへということも考えたが、いつその機会ができるか不透明であるし、確約しにくい。

もちろん、あなたの編集者としての素質は十分すぎるほど認める。それだけに編集枠で採用できないというのは、あなたにとってもったいないことだと考える。あなたもきっとものたりなさを感じることになるだろう。

だから、弊社としては本当に本当にほしい人材で、大変残念ではあるが、いまここであなたを採用するということは、あなた自身の“編集者としての成長”を弊社がとめてしまうこととなってしまうと考える。それを避けるため、今回は不採用とさせてほしい。

だから、くれぐれもあなたに資質がないなどといった理由での不採用ではないこと、本当は不本意な不採用であることを理解してほしい。あなたならほしがるところはたくさんあるはずだ。

そして、あなたの能力を弊社よりももっともっと存分に発揮できるところでがんばってほしい。期待している」

このお電話に背中を押され、思い切って、T社への入社を決めさせていただいたのだった。

これはレアケースかもしれないが、採用・不採用はただの結果でしかなく、その気になれば、たとえ不採用であっても大きなものを得ることができるという点では、ひとつの事例となるだろう。

それとともに、いまのわたしに原動力を与えてくださったK川書店さまの誠意ある、わたしにはもったいないほどのご対応には、本当に頭の下がる思いだ。

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好きなことを仕事にするには? 憧れの仕事に就くためには?

先日ある起業家の方を取材させていただいた際のお話です。

わたしは、いわゆる「好きを仕事に」した人たちや「憧れの花形職種」に就いている女性たちを多く取材させていただいた経験がありました。それを踏まえてのインタビュー。

●大川内:「好きなことを仕事にしたり、憧れの花形職業に就いたりというのは、本当に狭き門だと思います。そういった仕事に携わりたい人たちにアドバイスをいただけますか?」

職種や業界は多岐に渡るし、アドバイスといっても一口には難しいことなのではないか、それだけにその起業家の方のお答えを楽しみにしつつ、お聞きした質問だった。回答はさすが思わぬほどの即答で返ってきた。

■起業家の方:「大川内さんもそれを手にしたひとりですもんね(笑)。
好きなことを仕事にしたい、憧れの花形職業に就きたい――こう願う人はとても多いと思います。でもそういった職業は、みなさんからは想像しえないほど遠い世界だから、“彼女たちは運がいいだけだ”とか、“きれいだからというだけだ”とか思われがちなのではないかと思います。ですが、私はそれに疑問を感じます。
なぜなら、それぞれの方々の中で実現できた理由、それからコツやノウハウになりうるものがあるのではないかと思うんですね」

●大川内:「(これまでそういった方々を多く取材した経験から)おっしゃるとおり、まさに、彼女たちには共通項がありました! そのひとつは“自分は人に恵まれている”と考えていること。そして“周りにいつも感謝している”と。人を大事にしているんですね。だから、その感謝の気持ちが広がって、また自分自身に何らかのかたちで返ってくる。いい好循環を生み出しているんですよね」

■起業家の方:「人は、あまりにも狭き門を目前にすると、その先に広がっているのは、一般的にはあまりよくわからない世界だけに、誰もが“自分とは違う世界だ”と思ってしまいがちなのではないでしょうか。
でも、誰にだって、可能性はあるんです。
たとえば、先に挙げた人に大事にすることとか、それから自分らしい個性を伸ばすこととか、勉強や訓練、トレーニング方法とか……そういった方々に多く接したり、話を聞いたり、著書を読んだりすると、それがある程浮き彫りになってくるはずです。
それに気付くことができたら、ぜひそれに向かって進んでいってほしいですね。
好きな仕事、憧れの仕事は、それに向かって進んできた人こそが得られるもの。進むことを諦めてしまった人は、絶対に手にすることができないものです。ですから、そういった意味では決して選ばれた人にしかできないというわけではなく、やはりそれに向かって努力してきた人が手に入れることのできるものだと思います。自分のやりたいことを信じて進んでいくこと、ひたすら追求することは、とてもすごいことなんですから」

わたしも、この起業家の方がおっしゃるように、自分のやりたいことがある人には、迷いなくその道を信じて進んでいってほしいと強く願います。

【関連記事】
「好きなことを仕事にするには? 憧れの仕事に就くためには?(2)」

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