(※この文章は【2006/04/09】に執筆した連載から転載したものです)
さらに、給与には外的報酬と内的報酬のふたつがある。
外的報酬とは給与そのものやインセンティブ(奨励金)といった、お金として受け取れるものである。
それに対して内的報酬とは、給与の額には表れないが、その仕事を通して得られる満足の報酬といったものである。
(中略)
私の場合、外的報酬よりも内的報酬を増やすことを心がけてきた。
(中略)
また、仕事を長く続けていくには、内的報酬がちゃんとなくてはつとまらないということもわかってきた。
仕事をなし遂げたときの「達成感」や、自分が成長していることを実感できる「成長感」こそ仕事の原動力であって、他人からの評価という、自分の努力ではいかんともしがたいものにとらわれすぎるのは得策ではないと気づいたのである。
出典:
『シゴトのココロ
』 松永真理
著 (小学館
)
31-33頁/28-35頁「給与の額に不満ですか?」より
初版:2004年5月10日
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わたしが、好条件の出版社勤務をやめ、いつ収入が入るか、いつ仕事が途絶えるかわからない、フリーランスの執筆者/編集者に転身したこと。
それは、外的報酬よりも、内的報酬をとった結果にほかなりません。
会社のカラーなどにとらわれず、さまざまな出版社とおつきあいさせていただくことで、より「自分のつくりたい本作り」に、すこしでも近づいていこうと。
不安でした。
仕事が軌道に乗らなくても、つまり、収入がロクに入ってこなかったとしても、向こう1年は食べていけるだけの貯金を手にしての決断だったとはい
え。
自分の実力よりも、ちょっと高めのハードルを強いた事業計画を立てていたとはいえ。
具体的な目標設定と、そのために自分のやるべきことを、具体的に計
画していたいたとはいえ。
不安でした。
安定という言葉を使うとすれば、わたしは安定を捨てて、不安定な暮らしが待っていることが十分に予測されるところに、身を投じたのですから。
不安と焦りだけが、わたしを支配していたように思います。
フリーランスになったとき。
まずは、フリーランスで、信頼していただける取引先を増やしていくなどといったことに努めよう。
しかし、個人で請け
られる仕事には、やはりキャパシティーや社会的信用の面などから限度がある。しばらくはフリーランスでやっていきながら、そうだな、32歳くらいを目安
に、編集プロダクション(出版下請け会社)を設立しよう。
それくらいにまでは、起業準備も整うことだろう、否、それくらいまでには整えよう。それを視野に
入れた上でのフリーランス活動をしていこう。そう考えていました。
25歳のころのことでした。
しかし、フリーランスになって半年。思わぬ転機が訪れます。
自分の将来的なビジョンを、もっとも尊敬する執筆者/編集者であったひとに話してみたところ、まったくといっていいほど、おなじビジョンをもっている。
「いっしょに、編集プロダクション(出版下請け会社)を興さないか」
思ってもみない言葉でした。
しかし、わたしは、すぐにその話に乗りませんでした。何度も何度も話し合いを重ねました。具体的に。慎重に。最悪の事態を想定して。
『起業』もおなじことなんですよ。
『フリーランス』となにも変わらない。
『フリーター』となにも変わらない。
すべて経験したからわかるんです。
なにも変わらないんです。
『起業』したからといって、輝かしい未来だとか、安定した生活だとかが待っているという保障がつくわけではないんです。
リスクは、常につきまとうものなのです。
リスクマネジメントができないのならば、なにをやったっていっしょです。
『起業』しようが『フリーランス』として独立しようが『フリーター』で
頑張ろうが。
リスクマネジメントをするための最良かつ最短である方法は、具体的に、慎重に、そして、最悪の事態を想定しておくことです。
――創業1周年を来月に控えています。1年目にして、決算は、大幅黒字です。
(※この文章を執筆したのは【2006/04/09 11:59】)
わたしが、常に忘れずにきたこと。それは、内的報酬の追求です。そして、それを追求し続けるために必要な努力です。
努力とは、日々の小さな積み重ねこそが根底にあるもの。「ありがとう」と「ごめんなさい」がいえるかどうか。あたりまえのことをあたりまえにできるかどうか。
逆にいえば、あたりまえのことをあたりまえにやるだけでいいんです。
より「自分のつくりたい本作り」に、すこしでも近づいていくこと。
そして、それから生まれてくるもの。たとえば、読者からの言葉。感想。取引先からの「ありがとう」の言葉。
――これらが、わたしの内的報酬です。
もちろん、「自分のつくりたい本」ばかりつくってきたわけではありません。
下請けという上下関係がある以上、嫌な思いもしました。悔しい思いもしました。怒りに震えたこともあります。
それでも、誠実さを忘れないこと。
自分がどんなに誠実でいるつもりであっても、どうしても、それの伝わらない相手だっています。
今後も、お互いにプラスとなる関係でいられるのかどうか……――ならば、思い切って、距離を置いてみるという選択もある、ということも知りました。(※いま現在、思うことがあるので、別のエントリーに追記します)
わたしには、めったにないことというのもあって、本当に、悲しく、苦い、苦い、体験でした。
自分なりに込めた誠意を評価するのは他人です。
ここで、冒頭のコトバを思い返してみましょう。著者は、外的報酬=給与などをして
他人からの評価という、自分の努力ではいかんともしがたいもの
とし、「それにとらわれすぎるのは得策ではないと気づいたのである」と述べています。
外的報酬についてはもちろんのことですが、自分なりに込めた誠意に対しても、おなじことがいえるのではないでしょうか?
内的報酬を追求していった結果、そして、そのための努力を怠らなかった結果、外的報酬が、あとからついてくる。
そんなこともあるんですね。
【2006/04/09 11:59】 |
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