カテゴリー「■心豊かな生き方 1日1文」の24件の記事

■常にアグレッシブな大川内麻里の行動力の源泉は?

読者の方から、とてもありがたいご質問を頂戴しました。


> 麻理さんって、アグレッシブですよね!clover
> どこからその行動力とかがわいてくるのでしょうか?clover


自分を考察するいい機会をいただいたと感謝しております。
せっかくなので、ご回答をみなさんにもシェアさせていただければと思います。


--------
はい、大川内、「無理しないことが無理な人」「止まると死ぬサメ女」「行動力“だけ”はある」などとよく言われております(笑)
たしかに思い立ったら即行動だし、なんでもやることは早いしガンガン積極的に動きますね。
そのほうがHAPPYでいられる自分がいます。


どこから沸いてくるのかは、ふたつあると思うんです。


ひとつは揺るぎない原点があること。
人生の苦しい局面を何度も迎えてきて、
わたしは過去の自分とおなじように苦しんでいる人たちにコントリビューションさせていただきたい、
生きにくさ、生きづらさを抱えている人たちがすこしでも生きやすくなる社会、
みなさんが心豊かな生き方を実現できる社会を目指していきたい――そう思っています。
それが自分の「ミッション」だという確信があるから、どんどん動けるのかなって思います。


もうひとつは、どんなにつらい体験をしたとしても、
むかしから人に恵まれてきたと常に感謝していること。

だから、
①みなさんに感謝の気持ちを込めて、シェアしたりコントリビューションしたりさせていただけることがあれば、なんでもしたいし、
②またそうできる自分であるために、常に自分を高めようという向上心を忘れません。
「人のため」(というとおこがましいようですが)「自分のため」、その両側面からよりよく生きようと思ったら、自然、それが行動につながっていきます。
また人に恵まれてきたと言いましたが、
まわりの素晴らしい方々からいただく刺激も大きいです。ありがたいことです。


そんなかんじでしょうか。

でもこれでもうつ病治療中なんですけどね(笑)coldsweats01
もともと身体も強くないし、
たまに気持ちに身体がついてこないことがあってもどかしいこともありますが、
そのときは、行動するベストなタイミングではないんだろうなって思うようにしています。
人生において、起きる物事にはかならず意味があるから。


結局、わたしは「大川内麻里」としてしか生きられなかったし、
これからもそうなんだと思います。
バカもさんざんやる、人にだまされたことも裏切られたこともある、
それでも人が好きだし、

要領のわるい生き方だと笑われるかもしれない、
それでもわたしはこの生き方しかできないし、したくないし、
これが「大川内麻里」なんだ、と。


長くなりましたが、おかげさまで、自分について考察するいい機会となりました。
Kさん、ありがとうございました!happy01clover

【関連記事】
■「仕事の報酬は仕事」

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■はるな愛さん、わたしがインタビューさせていただいた記事、後編も公開になりました!~はるな愛ロングインタビュー「はるな愛、「経営者」というもう1つの顔 壮絶な人生経験を活かしたマネジメント方法とは?(後編) 」

前編 http://careerzine.jp/article/detail/662/
後編 http://careerzine.jp/article/detail/663/

インタビュアー冥利に尽きる、とてもいいインタビューになりました。
ひとえに、はるなさんのお人柄のおかげです。
涙ながらに語ってくださった、彼女の半生をどうぞ。

【関連記事】
■自分らしく生きられない人たち(1)~好きな仕事、やりたい仕事ができない
■【追記1】自分らしく生きられない人たち(1)~好きな仕事、やりたい仕事ができない
■【追記2】自分らしく生きられない人たち(1)~好きな仕事、やりたい仕事ができない
■自分らしく生きられない人たち(2)~心の病気など弱いところを見せられない
■はるな愛さんインタビューしてきました!~自分らしく生きられない人たち(3)自分らしく生きることでまわりも幸せにする
■はるな愛さん、わたしがインタビューした記事です!~はるな愛ロングインタビュー「はるな愛、「経営者」というもう1つの顔 壮絶な人生経験を活かしたマネジメント方法とは?(前編) 」

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■【追記2】自分らしく生きられない人たち(1)~好きな仕事、やりたい仕事ができない

わたしはM大学人間学部心理学科の生徒でもあるのですが、
いま臨床心理学を学習していて、
ちょうど先日書いた記事とリンクするような内容があったので、引用します。


ポジティブな結果に執着すること
(ポジティブな出来事のあとに自己注目をすること;
たとえば、合コンで好みの異性から話しかけられ、いっしょに楽しいときを過ごしたことを繰り返し考える)
は、
楽観の原因となります。(例:「今度はうまくいくかも」)
しかし、将来失敗した場合、
うまくいくと考えていた分、かえって大きな失望と幻滅を経験するかもしれません。
(「うまくいくと思っていたけど、やっぱりだめだったか」)
そこで、ネガティブな出来事のあとに自己に注目することによって、
ネガティブな自己イメージを維持し、
将来大きな失望や幻滅を味わう危険性を潜在的にすくなくしている
のです。


特に、最後の一文ですね。
なにかのヒントになれば幸いです。


【関連記事】
■自分らしく生きられない人たち(1)~好きな仕事、やりたい仕事ができない
■【追記1】自分らしく生きられない人たち(1)~好きな仕事、やりたい仕事ができない
■自分らしく生きられない人たち(2)~心の病気など弱いところを見せられない


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Dad' meets my darlin'

Dad' meets my darlin'
写メは赤坂プリンスにて、
もっともリスペクトする人、父と。

わたしがワッチなんてかぶって、
おおよそ赤坂プリンスに似つかわしくないナリなのは

これが漫才米騒動@シアターD(ラヴドライブさん、マシンガンズさん、オードリーさん、三拍子さんをはじめ、出演者のみなさんオツカレサマでしたっ!)を見ている真っ最中のお呼び出し
ていうか翌朝のアポ前倒しだったからである。

んーでもゆっくり話せる時間をつくってくれてアリガトね、おとーさん♪


てなわけで、カレと父と三人で会食。
てかごたーいめーーーん、みたいな。


カレと父が、
わたし抜きにしても(?!)
この出会いを互いに喜び合ってくれているのが伝わってきて
うれしかった。


父には心配をかけてばかり、
まったく泣きたいくらい親不孝なわたしだけれど、

カレに会って、安心してくれたみたいで、
素敵な親孝行ができたかなって思ってる。



なにが親孝行かって、
やっぱり自分が幸せになることがイチバンだって思うもん。


わたしだって
娘がHAPPYでいてくれることがなによりもの願いだもの。


そうやって、
幸せは伝染していく。



この二日後には、
今度はカレのご両親のもとへ。

カレにはいつも言ってるの、
ご実家にいる時間は
たくさんおかあさまおとうさまとお話しして
たくさんやさしくしてね、って。


でもこんなコトの大切さに気付けたのって、
やっぱり一度目の結婚生活があったからこそだし、
離婚後の元お姑さんとの交流があったからこそだし、

だから元夫のおかあさまは
わたしにとって
いまでも大事な家族なんです。



みんなで幸せになろうねー♪
――って、カレとはいつも話してるの。
やっぱりまず自分が幸せをカラダでココロでめいっぱいかんじて、

そしたら、その幸せはいくらでもシェアできるんだから、

そーやって、みんなで幸せにならないと♪
てかなろうねっ☆


自分たちダケ幸せになろうとしたって、
そのエゴはかならず自分に返ってくる。



カレのご両親もダイスキ☆
もっともっと仲良くお付き合いさせていただけたらなって思ってる♪



父に会ったあと、
カレのこんな一言が印象深かった。

「おとうさんとおかあさんは離婚しちゃったかも知れないけれど、
麻里ちゃんがご両親の愛情を受けて育ったんだなってことがよくわかるよ。
愛情を受けなきゃ、麻里ちゃんみたいな子は育たない」


#前回の日記にみなさん素敵なコメントありがとうございます!
お返事より先に日記アップしちゃってスミマセン!
追ってお返事させてください〜

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■幸福論 大切な家族 幸せの憧憬は自分自身の原風景

たとえば離婚した元夫のおかあさん(元姑)でさえ、
わたしにとっては大切な家族だ、
と言ったら滑稽だと笑われるだろうか。


「幸せになってはいけない」
――そう、自分に禁じてきたわたし。

母親と離れて暮らさざるをえない状況を
(不本意ながら)娘に強いている限り、
わたしには自らの幸福を追求することなど
決して許されないことなのだ、と。

自分の幸せについて考えること、
思いを馳せ、憧れることすら、自分に許さなかった。


でも去年の夏の入院をきっかけに、
幸せについて考えはじめて、

すこしずつ、ほんのすこしずつだけれど、

「幸せになってもいいのかな。。」
戸惑いながらも、そう思いはじめて……。

そんなとき、出会いは訪れる。


いまはっきり思う。
「幸せになりたい」――と。

そして、はっきりこう思う。
「幸せにしたい」――と。


それは、
大切なパートナーであったり、愛する家族であったり、
大好きな友人であったり、尊敬する師であったり、

自分のまわりのすべての人々に対して。

みんなを幸せにしたい、幸せになってほしい。
心からそう思う。


自ら幸福感で満たされていない者に、
他人を本当の意味で幸せにすることなどできようか。

そういった意味で、
自らの幸せを追求することというのは
決してエゴイスティックな行為などではない。
むしろ対極にあるものだ。


ひとつ、持論がある。

「幸福はそれを受け取れる自分になっていてこそ訪れる」

自らに幸せになることを許せるようになったわたしは、
きっとその幸せを受け取るに足る自分に
ようやくなれたのだ、と思う。


そうなれたのは、
これまでのわたしの人生に関わってくれたすべての人たちと
この30年にあったひとつひとつの出来事のおかげであって、

だれひとりとして欠けては、
なにひとつとして欠けては、
わたしは決してこうはなれなかったわけで、


だから、
つらかった、苦しかったあの体験にも、
憎みあったあの人にも、

心からの感謝を捧げたい。

そう思う。


すべてに、ありがとう。
ひとつひとつに、ありがとうございます。

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[Q&A]人は、どのようにして成長するか

読者のJさんからいただいたご質問です。

[Q&A]人は、どのようにして成長するか?!
今までの人生観の中での思いを聞いてみたいです。

わたし自身、まだまだ発展途上の身であり、
このようなご質問をいただくこと自体、恐縮してしまうのですが、
いまのわたしなりにお答えできることを
お話させていただきたいと思います。


さて、人はどのようにして成長するか。


まず成長の“とき”は、一言で言うと、
挫折や失敗など(一見)負(ふ)の出来事や
試練に立たされているときだと、わたしは思います。

わたしが成長してきたのも、そんなときでした。


「その負の体験を糧にして云々」とは
多くの人が思うことでしょう。

でも、いいんです。

落ち込んだって、再起しようと焦らなくたっていいんです。
あきらめたくもなると思います。

いいんですよ。

とことん落ちるところまで落ちれば、
あとはあがるしかないんだから。

焦らずに辛抱していれば、
いつかきっとそのタイミングが訪れます。
それを焦らず冷静に待つこと。


それから「成長」というのは、
いままさに成長しているという期間は
そうそう自覚できるようなものではなくて、

ふと振り返ると、
かつての自分が懐かしく見えて、
自分が知らず知らずのうちに成長していたことに気付くものなのです。



簡単にお答えしましたが、ひとまずそんなところでしょうか。

あと、これはわたしからのお願いなのですが、
メールなどでたくさんのご質問を頂戴しますが、
できる限り、ブログ上などでの公開回答をお願いさせていただければと思います。

これもわたしの「シェアの精神clover」の一環です。

よろしくお願いいたします。

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コントリビューション(貢献)からはじめよう。~あたりまえに大切なものについて考えてみる。(2)

このあいだちょろっと書いた、
わたしがあたりまえに大切にしていること。


そのひとつに、

まわりのひとに対して、常に
「わたしはこのひとに対してなにができるだろう?」
って姿勢でいる、というのがある。


わたしはいつも自分自身に問いかけ続けている。

――わたしが社会に対してできることはなんだろう?
なにがわたしにできるだろう?


その視点があるから、
そこから自分の目のまえのひと、ひとりひとりに対して、
考えることはいつも
「なにかできることはないかな?」


目のまえにいるひとだけじゃない。

知らないだれかにだって、
いつも自分がなにを提供できるか、って考え続けている。


その手段が、わたしの場合、
マスに対して働きかける
書籍だったりブログだったりする。


わたしの日記をよく読んでくださっているかたはご存知のように、
わたしは「シェア」って言葉を頻繁に使う。


それはたとえば
日常のなかの小さな幸せであったり、発見だったり、学びだったり、感動だったり、
得たもの、もらったもの、

あるいは自分をさらけ出して公表するつらい過去だったり、
自分とおなじような体験をしたひとに前を向いてもらいたいなって、
「あ、この大川内ってひともこんなことがあってもなんとかやってんだな。自分も大丈夫かも」って思ってもらえたらいいなって気持ちでお話することだったり、する。



   「コントリビューション――貢献」


レバレッジシリーズの本田直之先生の
ひとに対するこのお考えを知ったとき、
それがストン、と自分のなかに心地よく落ちて、

あぁわたしがやってきたこと、
これからもやり続けようとしていることってこれだったのかも、
ってすごいしっくりきたのね。


でもコントリビューション(貢献)するにも、
まず大事だなって思うのは

   「自己肯定感」


だって、まずは自分のシェアしようとしているものが、
提供しようとしているバリューが、

そうするに値するものだって、

たとえわずかでも
それがコントリビューション(貢献)になる、

言ってしまえば、すくなくとも害にはならない、
って思えなきゃ、

なにもはじまらない。


そう考えると、

いいコントリビューション(貢献)
ひいてはそこから生まれる
いい人間関係、人脈も

まずは「自己肯定感」なしには成り立たない、
って言っていいのかも。

【関連記事】
あたりまえに大切なものについて考えてみる。(1)

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あたりまえに大切なものについて考えてみる。(1)

ある方から、とても考えさせられるいいご質問をいただきました。

> エネルギッシュなライフスタイルを送ってて
> 大川内さん、とても魅力に感じます!
> 自分も最近はドラマとか舞台とかやらせて頂き
> 色々感じることがあります。
> 人と人との信頼関係を築けない人に、
> たとえどんなにお金持ちであっても、
> 本当の成功はないのかなって感じます。
> 大川内さんはどういった所に重点をおいて生活してますか?

わたしがそんなふうに言っていただけるような生き方をできているかどうかは別としても^^;
(もったいないお言葉をいただき恐縮です。ありがとうございます)

これっていうのは、
普段自分があたりまえに大切だって思っていて、
あえて目を向けてじっくり考えてみることがなかったことを
あらためて見直させてくださる、いいきっかけをいただいたなって思いまして。



あたりまえに大切なものについてって
普段じっくり見つめて考えることってすくないけれど、


でもあたりまえに大切だからこそ、
実はよく見つめてみることが大切なんですよね。



そんなわけで、
あたりまえに大切なことについて、ちょっと考えてみたいと思います。

わたしのいつも言っている
「シェアシェアクローバー」をさせていただけたらなって、
これから何回かにわけて連載したいと考えています。

ほんのちょっとしたことでも、
みなさんのなにかのきっかけにでもなれたらうれしいです。


まずはコメントへのわたしのお返事を掲載します。
反射的にぱっと思ったこととなので、
かなりざっくりだし、言いたいこともはしょってますが、ひとまずは。

-----
いやいや、その実、書いていないところでは。。ウッシッシナンテ(笑)
おかげさまでエキサイティングな毎日を送らせていただいています。過分なお言葉に恐縮しちゃいます。

○○さんのおっしゃるとおりだとわたしも思います。

人とのご縁を大切にできるかどうかって、
その人の真価が問われるところ。

キレイゴトでもなんでもなくて、
対人関係に誠意をもっていれば、
お金なんてあとからいくらでもついてくるんです。

逆に人に対して誠意がなくてお金に汚い人間は、
一時的な「成功」を手にしたとしても、所詮は泡沫。大成しません。


わたしが重点を置いていることですか~。。あえて挙げるならば、
   「感謝」「尊敬・敬意」「好き」
の3つでしょうか。

感謝できない人とか尊敬の念をもてない人ってたまに見るけれど、
本当に不幸だと思います。


感謝とか尊敬とかっていうのは、
相手がそれに値する人物であるか否かよりも、

むしろ自分自身が
 「感謝“できる”心」「人を尊敬“できる”心」
をもてるかどうか、の問題だと考えています。


あとはいかなる人や物事に対しても、
まず「好き」という肯定の気持ちから入れるかどうか。
そしてその気持ちを表現したり相手に伝えたりできるかどうか。


そこともつながるんですが、
最近大事だなって思っているのは「自己肯定感」。

自分を愛せない人間は人を真に愛することなんてできない。
自分を大切にできない人間は人を真に大切にすることなんてできない。

(以下略)

-----

“そもそも「成功」とはなにか論”にもつながってくるわけですけれど、
まぁそれはおいおいすこしずつ書いていこうと思っています。

ご質問をくださった方に感謝です。
貴重なきっかけをいただきまして、ありがとうございます!

 

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努力と忍耐。逆境は試練の仮面をかぶったチャンス。

わたしの“大事なヤツ”の曲が
UKのレーベルからリリースされます。

その他、いろんないい刺激をいただく日々のなかで、
最近思ったこと。


天性のタレント(資質) + 見えないところの努力
 の偉大さについては、このあいだ同窓会の日記で書きましたが、

 才能あるひとが輝くのは、
 その裏で努力を積み重ねているから
なんですよね。

 自分の才能に甘んじることなく、磨き続けること


 そして大事なのは、磨きながら、
 それが成果として表に出るそのときまで“耐える”こと


 この「忍耐」の大切さは、ある芸に生きる方が教えてくれました。
 大事なことを教えていただきました。

 なぜなら、
 それがこれまでのわたしに足りなかったことであり、
 そのときのわたし、いまのわたしに必要なことだったから。

 ありがとうございます。
 大川内、忍耐のときです。


“努力できるという「才能」”に勝る「才能」はない


チャンスはそれを活かせないひとのところにはこない
 チャンスが訪れたということは、
 それを活かせる、受け取れる自分になっているってこと

 チャンスも逆境もそう。
 そのひとに乗り越えられない逆境はこない
 なぜなら、
 「逆境」は「試練」の仮面をかぶった「チャンス」だから

 だから、がんばろう。
 だから、がんばって!


表に出る、そのときはほんの一瞬かもしれない。
 でもその一瞬のため、その素地として、
 日々のあいさつとか「ありがとう」の一言とかがある


【関連記事】
「試練」は“幸せ”に。
同窓会、ばり楽しすぎたって! (≧▽≦)ノシ

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#103 人との縁をよりよいものにしたいなら、タイミングを大切に!

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 人脈をつくるうえでの基本は相手にコントリビューション(貢献)することです。
 興味のある人にアプローチする際、何かをしてもらいたいとか、誰かを紹介してもらいたいとか、自分の願いを最初に考えるのではなく、まずは相手に何かコントリビューションできないかと考えます。もしコントリビューションできるものがなければ、そのときはアプローチせず、なにかができそうなタイミングで行うとよいでしょう。

出典:
 『レバレッジ・シンキング~無限大の成果を生み出す4つの自己投資術』 本田直之 著 (東洋経済新報社
 115頁/115-116頁「基本はコントリビューション」より
 初版:2007年7月12日

[本の情報を見る][Amazonで購入][本田直之先生のほかの本もオススメ!]



わたしはどこかせっかちなところがあるのか、
もともと何事も「すぐに!」行動しなければ
気のすまないたちでした。です。(笑)

もちろんそれが奏功することもあるのですが、
物事を早計に進めすぎて、
かえって望ましい結果をもたらさない、
ということもよくあります。


そんな経験をしてきて、

“物事にはかならずベストタイミングというものがある”

という考えに至り、

その“タイミングを待つ”ということもできるようになってきました。


人とのご縁もおなじ。
出会いにもやはりベストタイミングというものがあるのです。

相手にコントリビューション(貢献)できるときまで、
すなわち、なにかを「与える」ことができるときまで、
「与える」ことのできる自分になれるときまで、
事を急がず“そのとき”を待つ。

それが、結果として
より素晴らしい良縁を生むことにもなるのです。


#本田直之先生の「レバレッジ」シリーズ36万部突破されたそうですよ!
 まだ読まれていない方はぜひ!! オススメです!


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#000 タイトルに「#番号」のついている記事については こちら をお読みください。

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